第24話 わたしたちのせんじょう
わたしの現在位置は、レッセーノ基地から遠く離れたフクツノー航空基地だ。旧帝国領の南方地域から、南西地域へと遠征してきたかたちとなる。
こちらに来るときには、浮遊巡航艦【レギナ・ヴェスパ】に合わせるかたちで、およそ2日かかった行程だったが……ほかに足並みを揃える必要が無いのであれば、所要時間はもっと短縮することができるだろう。
ましてや今は、操縦室である【
この【パンタスマ】は、その形状と規模こそ艦艇に近いものの、さすがに浮遊巡航艦クラスよりかは幾分か小柄だ。それこそ前世においての、空母に対する駆逐艦くらいだろうか。……まあそれらよりも多分に『ふとっちょ』ではあるが。
とはいえ、小型だからと勝っているのは運動性能くらいか。全体的な性能が高いというわけでは、けっして無い。
船体が大きければ、搭載できる動力機関の規模も、また数も上だろう。それだけ高威力の武器をたくさん積めるし、堅牢な防壁をたくさん張れるし、大量の戦闘機材をたくさん輸送できるし、居住性もたくさん高くなる。
……まぁ最後のやつは要らないとしても、大型艦はそれ相応に性能が高いのが一般常識だ。
そのため【パンタスマ】のような小型艦……のようなモノで戦うためには、いろいろと工夫を凝らさなければならない。
それは例えば、幾人かでやんややんやしながら制御を行うのではなく、単独の意思のもとで圧倒的スムーズかつ機敏な制御を可能としたり。
あるいは……そもそも正面から殴り合うのではなく、敵の探知距離外からの狙撃や奇襲で敵の数を減らしたり、あるいは撹乱によって敵の数的有利を無視したり。
どちらもわたしと【パンタスマ】であれば……今のわたしたちであれば、充分に現実味のある選択肢といえる。
もとより速力は浮遊艦の比ではなく、艦隊ともなればその動きは更に鈍くなる。今からでも
――――みえたよ。浮遊艦クラス、数は5。
「………………そう。……わかった、ありがと」
フクツノー航空基地を単身出立してから、何時間か経過しただろうか。9機分のキャパシティを注ぎ込んだ【パンタスマ】の感覚器が、遠く彼方に5つの艦影を捉える。
現在位置はというと、全行程のちょうど半分を超えたあたりか。敵艦隊はわたしの進行方向から見てやや左側から飛来しており、位置関係的にも間違いなさそうだ。
方位と、地図と、愛しいレッセーノ基地との位置関係を計算し……
つまりは、敵。わたしたちが
「…………やるよ、あむ」
――――のぞむところ。
一瞬の躊躇もなく、攻撃準備に移る。初手はもちろん高威力かつ超射程を誇る、艦首の高圧魔力砲。狙うは五隻のうち最も大きな、恐らくは艦隊旗艦。
あの体躯であれば、
動力主機から魔力が回され、艦首砲が光を湛え、若干の『溜め』の後に、一気に放出される。
先の戦闘で実証済みの、旗艦級浮遊巡航艦を一撃で撃沈し得る魔力の奔流は……しかし。
標的にぶち当たる直前、まるで縄が
――――拡散された!? ……っ、面倒な……これ、『ジャマー』の鱗粉?
