ヨシノ君の初恋

クトルト

ヨシノ君の初恋

 毎年、厳しい寒さが終わり、暖かくなってきたこの季節に、

 僕の周りには、たくさんの人が集まってきます。


 

 夜が明け、明るくなって間もない頃、

 一人の男性がやってきて、ブルーシートを広げた。


 場所取りって、大変だよね。

 みんなが集まるまで、1人だからさみしいし。

 僕が話せたら、キミの話し相手になってあげられるんだけどね。



 太陽が昇った頃、子ども連れの若い夫婦がやってきた。


 確かあれは、おにぎりに唐揚げに玉子焼き……

 食べたことないけど、おいしいんだろうなぁ。

 だって、あんなに幸せそうな顔してるもん。


 女の子が桜の花びらを集めている。

 

 ……押し花かぁ。まだ咲いたばっかりで、

 花びらはあんまり落ちてないんだよね……

 ちょっと、そんなさみしそうな顔しないでよ。

 ……仕方ないなぁ


 僕は、女の子の近くに花びらを落とした。

 

 あっ、笑顔になった。

 手伝ってあげたんだから、ちゃんと完成させてね。

 それで、僕に見せてくれたら……ってそれは無理だよね。


 

 太陽が沈みかけた時、おばあさんがやってきた。


 よかった、ベンチが空いてて。地べたに座るの大変だもんね。

 何を見てるんだろう。持ってるのは写真かな。

 一人はおばあさんで、もう一人は……旦那さん?

 若い頃の写真みたいだけど。


 おばあさんは写真をベンチに置いて、バックから水筒を取り出し、

 温かいお茶を飲み始めた。

 

 ……穏やかな顔なのに、なんだか悲しそうに見える。

 何か僕にできることは……

 そうだ!!あれをやってみよう。

 練習中だし、上手くいくか分かんないけど。


 集中して、風を読んで、そっと花びらを落とす。

 そう、そのまま、大丈夫、大丈夫。


 ひらひらと舞い落ちた一片の花びらは、

 おばあさんが持つコップの中に入った。


 上手くいった!

 こういうのを、わびさびって言うんだよね。

 どうかな、ゴミだと思って捨てられるかも……


 おばあさんが少し笑ったように見えた。


 喜んでくれたってことで良いのかな。

 よかった……自己満足だけどね。


 

 暗くなるにつれて、僕の周りには多くの人が集まってきた。

 食べて、飲んで、騒いで、みんな楽しそうだけど……


 楽しんでいる人達の輪から外れて、

 隅っこで本を読んでいる女性がいる。


 せっかくみんなで来たのに。

 一人の方がいいのかな。

 

 中年の男の人が、その女性に気づき、

 食べ物を持って行って、笑顔で話しかけている。

 遠慮する女性に、お酒を飲ませて、肩を組んで……ん?

 これって、セクハラっていうやつじゃないの。

 どうしよう、誰か気づかないかな。

 ……ダメだ、みんな酔っぱらって気づいてないよ。


 僕の周りで悪いことをするなんて許さない。

 くらえ、桜爆弾投下!!


 僕は、花びらの塊を男の口の中に投下した。


 「おいおい、なんかくせぇぞ」


 「コイツ、吐きやがった」


 「サイテー」


 男は、周囲から責められている。

 花見は台無しになったけど、

 辛い思いの人がいるのに、周りは楽しむって、

 おかしいもんね。


 

 夜が明ける頃には、僕の周りには誰もいなくなった。

 そして残ったものは、ゴミ。


 なんで片づけていかないかなぁ。


 僕が、イライラしていると、女性の清掃員がやってきた。


 この人、昨日も昼から清掃してた人だよね。

 今日も早朝からご苦労様です。

 

 その女性は、僕の周りのごみを拾ってくれた。

 そして、次の場所に行こうとした時、

 僕の方を振り向いた。


 えっ……


 その後、何かするわけでもなく、

 その女性は、別の場所に移動した。


 目が合った?

 いやいや、目が合うなんてあるはずがない。

 だって僕は……



 桜だから。



 別名は、ソメイヨシノというらしい。

 そんな僕は、人の言葉が理解できて、周りを見ることができる。

 僕の周りに来た人たちの会話を聞いて、少しずつ人について知る事ができた。

 でも結局は、桜。

 理解できても、伝えることはできない。


 僕の能力は、何のためにあるんだろう。


 そんなことを考えていると、

 一人の女性がやってきた。

 よく見ると、さっきの清掃員の女性だ。

 仕事が終わったようで、普段着を着ている。

 手には、お酒の入った袋……って、今から飲むの⁉


 女性は僕に寄り掛かるように、その場に座った。

 

 ちょっと、直に座ったら、汚れちゃうよ。

 それに、今日は結構寒いし、家に帰った方が良いよ。


 僕が心配しているにも関わらず、

 黙々と1人でお酒を飲み続け、

 顔がかなり赤くなってきたようだ。

 

