第15話 決着、魂のカタチ
「
空洞全体に響き渡る私の声。それを合図に気配を殺していた千里が動いた。
短弓を構えた彼女の指から勢いよく矢が放たれ、鋭利な
「なっ!?」
私を食べる事に意識を集中し過ぎていたおチエは、矢の存在に気づくのが送れてしまっていた。そんな彼女の背中に、護符を纏った矢が深々と突き刺さる。
「ぐがぁぁぁぁぁぁ! なに? 一体なんなのよぉぉぉぉぉ!?」
おチエは激痛に顔を歪め、絶叫しながら地面へと倒れ込んだ。
「焼けるぅぅぅぅ! 熱い! 熱いぃ! 背中が燃える様に熱いぃぃぃぃぃ!」
のたうち回りながら絶叫するおチエを横目に見ながら、私は匣へと呼びかける。
「ハコち!」
「少量一回分、いけます」
そう返事を返した匣が鬼火を唱えると、私の体にぐるぐると巻き付いていた蜘蛛の糸は瞬く間に火の気を上げる。
「あつ、あつ! あちゃちゃちゃ! 燃えちゃう!」
ようやく体の自由を取り戻した私は、すぐさまに燃える糸を手で払いながら立ち上がる。そして、地面に転がった短刀を拾い上げると、ジンタの手を引いてその場から少し離れた。
「ふぅ~……な、なんとかなったわね」
「カイリ、術はまたしばらく使えません。留意しておいてください」
「ええ、りょーかい」
匣の言葉に頷いて、私は庇ってくれた幼い勇者へお礼を述べた。
「ジンタくん。助けてくれて、ありがとう」
「う、ううん。だって、おっかあが悪いから。あんな、あんな化け物は、おっかあなんかじゃない。オラの大好きなおっかあは、とっても優しい人だから……」
幼い彼が涙ながらに語る想いに、私は遣る瀬無い気持ちだった。どこにもぶつけようのない感情を胸に、右手に握った魂解丸にグッと力を込める。
──おチエさん、すごく辛かったろうとは思うよ。でもね、ジンタくんの為と思うなら、最後まで逃げずに優しい母親であり続けて欲しかった。人としての誇りと尊厳を、決して失わないで欲しかった……
私は懐に入れていた匣を取り出して、自分の手のひらへと乗せる。
そして、幼い彼の姿を見た時から生じていた心の迷いを振り払った。
「ジンタくん」
「は、はい」
「私のこと、恨んでくれて……いいからね」
「え?」
今から何が起こるのか分からないジンタに、私は心の内を伝えた。
「私のことを
「なに? どういうこと?」
私が何を言っているのか、彼には全く理解出来ていない様子だった。
──私は今から、彼の母親だったモノの命を奪う。
だからそれは、ジンタに対しての贖罪のつもりだった。勝手を言ってるのは、自分でも分かっている。それでも、私に出来る事と言えばこれぐらいしかないから。
そう心で呟き、私は手の平に乗せた匣を頭上へと放り投げる。すると、匣は微かに光りを放ち、ゆっくりと回転しながら宙に留まった。
「私ね、こんな事しか出来ないの……こんな事でしか、人を助けられないんだ」
意識を集中させ、構えた魂解丸へと徐々に妖力を送り込んでいく。力に反応した刀身が白く眩く輝き始め、それをジンタは憂いを帯びた表情で見つめていた。
「お、お姉ちゃん……?」
「あなたのお母さんに酷い事して、ごめんね……ホントにごめん」
そう彼に言い残して、私は怒り狂う異形に向かって駆け出した。
「ぐがぁぁぁぁぁ! おのれ、おのれぇ! 胸糞悪い陰祓師どもぉ!」
今の言葉は、おチエが言ったのだろうか、はたまた体を乗っ取ろうとする蜘蛛の異形が言っているのだろうか。すでにその境界が曖昧になってきている。
もう彼女は、心も体も完全に異形と成り果てようとしているのだ。
「ちぃっ! ガキがぁ!」
おチエは自分の間合いに入ってきた私に向けて、先の尖った八つの足を次々と突き出してきた。
その攻撃を横へと躱しながら、勢いをそのままに奴の背後へと回り込んだ。
「ちょこまかとぉ! そう何度も背後を取られてたまるかぁ!」
回り込んだ私へ彼女が振り返って右腕を振り下ろそうとしたその時、風を切る一撃が奴の
「ぐあぁぁぁぁぁぁ! またかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「今よ! カイリィ!」
折れてしまった弓を手に、親友である千里が私の名前を呼んでいる。
──ありがとう、千里。
大好きな幼馴染が作ってくれた好機を潰すまいと、私は体勢を崩して膝をついた異形の背中を再び取った。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ! 消えたくないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「
妖力を込めた
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
彼女の絶叫と共に私の周りにバチバチと青白い電気が迸り、短刀を突き立てた場所へと眩い光が収束していく。
肉体と魂を、この世から切り離す為の音と光が空洞全体を支配していった。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ジンタァァァァァァァァァァァァァ!」
おチエが愛しい我が子の名を叫んだ後、因果の点と彼女の体は、目には見えない程の小さな粒へとバラバラに分解され、四方八方へと飛び散っていった。
その無数の小さな粒は、壁の隙間から差し込まれた陽光に照らされて、キラキラと輝いている。
「お、おっかぁぁぁぁ! おっかぁぁぁぁぁぁぁ!」
母親がいなくなる、そう感じ取ったのだろう。
ジンタは陽光で煌めく粒子に向かって、必死に呼びかけていた。
そんな彼を横目に、私は両手で印を結ぶと匣に向かって大声で叫ぶ。
「ハコち! 解錠!」
その言葉を合図に、宙に留まっていた匣は組まれた部品を次々にズラしていく。
それは秘密箱を手順通りに解錠していく様に、カチャカチャと音を立てながらズレていき、そうして最後に閉じていた蓋が外れた。
何も入っていない、底が見えない真っ暗闇の匣の中。
どこへ繋がっているとも知れないその闇の深淵へと、空洞に飛び散ったおチエだった粒子は次々と吸い込まれ始めた。
「お、お姉ちゃん! おっかぁが! おっかぁが消えちゃうよ! お姉ちゃん!」
ジンタの悲痛な訴えに、私は一切の返事を返さず、ただ黙って状況を見守る。
そうして、宙に散らばった粒子を余すことなく吸い込んだのを確認すると、私は再び印を結び、匣へと命令した。
「ハコち、施錠」
その言葉を合図に匣の蓋が再び閉まると、音を立てながら元の形へと戻り始めた。開いた時とは逆の手順で、カチャカチャと音を立てながら。
「お、おっかあ……あぁぁぁぁぁぁ! おっかあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
綺麗な幾何学模様を施した元の形へと戻ると、匣は静かに地面へと転がり落ちた。
「うあぁぁぁぁぁ! おっかあ! おっかあ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
泣き叫びながら、ジンタはおチエを吸い込んだ匣へと駆け寄っていく。
私は手にした魂解丸を腰の鞘へと収めると、静かに目を瞑って手を合わせた。
「その魂、迷うことなく……」
私の声と匣が施錠される音は、ジンタの泣き叫ぶ声によって上書きされていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます