第25話 わたしたちのおわり
イードクア帝国軍の戦闘用機材に多く搭載されている、一般に『自翔誘導爆弾』と呼ばれる武器がある。
わたしが見た限りでは、ホーミングミサイルと呼ばれるモノに酷似している、ソレ。どうやら敵の探知や飛翔なんかの部分に魔法的な技術を用いた、高度な技術の結晶であるらしい。
この世界においては、現在のところ帝国軍でしか使用を確認できていない。
つまり『帝国ならでは』の武器と言ってしまえるだろうし、そのあたりの詳しい研究や技術開発が進んでいても、おかしくはなかったわけだ。
敵を追尾し、高威力な『爆発』の魔法で攻撃を行うだけでなく。
敢えて敵の進路を防ぐように飛翔し、弾頭に積んだモノを周辺にぶち撒ける特殊弾であるとか……そんなモノの研究開発も、どうやら進んでいたらしい。
「…………まだ、いけるし。……そうこう、やわ、じゃ……ない、もん」
――――それはそうだけど、面倒だね。
わたしの【パンタスマ】の表面装甲は、そのへんのエメトクレイルよりも幾分か堅固である。それに加えて高出力の
例の『わたしの進路に先回りしてくる』特殊弾頭によって、わたしの行く先々に
そして、一方の敵側エメトクレイルに関してだが……こちらもどうやら、特殊な機能を賦与されているらしい。見たところ、背中に大きな追加装備を背負っている。
そしてそれは、おそらく『増設された動力機関』であるようだ。機動性能の更なる低下と引き換えに、その
それの意味するところは……
今のところ、敵【アルカトオス】の銃砲撃での痛手は被っていないが……これは、ちょっと、全くもって油断できない。
わたしがちょっとでも隙を晒したら……遠距離を悠々と飛び回りながら攪乱粒子弾頭を撃ちまくっている【ユディキウム・パンタスマ】の艦首砲が、ここぞとばかりに飛んでくることだろう。
……ご丁寧にも、敵の艦主砲は
「…………っ、もお! うっ、とー、しー、なっ!」
――――これ……対策、されてる? ボクを、殺すために。
「いやだ、けど! わたしは、しぬたく、ない、けど!」
――――そうだよ、まだ足りない。憎くて、憎くて……殺し足りないよ、ぜんぜん。
「うん。……わたしがいる、から。てつだう、から……ねっ」
もはやこのあたり、戦闘空域のほぼ全域にわたって、濃度の差はあれども
見れば敵艦も砲塔群による攻撃は控えめで、
それに伴い、敵艦そのものの守りも固くなってしまっている。攻撃をほぼ諦めたことによる
なるほど……浮遊艦レベルの機関出力なら、そんな無茶な戦法も可能なのだろう。
それとも先んじて、入念に試験でもしていたのだろうか。どちらにせよ忌々しいことこの上ない。
敵艦の守りはそれなりに固く、こちらは魔法由来の攻撃兵装が封じられ、しかし敵からは遠慮なく攻撃されてるし、足を止めると更に強力な攻撃が飛んてくる。
……なんだこれは、くそげーってレベルじゃないぞ。難易度の高さと理不尽さを履き違えてるんじゃないか。
――――くそげー、ってなに?
