第8話 わたしのひさく



「落ち着きなさい、ノール・ネルファムト特務大尉。静粛に。先ずは黙りなさい。直ちにその口をつぐみなさい。良いですか」


「むもい」


「…………宜しい。それで……何です? こう見えて私は非常に、非常に多忙の身の上です。……それを踏まえた上で、一体何の報告ですか? ノール・ネルファムト特務大尉」


「はい。わたし、わたし……ていこく、やくにたつ、できます、かんがえまし、たっ」


「ほう? ……聞かせて貰いましょうか」


「はいっ」




 今日もがんばる前線拠点へ、懲罰部隊と補給物資とをお届けするおシゴトを無事に終えたわたしは、随伴無人機小隊【サルヴス・アルファ】共々、つい先刻レッセーノ基地へと帰還を果たしていた。

 乗機も無人機も戦闘行動は取っていないので、推進剤や弾薬なんかの補給も最小限で済むだろう。整備班にあまり手間を掛けさせないで済みそうだと判断し、わたしはひとり医療区画へと足を運んでいた。


 その目的とはずばり……いつもわたしのメディカルチェックを行ってくれる、わたしの身体のことに詳しい女性スタッフに、わたしの身体の『機能』について詳しく話を聞くためだ。

 そこで苦労の末に得た情報と、前線拠点で得た『ひらめき』を元に、この基地の人手不足を解消する秘策を、大佐へと提案するのだ。



 …………が、しかし。




「………………それで?」


「えっ? あっ、えっと、あの……ちゃんと、わたし、にんしん、でき、ますっ」


「………………だから?」


「えっ? えっと、あの……なので、わたし、にんしん、それで、まりょく……ゆうしゅう、な、ひと、が……おおく、てにはいる、と――」


「もう結構。結構です。……黙りなさい、ネルファムト特務大尉」


「はい」



 あれえ……大佐が頭を抱えてしまった。しかもなんか、なんかすごい顔だ。どうしよう、ここまで追い込まれた大佐を見るのは、かなりひさしぶりな気がする。

 もしかして、わたし……また何かやっちゃいましたか。いい考えだと思ったんだけど、どうやらほめてくれる雰囲気ではなさそうだ。



 この世界において……その身に『魔力』を宿す者は、総じて様々な力を振るうことができるとされている。……というか、そのまま『魔法』の概念だな。

 わたしたち特務制御体は『エメトクレイルを効率的に制御する魔法』を扱うことに特化させているが、それこそ前世で多く見かけたゲームや創作物語よろしく、超常の異能として発現させることも可能であるという。


 たとえば『広範囲攻撃魔法』の使い手は、そのまま魔砲手として戦場で戦果を上げていたり、あるいは『肉体強化魔法』の使い手は遊撃手や工兵として活躍していたり……そのほかにも『隠蔽魔法』や『回復魔法』で兵団のサポートをこなしたりと、独特かつ有意義な活躍を見せる者も多い。

 ……まあ、このレッセーノ基地にそういった方々が揃っているかといわれれば、そこはなんというか察して頂けたらといいますか。そんなすごい人がいたらここまで劣勢じゃなかっただろうな。


 しかしながら一方で……ほかでもないこちらの、わたしの上司ごしゅじんさまであるウェスペロス大佐。彼はなんと自身の『魔力』でもって『思考速度を加速させる魔法』を行使し、それによって常人離れした実務処理能力を誇っているという。

 彼は決して、嫌味やネチネチやハラスメントでのし上がってきただけの陰険メガネでは無く……帝国貴族に連なる血筋と実務特化の魔法によって数々の成果と実績を打ち立ててきた、とてもすごくてカッコいいお方なのだ。



 そんな彼を補佐する補助要員として、それなりに魔力量の多いわたしの素質を継いだ子を付けられれば……高次の『魔力持ち』が側近であれば、色々と役に立てるのではないかと思ったのだが。

 いや、決して『わたしの子が優秀である』と自惚れているわけじゃないし、父親役が誰になるかもまだ知らないけど……まあ大佐の側近は難しいにしても、何かしらの役に立てるんじゃないかと思ったのだが。



「貴官がいったい何処で、そんな浅知恵を仕入れてきたのか、気になるところではありますが……まぁ、おおよそ見当は付きました。……人員輸送に付けたのは、失敗でしたか」


「あの、たいさ――」


「黙りなさい。…………全く、多少は知恵が回るかとも思いましたが……やはり貴官は今一度、一般常識というものを叩き込む必要があるようですね」


「………………えっ、と?」


「…………良いですか。一般的な女性の妊娠期間は平均で266日、産まれた赤子が一般的な常識を身に付けるまでおよそ8年、帝国軍学校幼年教養課程修了まで4年、出来でき次第ですが一般的に士官が叶うようになるまで、更に6年」


「あっ、あっ、えっと」


「…………極めて、至極、当たり前の、一般的に身に付けていて然るべき基礎知識です、ノール・ネルファムト特務大尉。……赤子は、産まれて直ぐには、仕事など出来ません。生物として、当たり前です」


「あっ…………はい」



 えっと、あの……はい。そうですね。そうでした。当たり前です。


 で、でもですね、確かに直ちにお役に立つことはむずかしくてもですね。

 わが帝国における先々の人的不安を少しでも解消するため、産めや増やせやで富国強兵政策に乗り出すためにもですね、ここはやはりわたしが妊し――



「私の許可無く口を開かない」


「はいたいさ」



 ぬわん、これはどうやら完全に『だめ』みたいだ。取り付く島もない、というやつだろう。完全にブチギレメガネ状態になってしまっている。

 ……そこまでダメな提案だっただろうか。大佐的にはどこが懸念なんだろう。わたしひとりの負担で大きな成果が見込める、わたし的にはなかなか大佐評価ポイントの高そうな提案だったんだけども。


