第14話 わたしのおもいつき



 さてはてもって……なんとなんと、レッセーノ基地まるごと離反作戦である。

 毎日をふわふわと生きてきたわたしにとっては、かなりとってもすごく唐突な展開といえるだろう。正直少々びっくりしてしまったところであるが、しかしわたしの気持ちが変わることは絶対に無い。

 大佐と大尉とが企てた、帝国南方地域の反乱……そして、ゆくゆくは独立。しかしもちろん帝国『中央』のやつらは、そんなことを許すはずがない。


 東に連邦国軍、西に帝国中央軍。南を大洋に、そして北を魔境に囲まれることになるわたしたちは、まさに孤立無援。ふくろのねずみランドである。

 これまで頼ってきた帝国からの補給も絶たれるとなっては、苦しいなんてもんじゃない。万に一つも勝ち目は無いだろう。



 とはいうものの……言い出しっぺのシュローモ大尉とて、さすがに勝算もなく大佐をそそのかしたわけではないらしく。

 くわしく話を聞くところによると、なんでも南方独立の賛同者は帝国内あちこちに存在しているらしく、大尉からの『号令』を受けたら合流する手筈となっているらしい。

 ……というか、なんなら南方トラレッタ地域に限らず、武力によって帝国に併合されてしまった周辺諸国のあちこちが、それぞれ独立運動を起こしてしまいそうな雰囲気なのだとか。


 これまでは水面下で、寄る辺もなく燻ぶるばかりだった反乱軍だったが……このレッセーノ基地をあずかる大佐を抱き込めたことで、この巨大施設をそのまま本拠点として使うことができるようになったと。

 これまでは烏合の衆でしかなかった反乱軍は、帝国憲兵隊に襲われればひとたまりもなかったのだろう。堅牢な基地を得られたのなら、安心感も段違いだと。これまで賛同してくれなかったひとも、賛同してくれるようになるだろうと。

 南方トラレッタ地域に反乱の兆しがあれば、帝国内各地の反体制派が同調し、一斉に反旗をひるがえすだろうと……そうシュローモ大尉は力説している。




「…………どうだか。にわかには信じ難い話です」


「まぁな。こればっかりは『信じろ』としか言えん。……事態が動けば合流は見込めるが、逆に言えば今はまだ下手に動ける状況じゃない。……憲兵隊に嗅ぎ付けられんようにな、彼らも身を隠そうと必死だ」


「ハァ…………そんな不安要素だらけで、よくもまぁ思いきったものです」


「お前も解るだろう。帝国にはもはや、以前のような力は無い。ある意味では好機だ」


貴方あなたから……現場の目から見ても、やはり見えましたか」


「あぁ。……詳しくは知らんが、鱗人スケイラとやらの殆どに愛想を尽かされたと聞いた。お陰でこれまで鱗人スケイラに依存していた部署が、あちこちで機能不全に陥ってるって話だ」


「ほとほと呆れてモノも言えません。……何です、『中央』には無能しか居ないのですか? 専門技能を扱える者は、誰であろうと優遇されて然るべきでしょうに」


「お前の『9番』のように、か?」


「ノール・ネルファムト、です。……私の部下に、不躾ぶしつけな物言いは控えて頂きたい」


「ほぉ? …………あぁ、そうだな。悪かった」


「………………ふん」




 大尉どのの持ってきた情報は、当たり前だけどわたしがぜんぜん知らないものばかりだ。

 また、大佐のおはなし中に気安く発言すると、ただでさえ不機嫌な大佐に怒られてしまうこと間違いなしである。まじめなお話をしているのはわかるので、邪魔をするべきじゃないだろう。

 お行儀よく聞き耳を立てることに専念しているわたしは、特務制御体ならではの思考能力をフル活用し、得たばかりの情報を咀嚼して思考を纏めていく。



 そもそも、昨今の『情勢の変化』やら何やらだが、帝国がここまで弱体化……というかグダグダになってしまった背景には、どうやら『すけいら』とやらのストライキが大きく影響しているらしい。


 大尉どのの言葉から察するに……研究やら軍部やらのあちこちでお仕事していた『すけいら』のみなさんが、まるで示し合わせたかのように、一斉に仕事を投げ出し行方をくらましてしまったのだと。

 おそらくだが、帝国のやつらは例によって、純粋なる帝国人以外を見下みくだしたり差別したり、アホみたいな対応をしていたのだろう。優秀な『すけいら』の人たちの仕事に対して、それに見合うだけの待遇を与えていなかったのだろう。

