第3話



 入ってすぐにゲーミングカツラに気を取られたせいで、正直全く視界に入っていなかった。あわててそちらに目をやったところ、奥の壁際で佇んでいる人影が飛び込んでくる。

 「ああ、どうぞそのままで。こうしたいと申し出たのはこちら側ですので、ご令嬢はお気になさらないで下さい。

 申し遅れました、私はロビン・バートラム。エルダーウッド侯爵家よりの使者として参りました、以後お見知り置きください」

 放っておいて申し訳ない、ととっさに頭を下げようとしたエレノアをやんわり止め、自ら進み出て丁寧に一礼したのは、年の頃なら二十歳前後という若い男性だった。ダドリー伯父などよりもよっぽど長身で、黒い髪に深い藍の瞳、目元の涼しいなかなかの美青年である。纏っているのは立襟で深い紺色という、かっちりした印象の制服のようなものだ。邸の従僕たちのお仕着せと雰囲気が似ているので、彼の主人に仕えている者の証なのだろう。

 ついでに蛇足ながら、この自己紹介の最中はきちんとエレノアに目線を合わせて屈んでくれたし、穏やかで耳当たりの良いなかなかのイケボだった。ただのお遣いの人にしてはスペック高いな、このお兄さん。

 エルダーウッド家の別邸は、街を挟んでほぼ反対側にある。白亜の壁が美しい瀟洒な館だが、周囲を鬱蒼とした木立に囲まれており昼でも薄暗い。ついでに元々別荘として建てられたということもあって、常住しているものはいないらしい。珍しく外出した際に、付き添いのシーナに教えられて知ったことだった。

 子爵である伯父からすると、二つも上の階級だ。突然の使者であっても、そして普段腫れもの扱いしている姪っ子への伝令であっても、無下に追い返すことはできなかったのだろう。しかし、だ。

 「……あの、何故わたしに? こう言ってはなんですけれど、普段邸に籠りきりですし、これといって目立った特技もありませんが」

 「おや、ご謙遜を。ここのところ街を騒がせた不可思議な事件、解決に至ったのはすべてエレノア嬢の助言のおかげと聞き及んでおりますよ」

 「っ、はい??」

 声がひっくり返りそうになったのを気合いで踏みとどまる。はっと思いいたって目をやった先では、世話役のメイドがようやく爆笑を治めて姿勢を正したところだった。エレノアと目が合うと、それはもう満面の笑みでぐっ、とサムズアップを返してくる。やっぱりこいつが情報元か!

 (ああっもう! 妖怪が視えて知識もあるって、バレたらいろいろめんどくさいから黙っててって言ったのにー!!)

 リースフェルト家があるのはほどほどに拓けた地方領、その一角にある閑静な田舎街である。記憶が戻ってから読み漁った書庫の本によれば、こちら側は異世界ファンタジーのセオリーを大体踏襲しているらしい。国は王政で、騎士や宮廷魔導師がいて、ついでに冒険者ギルドもあって、ということは魔法もモンスターも実在するわけだ。

 が、どうしてか妖怪たち――特にエレノアが前世でひたすら研究していた、日本独自のあれこれだけは全く知られていないようだった。どれだけ書庫をひっくり返しても、妖怪の『よ』の字も出てこないのだ。

 だというのに何故か、自分のように視えて聞こえてついでに触れるタイプの人は他にもいて、対処が分からないせいで細々した問題がほったらかしになっている、という状況だ。……いや、『状況だった』という方が正しい。

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