「もー! かえったら、せつめいする、からっ!」
――――ノールは、そればっかり。
「しょがない、しょっ! いまいそがし、だからっ!」
とにかく、こちらのやることは決まっている。最終的な目標としては、敵性浮遊艦隊の殲滅……少なくとも旗艦と、あと【ユディキウム・パンタスマ】くらいは墜としたい。
そのためには……えっと、
しかしそれを阻もうと、鈍足ながらもしっかりこちらを狙ってくる【アルカトオス】の群れと、自翔誘導爆弾をばら撒きながら重い一撃を狙っている【ユディキウム・パンタスマ】が邪魔してくる……というわけで。
……なるほど、だいたいわかった。この状況を打破するためには。
「こっち、しょっ!」
――――わかった。機関出力上昇、推進機へ。ふりまわされないでね。
「あたりま、えっ!」
まずは厄介な【ユディキウム・パンタスマ】に狙いを絞り、一気に距離を詰めて近接打撃を叩き込む。
そんじょそこらのエメトクレイル以上の
ふわふわと蛇行しつつ逃げ回る敵を、こちらは推進機を酷使しながら追い立てる。
有効打たりえない速射砲とて嫌がらせ程度にはなっているらしく、逃走を図る敵機との距離を
「しゅ、かん、かそくっ!」
――――えいやっ。
最後の一押し。爆発的な急加速とともに多関節機構を展開、腕を伸ばすとともに爪を広げ、【ユディキウム・パンタスマ】の
特務制御体の面目躍如というやつだろうか。巨大な機構を生物のように操り、有機的な動きでもって獲物を
後背部から覆いかぶさるように組み付いた【パンタスマ】、一方の【ユディキウム】には振りほどく手段が無い。
前方へ向けて固定された艦首砲は勿論のこと、背面上部砲塔や迎撃用砲塔群は射角が取れず、虎の子の自翔誘導爆弾は自爆の危険が高い。
残る手段は作動肢で叩き落とすことくらいだろうが、それだって言うほど容易いことじゃない。
機体と直接接続がなされた特務制御体でもなければ、大型作動肢を意のままに操ることは困難だろう。視界に収めやすい前方、あるいは静止中ならまだしも戦闘機動中であるし、そもそも後方や上方は可動範囲も狭い。
機体そのものが圧砕されつつある状況で、落ち着いて馬鹿デカいマシンアームを動かすなんて、想定されているはずが無いのだ。
あとはこのまま、思うように料理すれば良い。こちらの艦首砲は【ユディキウム】の土手っ腹に突き付けられてるし、このまま構造体を
この体勢なら、どう考えても負けるはずがない。あとはトリガー信号を送るだけ、1秒もしないうちに厄介な【ユディキウム】は大破させられる。
そこで気が緩んでいたのだろう、わたしは間抜けにも失念してしまっていた。
敵機へと接触するにあたって、敵機の展開した
――――っ、がァ゛…………ッ!?
「!!? だめじ、こんとろ……っ! ちゅ、すうく、そんしょ」
やられた。完全にしてやられた。まさか【ユディキウム】そのものが
広域視界の隅、戦闘開始から長いこと空気だった敵艦隊の
格納庫扉は大きく開け放たれ、その内包物が【パンタスマ】の望遠視覚で見て取れる。上空の暴風に曝されているのは、軍需物資やエメトクレイルなんかではなく、対高空迎撃用の
そしてそれに篭められていた弾頭は……物質化した魔力で形成される
おそらくだが、複層構造の徹甲弾頭。先端から圧縮攪乱粒子を放出、魔力の壁を砕き崩して突き進み、更に硬質目標を貫き穿つための……どれだけコストが掛かったのかも不明な、特別なもの。
――それが、三発。
うち二発は、まんまと
左舷推進機と、魔力主機の息の根を止めた。
「…………せん、とう、きたいち……さいけいさん」
――――ち、ッ…………く、しょォ……!