 確かにちょっと小柄だが、わたしの身体にいわゆる『継承させる機能』がまだ備わっているということが、医療担当官の協力によって確認できた。つまり生物学的には既に『準備』が出来ているわけで、あとは精細胞の提供を受けるだけなのだ。

 わたしとてなわけで……そりゃこの身体の本来の持ち主に対して多少は申し訳無く感じているが、しかし彼女にお伺いを立てることは不可能である。そして現在のであるわたしは、別段抵抗感を抱いていない。


 大佐に命を、尊厳を救ってもらい、糧と居場所を与えてもらい、完全に『依存』してしまったあのとき。前世では男性であったはずのかつてのわたしは、既に原型を留めぬほどに崩れ去っていた。

 一般的な常識からは程遠い環境で造成され、完全にしまっていたわたしの感性には、倫理観とかそのあたりのストッパーが存在していないのかもしれない。



 すべては、帝国のため……というか、大佐の役に立つために。わたしががんばって、それで将来的に優れた人材を提供できるのなら、やってみる価値はあると思ったのだが。

 というかむしろ、わたしが生産さうまれた研究施設では、当たり前のようにやっていたことだと認識していたのだが。




「却下です。一考にも値しません」


「ええー」



 だめか。というか最後のほうはべつに意見を述べたわけじゃないのに、わたしが何か言う前に『却下』を告げられてしまった。

 なんてことだ、もしかすると大佐はわたしの心が読めるのかもしれない。すごい。



「……貴官の『何が問題なのか分からない』とでも言いたげな顔を見れば、碌でも無いことを考えていると誰でも推し量れるでしょう」


「ほぇあ」


「……はぁ、全く。…………良いですか? ノール・ネルファムト特務大尉」


「はいっ」


「女性の妊娠は、身体に大きな負荷を掛けるものです。長期に渡る身体的不調は心身を苛み、その間の労働効率は大きく低下します。貴官の出撃が叶わぬとなれば、それによる被害ならびに損失は計り知れません」


「えっ、あっ、でも――」


「加えて。……貴官は、あまりにも軽々しく口にしましたが……そも『出産』というものは、現代においても命を落とす可能性が拭い切れない、命懸けの行為です。替えの利かぬ貴官をで喪うなど、万に一つも許容できません」


「…………ぇあ、ぅ」



 大佐の言うところによると……わたしのおなかの中で子が育ちきるまでの、およそ二百何十日もの間、わたしのパフォーマンスは全体的に無視できない規模で低下するのだという。

 ましてや、いくら『継承させる準備』は整っているとはいえ、わたしは身体中に多種多様な『処置』を施された特務制御体かいぞうにんげんである。身も蓋もない言い方をすると『つぎはぎ』だらけの身体なのだ。


 妊娠による体型変化が、施術箇所にどんな悪影響を及ぼすのか。さすがに『処置済み』の検体を母胎にした事例は無いらしく、まったくもって見当もつかないという。

 加えて……運動能力も姿勢安定性能も持久力も低下し、しかも定期的に全身を苛む倦怠感と激痛。いつなんどき敵軍が攻めて来るとも知れぬ状況で『そんな状態』にでもなれば、わたしが担っているこの基地の防衛機構にほころびが生じかねない。


 おなかの中で子を育みながら、おなかの子に気を配りながらの、安全運転での戦闘機動など……そんなの、さすがに戦場を舐めているとしか思えない。機敏な挙動が出来なければ当然、生存確率は大幅に低下する。そんなリスクは許容されない。

 また仮に胎児が育ちきって、いざ『出産』に漕ぎ着けたとしても、僅かとはいえそこで命を落とす可能性もあるのだと。……そんな危険を侵すことは許可しないと、大佐はそう言ってくれた。



 おそらく、いや間違いなく、純粋にわたしという『便利な駒』の喪失を懸念しての発言だろうけど。

 しかしそれでも……ウェスペロス大佐はわたしのことを、わたしの命を心配して、わたしの価値を認めて、わたしに『危険を侵すな』と命じてくれたのだ。




「ノール・ネルファムト特務大尉」


「は、はいっ」


「貴官の働きは、現時点で既に、充分評価に値します」


「…………っ、ぁりが――」


「ですので余計なことは一切考えず、妙な気は一切起こさず、馬鹿な真似は企てず、ただ指示されたことこなしなさい。今後私にこれ以上、余計な気苦労を掛けさせぬよう。……くれぐれも、良いですね」


「あっ、はい」


「……まったく、腹立たしい。これだから夢想家どもの道楽は……製造元が健在であれば、粗末な教育の尻拭いを命じてやったものを……」




 残念ながら……わたしが考えたとっておきの作戦、優れた魔力量を備えた人材の提供は、大佐いわく『考えるまでもない』理由によって頓挫してしまったけど。

 ならばなおのこと、わたしはわたしにできる手段で、大佐の役に立てるようがんばらなければならない。



 この基地のため、この国のため、多くの人々に陰口を叩かれながらもがんばる大佐のために。

 わたしのことを大切に、効果的に扱ってくれる大佐が、もっと心穏やかに過ごせるように。


 わたしは今後とも、効率的な作戦の立案を続けていく所存なのである。



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