「…………っ、……しらない、そんなの」
魔力の伝達を阻害し、拡散・霧消させてしまう性質をもつ、有害生物の体組織を応用した
わたしにとっては全く未知の現象ではあるが、事実として存在しているのだから仕方ない。わたしの無知ゆえ、世界に興味が無かったがゆえの失敗である。……今後があるのなら、顧みなければならないだろう。
レッセーノ基地の防衛戦闘から、時間が経ちすぎたのだろうか。さすがに【パンタスマ】のやり口は伝わっていたようで、こうして対策を取られてしまった。
……なるほど、レッセーノ基地に向かって進軍しているわけだものな。もとより【パンタスマ】とことを構えるつもりだったということか。
――――
「…………わかっ、てる。……ぜんぜん、いけるし」
敵艦隊が例の
奴らの頭を押さえられれば、
あの粒子の厄介な点としては、周囲の魔力を『不活性化させる』性質をもつ点である……らしい。
そのため先のように、魔力砲を散らされてしまうほか、攻撃にあたって『誘導』や『起爆』の魔法反応を用いる自翔誘導爆弾……ようするにミサイルのようなものも、不発で終わる可能性が高いとのこと。
そのため今回は、それらの属性は避けて攻撃する必要があるわけだが……幸いなことにこの【パンタスマ】、中近距離用に実弾砲もバッチリ搭載している。
もちろん、その有効射程圏内に飛び込む必要があるわけだが、魔法関連の兵装が使えないのは奴らも一緒だ。
「…………じゃ……つっこむ、よっ」
――――やってやる。やってやるよ。
やることはシンプル、勝利条件は明確、難しい作戦を立てるまでもない。
敵の
――――はちのす、ってなに? ボクしらない。
「んー……はちのす、っていう、のは…………んんー……れんこん、みたいな?」
――――でん、こん? きいたことない。
「…………え? ……れんこん、は……んうー…………もう! かえったら!」
――――しょうがない、わかったよ。
敵艦隊はというと、先の魔力砲の拡散もあって、どうやら【パンタスマ】の接近に気付いたのだろう。速力を落として迎え討つ構えのようだが、それはわたしにとって好都合だ。
魔力制御を用いない武器でも、もちろんわたしであればやってやれないことは無いが……やっぱり残弾の縛りが生じるのと、あとなによりも『近付くだけでそこそこ不快』なのが厄介なのだ。
魔力の伝達を阻害してしまう
エメトクレイルとは機体規模が桁違いであるし、即座に機能停止するわけじゃないだろう。しかし展開範囲内に長居するのは危険だろうし、そうなると攻撃機会も限られる。……面倒なのだ。
そんな厄介極まりない
つまり、やつらの先に回り込んでしまえば、面倒な粒子も撒かれていない。どうとでもなるわけだ。
「…………へいそう、せんたく。りょ、げん、そくしゃほ、
――――りょうかい。
大回りに回り込むように
敵艦はもちろん
実弾装備はなにかと便利な遠距離攻撃手段だが、口径とか規格とか色々あって補給がとても面倒くさい。できることならあんまり使いたくはないが、魔力系統の武器が対策されているので仕方ない。
半ば『しぶしぶ』ではある選択だったが、もとよりこの【パンタスマ】に搭載されている兵装は、どれも強力なものだ。冗談抜きで単騎での侵攻とか、殲滅戦とか可能なポテンシャルを秘めているわけで、今はそれがとても心強い。
とはいえ、敵艦隊も撃たれっぱなしでは終わらない。
扱いの難しい
最も大きな艦は、敵艦隊の暫定旗艦。
なるほど、少なくとも
とはいえそれらは、せいぜいが『空戦型エメトクレイルの群れ』にすぎない。
敵艦隊の中で、最も厄介なのは……恐らくこちらの『最も小さな艦』のほうだろう。
「まけない、よっ。わたし、あむがいっしょ、でしょ」
――――うん。ノールが一緒、心強いよ。
よーく考えてみれば……まぁ、そういうこともあるのだろう。
わたしの制御技術がずば抜けてる点を考慮しても、この【パンタスマ】はなかなかに強力な戦闘機材なのだ。
こうして、ある程度は形になっているのだから、複数機が建造されていてもおかしくないし……そもそもここに至るまでに、試作機や評価試験機の幾つかが建造されていたとしても、何もおかしくない。
まあさすがに、制御要員においては通常どおり、複数人で対応してるだろうけど……巡航艦とは一線を画す戦闘機動は、確かにわたしたちに近しいもの。
――――わかった。識別呼称、ユディキウム・パンタスマ。この身体の試作機だよ。
「…………ゆー、に、きうむ? ぱんたすま……ねっ。…………あいてにと、って、ふそくない、って、やつ」
セーイアル解放軍からもたらされた情報では、敵編成は『五隻の艦隊』とのことだったが……なるほど
攻撃、侵攻、殲滅にとことん特化した、物騒な
そもそも、わたしたちの【パンタスマ】に対抗するために持ち出されたのならば……尚のこと、何かしらの対抗策を保持していてもおかしくない。油断ならない相手だ。
周囲には、未だ健在な四隻の敵性浮遊艦と、空戦用エメトクレイル【アルカトオス】の群れ。
正面には、大きく弧を描いてこちらに向き直る、【ユディキウム・パンタスマ】の姿。
だけどわたしは、わたしたちは、こんなところで負けるわけにはいかない。
大佐のところまで、こうしてあと少しのところまで戻ってきたのだ。あんなやつらごときに、手間取っているわけにはいかないのだ。
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