あぁ、本当に……最悪も最悪、間違いなく致命傷だ。
これ程の規模の機体、さすがに動力機関がひとつというわけではないが……いちばん出力の高い主機が、先程から応答していない。
伝達系統に異常を
取り急ぎ、まだ生きている動力機関の稼働率を引き上げ、機体の強制放熱と冷却を開始する。中枢区画まではさすがに
ただ……機体全身、表面装甲の隙間という隙間から高熱を漏らす【パンタスマ】は、はっきりいって満身創痍だ。先程までのような無茶な戦闘機動でも取れば、たちまち機体温度が危険域に突入するだろう。
つまり、これ以上の戦闘継続は、極めて困難。
加えて、主たる推進機の片方を喪失している現状、周囲が敵だらけのココから安全圏までの離脱も……また同様に、極めて困難だろう。
「…………し……く、……ない、なぁ」
――――こんな、ところで…………くそっ。
被弾からほんの一瞬、三秒にも充たない間に、損傷確認とダメージコントロールを済ませ……この先に辿り着くだろう結末へ、思い至ってしまう。
わたしたちは……わたしは、きっともう駄目だろう。命令を無視し、自分と【パンタスマ】の性能に驕りを抱いた結果、敵陣の真っ只中で孤独な終わりを迎えようとしている。
いっときとはいえ、わたしに戦う力を与えてくれた【パンタスマ】に……わたしの相棒アムの願いに、報いることが出来なかった。それはもちろん、心苦しいけれど。
なによりも……もうあのひとに、ユーハドーラ・ウェスペロス大佐に、会うことができないのが。
声を聞くことができないのが。声を掛けてもらうことができないのが。叱ってもらうことができないのが。褒めてもらうことができないのが。
役に立つことができないことが。お仕事を途中で投げ出してしまうことが。最後まで手助けをすることができなかったことが。恩を返すのができなかったことが。
これで、こんなところで、おわかれなのが……とてもつらくて、かなしい。
――――ふざけないで。
「……ぇ? あ、あむ?」
――――失望した。がっかりした。ノールがしょせんはその程度のやつだって……それを知ってたら、ボクは頼んだりしなかった。
「な、なに、を……?」
鳴り響く警告音。それは【パンタスマ】内部、中枢区画の急激な温度上昇を知らせるもの。……危機的情報を、伝えるもの。
高熱を孕む空気とともに煙を吐き出した【パンタスマ】を見て、好機と判断したのだろう。敵性エメトクレイル【アルカトオス】の一団が、揃ってこちらに銃口を向ける。
しかし今は、この瞬間だけは、
――――ボクはまだ、ぜんぜん足りないのに。ボクの身体を、魂を切り刻んだあいつらに、まだぜんぜん復讐し足りない……殺し足りないのに! こんなとこで終わりなんて、納得できるわけがないのに。打開策を考えもしないで、大佐大佐大佐って……ほんっと、失望した。
「ま、まって! あむ、ちが――」
――――何も違わない。やっぱりノールは役立たずだ。失敗した、おまえなんかに頼んだボクがバカだった。もういい、もう知らない。おまえなんて……ノールなんて、いらない。
「……………………え、…………っ!!?」
なおも鳴り響く警告音と、それとは別の指示音声が、嫌な振動を発し始めた貨物室内に、けたたましく鳴り響く。
長い間苦楽を共にした相棒からの罵声に、思わず思考が止まったわたしをよそに……【パンタスマ】貨物室の搬出機構が、勝手に動き始める。
開け放たれるカーゴドア。力を失う機体拘束具。破裂音とともに離脱していく有線接続。いきなり動き始めた搬出レール。
直後、身構える間もなく襲ってくる、わたしの意に反した急激な加速。
【
ぐるぐると回る視界の隅、わたしから急速に離れていく【パンタスマ】の開いた
そして……わたしに向けて飛んでくる、
呆然とするわたしへ、【
――――足手まといは、もういらない。……あっちいけ。
「……っ!!? まっ、あむ!? まって! やだ……やだ、ねるあむと!!」
勝手に加速する【
大幅に体積の減った
――――しぬまで大佐に使い潰されろ。……ばーか。
肉薄した敵旗艦の土手っ腹へと、盾としていた【ユディキウム】ごとぶち抜く艦首砲を放った巨大な機体。
ずっとわたしと共にいてくれた、相棒の魂が乗り移っていた【パンタスマ】は。
敵性
いちばん弱い特務制御体であるわたしと、機能の殆どを喪失した【
「…………ぁ、……あぁ……っ、あむ、…………やぁ、……やだぁ……っ! やだぁああ!!」
太陽と一瞬見紛うほどの、とても大きな爆発とともに。
この世界から……あっけなく、跡形もなく消えてしまったのだった。
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