 大丈夫かな。

 今日はもう仕事ないんだよね。

 寝たらダメだよ。

 

 女性が帰る様子はない。

 

 え~どうしよう。桜爆弾投下して、帰るように仕向けて……

 ってそんなかわいそうなことできないよ。

 ……昨日はずっと晴れてたから、あれが使えるかな。


 僕は、日中に浴びた太陽の温かさを体内に閉じ込め、

 僕自身を温かくする事ができる。


 気休め程度だけど、これぐらいしかできないから。


 僕は、自分自身を温かくした。

 

 「気持ちいいなぁ。このまま寝よっかな」


 ダ、ダメだよ!

 風邪ひいちゃうよ。


 僕は、温かくするのをやめた。


 「寒い……このままだと風邪ひいちゃうかも」


 えっ、そうなの⁉

 じゃ、じゃあ温かくしないと。


 僕は、再び温かくした。


 「温かいなぁ。誰もいないし、寝てもいいよね」


 なんでそうなるの⁉

 やっぱり、温かくしたらダメなんだ。


 こうして、僕は女性の言葉に合わせて、

 温かくしたり、冷たくしたりを繰り返した。


 「アハハ」


 ん⁉

 

 「やっぱり、そうなんだ」


 ……独り言?

 酔い過ぎだって。

 もうお酒はやめた方が良いよ。


 女性は、僕の方を振り向いた。

 

 「……優しいんだね」


 突然、女性は言葉を発した。


 ……これも独り言?


 「キミに言ってるんだよ。伝わってる?」


 女性は、僕に指を指して言った。


 ぼ、僕に話してる?

 そんなわけない。

 だって、僕は桜だし、そんなのありえないし……


 「今日さ、仕事をしてた時、キミの事見てたんだよね」


 僕を見てた?


 「花びらを探してた女の子に、花びらを落としたり、

 おばあさんのコップに花びらを落としたり、

 セクハラ男に、花びらの塊を落としてたよね」


 見られてたのか。

 でも、それだけでは……


 「偶然とは思えなくてさ」


 で、でも、僕は桜だよ。


 「私が何か言うたびに、キミが温かくなったり、

 冷たくなったりしてさ、ビックリだよ」


 だって、困ってたから。


 「キミは、私が言ってること、理解してるよね?」


 それは……


 「もし合ってるなら、私の右手に花びらを1枚、

 違うなら、左手に花びらを1枚落としてくれないかな?」


 女性は、前を向いて手のひらを上向きにした。


 今まで、僕に話しかける人なんていなかった。

 人と交流できる、最初で最後のチャンスかもしれない。

 でも……


 

 僕は左手に花びらを落とした。


 

 人に興味はあるし、交流はしたいよ。

 でも、交流するってことは、僕に話しかけるってこと。

 そんなの、周りから見たら変だし、

 悪いことを言われるかもしれない。


 女性は、再び僕の方を振り向いた。


 「答えは、いいえ……なんだ」


 そうだよ。それが僕の答え。

 キミは僕に関わらない方が良いんだ。


 「気づいてる?

 返事をしたってことは、理解できるってことだよね」


 ……しまった!!


 「いいえってことは、私とは関わりたくないってこと?」


 違うよ。そういう意味じゃなくて。

 僕はただ、キミのことが心配で。


 女性は再び、手のひらを上にあげた。


 返事をしろってことだよね……

 僕は、左手に花びらを落とした。


 「私が嫌ってわけじゃないんだ。

 よかった……」


 桜に嫌われてるとか気にするなんて。

 変わった人なのかな。


 「じゃあ、これから私の話し相手になってくれないかな?」


 は、話し相手⁉


 「私、人と話すのが苦手で、でもこれじゃダメなの。

 私の夢のために、もっと話せるようにならないと」


 夢?


 「キミなら話せると思うし、ダメかな?」


 やっぱり、変な人だ。

 僕と話したいなんて。


 「力になってほしい」

 

 ……僕がこの人の力になれるんだ。


 僕は、女性の右手に花びらを落とした。


 女性は笑顔で、僕を抱きしめた。


 「ありがとう」


 ち、ち、近いよ。そんなに抱き着いたら、

 傷つくかもしれないし。

 どど、どうすれば、いいの。

 分かんない、分かんないよ~


 「あれ、なんか熱くなってきたんだけど」


 そ、それは……


 「ふぅん」


 えっ、何その反応。


 「もしかして、照れてる?」


 こういう気持ちになったことはないけど、

 これが照れるっていうことなの?


