君を夢で見た

空野そら

プロローグ

 ——これは、ある少年が"普通だった筈の"少女と惹かれ合う物語




 高校2年生の春。それは前年の一年間で様々な経験や交友関係などを築き上げ、部活動や勉学に励み、青春を謳歌している真っ最中の時期だろう。

 普通に暮らしてきた俺も当然の如くそのように高校2年生の青春を楽しく過ごしていた。放課後に活動する部活動のことを考えたら楽しみという感情が高まって授業をまともに聞くことなんてできなかった程だ。

 この掛け替えのない誰もが送るであろう青春が自分だけのものな気がして、楽しく嬉しく思うのだが、心の底ではなにか少し引っ掛かっているような気がする。

 別にこの青春生活に支障をきたすほど思うことではないし、特段深く考えることなんてしなかった。

 俺は高校に入ってすぐに行われた部活動オリエンテーションにてある部活に心を惹かれた。

 それは——




「よぉす! お疲れさん」

幾代いくしろ先輩、お疲れ様です」




 元気よく挨拶してきたのは3年生で、部活で俺の先輩にあたる幾代つとむだった。幾代の挨拶に俺と数少ない同級生が挨拶を返す。

 幾代は高校生ながらも大人の風格というものを持ち合わせていて、180cmぐらいはある身長に、黒い立派な口髭を育ていてスタイリッシュ。こんな感じにモテ男の好例である。

 そんな男が所属する部活は軽音バンド部というさらにモテ度が増す部活にいた。

 それを先輩と呼ぶ自分たちも必然ながら軽音バンド部に所属していた。軽音バンド部と言っても公の場で活動することは少なく、一年間での大目玉はここ実草みくさ高校の文化祭の盛り上げて役として出場することと、部活動オリエンテーションぐらいだ。

 普段は和気藹々とした雰囲気の中、各々好きに楽器を嗜む程度。

 こちらは吹奏楽部と違って大掛かりなことをしないし、たかが趣味程度の者が集った部活なのでそこまでハードな練習なんてしなくていい。

 本番の三週間前くらいからちょっとずつ本腰を入れていけばいい、という感じだ。




「どうした? 明日のオリエ緊張してんのか?」

「いや、そりゃまあするでしょ。久しぶりに人前で演奏するんですから。それに……」

「それに?」

「今年入部者がいなかったら廃部になるんですよ? これで緊張しない人がいたらラーメンでも奢ってやりますよ」

「ん? 言ったな? 言質取ったぞ?」

「ええ、別にいいですよ。どうせ先輩も緊張してるんでしょ?」

「よく分かったな! もちろん、俺も緊張してる」




 幾代はいつも強がりな言葉を放つが、実際は極度の怖がりで、緊張しやすい人だ。去年の終わりに軽音バンド部のメンバーで遊園地に足を運んでいたのだが、そこでも幾代は怖がりを発動し、お化け屋敷では後輩を置いて一人走り、ジェットコースターは疎か幼児向けの高低差が少ないものでも降りてきたら脚がガクガクと震えていたのだ。

 このように恐怖モノ全般がダメらしい。他にも去年の部活動オリエンテーションでは緊張のあまり力を込めすぎたのかエレキギターの弦を全て切ってしまっていた。

 それがあまりにも衝撃的だったために俺は軽音バンド、幾代に魅力を感じ、入部を決めたのだった。

 今年のオリエンテーションではどんなことをやらかすのか気が気でならない。




 そんなことを心の隅に留めながら一日を終え、翌日のオリエンテーション出場直前にまで時は進む。

 体育館の舞台袖にある控え室にて自分たちの番を今か今かと焦ったく待っていた。

 少しして元気な「ありがとうございましたー!」と共に大きな歓声と拍手が聞こえてきて出番を近く感じる。

 ふと幾代の方を見てみると、ガクガクと子鹿のように脚を震わせて、視線を地面に落としている。

 本当に大丈夫なのだろうかと不安になるものの、本番ではちゃんとやってくれるだろうと淡い期待を幾代に抱くことにした。

 だがそれでも不安要素、誇張表現するなら失敗の種になりそうなものは摘んでおいたほうがいい。




「先輩。去年と違って俺たちがいるんですから、安心して」

「…………まあ、そうだな…! そうだよ、お前らがいるんだ! 失敗しても連帯責任ってことで!」

「いや、それはちょっと……」

「なんでだよ! ま、ありがとよ。緊張が解れた気がする」




 それはよかったと普通な返事をして照らされているのみの寂しい舞台上を見つめる。

 「軽音バンド部の皆さんお願いします!」という司会の声と共に舞台を彩るように駆けて入場するのだった。

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