 ……まあ、帝国だもんな。他人に対してのリスペクトが欠片も存在してなさそうな対応、まるで目に浮かぶようだわ。


 そんな経緯もあって、これまでは仕事のできる『すけいら』の方々が請け負ってきた部分がスッポリ欠落してしまい、あちこちで機能不全に陥っているのが帝国の現状であるらしい。

 ソレに加えて……帝国領内で暮らしていながらも、元々帝国に対していい印象を抱いていなかった人たち。そういった人々をも抱き込むことで、帝国に充分抵抗できるだけの組織となる見込みなのだという。


 それがほんとであるならば、そりゃ当然うれしいのだけど……とはいえしかし、実際に大佐の敵を倒すのは、主としてわたしの役目だろう。



 わたしの……というか、このレッセーノ基地の立場とかは、大佐と大尉がいい感じに方針を示してくれることだろう。わたしはそれに従い、求められる役割を果たすだけ。

 かしこいおふたりが頭を使って、今後の動きかたを考えてくれている。……ならばわたしは、わたしがすべきこと、できることを考えておく必要があるだろう。

 わたしに今後待ち受けている最重要タスクとは、大尉がパクってきてくれたという、のご機嫌伺いである。


 ただでさえ巨大なエメトクレイルより、ずっとずっと大きな攻性特型戦術構造物コンバット・リグは、その構造も当然エメトクレイルなんかとは全く異なる。その性質はどちらかというと、むしろ戦闘艦艇に近しいといえるかもしれない。

 さすがのわたしとて、本来はエメトクレイル……もっというと【9Ptネルファムト】に機能設定を最適化されている。艦艇サイズの機材を扱うともなれば、慣れるまでにはそこそこ時間がかかりそうである。

 存分に慣熟飛行させてもらえれば、わたしとしても助かるのだが……これから先この基地がどうなるかわからない今、あまり推進剤を浪費したり整備要員を圧迫してしまうのは、よくないかもしれない。


 なんにせよ、このおはなしが終わったら、なるべく早く『あの子』に会いに行き、なるべく早く打ち解けておかなければ。

 【9Ptネルファムト】改め、【パンタスマ】。そのカタログスペックはかなりのものだが……それを織り込んでも実働戦力に不安が残るのが、大佐たち反乱軍のボトルネックだろう。



 うーん、とにかくこれまで以上の人手不足が予想されることだし、わたしもこれまで以上に節約生活を心掛けなければならない。

 ……もやしとか、買えればいいんだけどな。テオドシアさん売ってくれないかな、もやし。




「――あぁそうだ、鱗人スケイラといえば……確か、この基地にも居ただろう。ソイツはまだ居るのか?」


「えぇ、勿論もちろん。私は『中央』の馬鹿バカ共とは違います。働きにはきっちりと報いていますとも」


「ほぉ? …………例えばだが、そいつは戦力として期待出来たりは――」


「無理でしょうね。……これまでも、幾度となく袖にされていますので。『我々シャウヤはお前達の争いに介入しない。勝手に戦え』だそうです」


「………………ぇ?」



 まって、それテオドシアさんじゃん!?



 ぇえー、なんだなんだ、つまり帝国が愛想尽かされた『すけいら』っていうのは、テオドシアさんたちの種族のことなのか。

 テオドシアさんみたいに可愛らしいひとが、帝国にはもっといっぱい居たというのか。しらなかった。……そして一斉にストライキされて機能が麻痺したのか。帝国はあほなのか。


 ……それにしても、どうして『すけいら』なんだろう。でもテオドシアさんは自分たちの種族を『しゃうや』って言ってたもんな、きっとこっちが正しいのだろう。

 そして帝国のことだから……きっと『すけいら』というのは帝国内での方言か、あるいは蔑称か何かだろう。先程から大尉どのがそういうたびに、大佐の眉間のシワが一瞬だけど深まっている。きっと大佐はそのへんを正しく認識しているにちがいない。さすが大佐だ。きょうも眼鏡が輝いてるぞ。


 とにかく要するに、テオドシアさんの同郷人たちは帝国に愛想を尽かした。しかし彼女は――お金がだいすきだからかもしれないけど――未だにレッセーノ基地に留まってくれている。

 テオドシアさんたち『しゃうや』は、まだレッセーノ基地が帝国に弓引くとは知らないはずなので、やっぱりテオドシアさんたちは他の『しゃうや』とは違い、独自の考えで行動していると見ていいのだろう。