 「……キミって名前とかあるの?」


 女性の左手に花びらを落とした。

 

 僕を見に来た人たちからは、桜やソメイヨシノって言われるけど、

 人同士が呼び合ってる、名前とは違う感じがする。

 

 「じゃあ、ヨシノ君って呼んでいいかな」


 ヨシノ君……僕の名前。


 「名前があった方が話しやすいんだけど、どうかな?」


 女性の右手に花びらを落とした。


 「良かった。私の名前は春乃【ハルノ】って言います」


 ハルノさん……


 「ヨシノ君、これからよろしくね」


 ハルノさんが差し出した右手に、

 僕は花びらを落とした。


 

 それから、ハルノさんは、仕事終わりに僕のところに来て、

 いろんな話をしてくれた。


 ハルノさんは、高校卒業後就職したが、女優になる夢があきらめきれず、

 仕事を掛け持ちして、お金を貯めて、1年後に東京へ行くと言っていた。


 桜が散った後も、僕のところに変わりなく来てくれた。

 花びらで返事ができなくなったので、

 僕自身を温かくしたり、冷たくすることで返事をした。



 「ヨシノ君~聴いてよ」


 はい、聴いてますよ。


 「ホントに聴いてる?」


 聴いてます。


 「ホントかなぁ」


 だいぶ酔ってるよね。

 イヤな事があったんだ。


 「うちの上司がさぁ、私にミスを押し付けてきたんだよ。

 周りも気づいてんのに、何も言わないしさ。

 私より給料もらってんのに、なんなのって感じ!」


 おっしゃる通りで。


 「つぶれちまえ、あんな会社!」


 それは、言い過ぎでは。


 「ヨシノ君もそう思うよね」


 どうでしょうか。でも、合わせた方が良いよね。

 少し間を開けて、返事をした。


 「返事遅かったよね。なんで?」


 今日のハルノさんは、めんどくさいなぁ。


 「今、面倒な女って思ったでしょ」


 ……はい。


 「最近、返事がなくても、ヨシノ君の事が分かってきた」


 なんか、怖いです。


 「ヨシノ君のいじわる」


 どいうことです?


 「そんなヨシノ君には、こうしてやる」


 ハルノさんは、僕の皮を少しはがした。


 「これでどうだ。私の辛さは分かったかな?」


 それはダメです。


 僕は返事をするのをやめた。


「ヨシノ君、返事をしてよ」


 ……


「返事は?」


 ……


「返事……」


 ……


「ゴメン、怒ったよね」


 僕は返事をした。


「やっぱり、ヨシノ君は優しいな」


 ハルノさんは僕に抱き着いてきた。


 抱き着けば、なんでも許してもらえるって

 思ってるんじゃないかな、この人。

 まぁ、許すけどさ。


 こんな風に、ケンカすることもあるけど、

 ハルノさんと過ごす日々は、今まで感じたことない、

 充実した時間だった。


 

 1年後


 僕の周りに多くの人が集まる季節となった。

 みんな幸せそうな顔をしている。

 しかし、僕は……


 夜が明ける頃、ハルノさんがやってきた。

 ハルノさんの左の頬が赤く腫れている。

 そして、今日はお酒の代わりに、

 たくさんの荷物を持っている。


 「家を出て行くって言ったら、母さんに叩かれた」


 ……


 「反対されるって分かってたから、出て行く直前に言おうと思って」


 ……


 「……今日は、お別れを言いに来たんだ」


 ……


 「正直、ヨシノ君と初めて会った時、

 私結構、精神的にきつかったんだ」


 ……


 「家族に東京に行くこと隠して、後ろめたい気持ちがあったし、

 会社では嫌な事ばっかりあったし、相談できる人もいなくて……」


 ……


 「ヨシノ君がいたから、今日まで頑張ってこれたの。

 本当に、ありがとう」


 ……


 「これからは自分で頑張らないと。

 東京にヨシノ君はいないしね」


 ……行かないで。


 「本当は不安でいっぱいなんだ。

 不安で仕方ないよ」


 ……それなら、やめれば……


 「でも、行くよ。後悔したくないから」


 ハルノさんは笑顔で僕に言った。

 でも、手が震えてる。


 「私が有名になったら、ヨシノ君の事みんなに紹介する。

 それで、ヨシノ君は日本一有名な桜になるの。

 どうかな?面白そうでしょ」


 ……そんなのどうでもいい。


 「楽しみにしててね」


 ……ハルノさんがいればそれで……


 「じゃあ、またね」


 ハルノさんは、僕に背を向けて歩き出した。


 これが最後になるかもしれない。

 僕の気持ちは……


 僕は、地面に桜爆弾を落とした。

 その音で、ハルノさんは振り向いた。


 「ヨシノ君?」


 僕は、地面に花びらを落として、

 ハルノさんへメッセージを伝えた。



 『自分を信じて』



 「……うん、ありがとう」


 ハルノさんは、涙を浮かべながら、

 再び歩き始めた。


 ハルノさんが見えなくなった後、

 僕は、地面に花びらを落とした。


 


 『好きです』


 

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