 ……だとするならば、もしかするかもしれない。

 もちろん無下に断られて、それで終わりかもしれないけど……当たってみるだけ当たってみても、いいのかもしれない。




「……たいさ、ぐしん。わたし……いけんあり、ますっ」


「良いでしょう。発言を許可します」


「はいっ。……えっと、えっと……テオドシア、さん、ちょくせつ、せんりょく、は、むずかしい……ききまし、たっ」


「その通りです。……シャウヤの『魔法』が借り受けられれば、取れる戦術プランは幾重にも広がるのですが」


「はいっ。……でも、なので、テオドシア、さん、たたかう、では、なく……きょうりょくしゃ、さがす、を、してもらう……を、ようきゅう。おかね、はらって、ようきゅうする……ですっ」


「協力者? 本人じゃなくてか? ……待て、そんな何人もスケイラを囲ってるのか?」


「何を言います、そんなはずはありません。……詳しく説明なさい、ネルファムト特務大尉」


「はいっ。えっと、えっと――」



 たぶんだけど……テオドシアさんは何らかの手段、というかおそらくはそういう『魔法』で、遠距離にいる協力者と連絡が取れる状況にある。わたしはそうだと予想している。


 大佐が注文した品を、この基地から出ることなく取り寄せることができているのは……遠隔地に品物を『送る』担当のひとがいて、そのひとがテオドシアさんから受けた『連絡』をもとに物資調達に動いてくれるからなのだろう。

 通販サイトとか、ネットショッピングとか、運営会社があるわけでもないだろうし。なのに彼女はずーっと在基地でお取り寄せしていたのだ、それくらいの予想はつく。


 その『連絡』魔法の情報伝達能力と……あとできれば、テオドシアさんのコネクションを有償で貸してもらい、わたしたちに力を貸してくれるひとを探す。そういう作戦だ。

 この基地みたいな『通販』の利用者に、傭兵団なんかが居れば話は早いのだろうが……でもそういえばテオドシアさんは『転送魔法を使える者は限られる』とか言ってたもんな、他には居ない可能性も高いか。

 でももしかすると、戦うことが好きな『しゃうや』のひとだって居るかもしれないし……そりゃもちろん居ないかもしれないけど、聞いてみるだけなら無料タダだろう。


 お金がだいすきなテオドシアさんのことなので……まあ金額次第だとは思うけれど、協力してくれる可能性も無くはない、かもしれない。




「…………見込みが甘い、と言わざるを得ませんが……」


「試すだけなら、話をしてみるだけなら、そこまで手間でもないんじゃないか? この基地に居るんだろ? 例の……テオドシアとかいう鱗人スケイラは」


「あのっ、たいい、あの、えっと……テオドシア、さん、すけいら、ちがう、くて」


「何? ……違う、というのは?」


「っ、えっと、えっと…………あの、『すけいら』、ちがう、くて……たぶん、『しゃうや』、ほんにん、いってました、ので……」


「その通りです。貴方あなたの不躾な物言いは、今に始まったことじゃありませんが……私の大切な取引相手の心象を害すのは、勘弁して貰いたいものです」


「なるほど、了解した。……シャウヤ、な」


「んぅ、はいっ。そ、でしゅ」


「…………まぁ、良いでしょう。駄目で元々です。テオドシア女史との交渉は、貴官にお任せします。……成果を期待していますよ、ネルファムト特務大尉」


「はいっ!」



 大佐たちは大佐たちで、しっかりと計画を立てて進めていくつもりらしいが……思っていたほど【パンタスマ】をうごかせないわたしは、割とヒマそうな感じである。

 出撃させるたびに、そこそこ以上のコストがかかってしまうのだ。先行き不透明な現状では、気軽に機体を動かすわけにはいかない。節約に努めるためにも、勝手に慣熟訓練をすることはできないだろう。


 なので、まずは基地内でできることをする。さしあたってはテオドシアさんを見つけて、先ほど大佐たちに相談したことを聞いてみようと思う。

 大佐はいま手が離せないだろうし、それにテオドシアさんはわたしには優しい気がするので、もしかすると話を聞いてくれるのではないかと思ったからだ。



 それに……テオドシアさんは可愛らしいし、わたしの『おしゃべり』にも根気よく付き合ってくれるので、わたしは彼女のことが大好きだ。

 大佐からの指示という大義名分を得て彼女に会えるのは、とても役得といえるだろう。



 ……まあでも、わたしがいちばん大好きなのはやっぱり大佐なので、大佐がよろこぶような成果を持ち帰ってあげたい。

 そういう意味では、わたしの役割はとても重要だろう。大佐にほめてもらうためにも、テオドシアさんとの『交渉』を、バッチリしっかりがんばろうではないか。



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