花残月の尾

PROJECT:DATE 公式

未来の証明

最近では湿気が多く

どんよりとした日が多かったからかな。

ぱっと透き通る青空を見て

爽快な気分になるのは

久しぶりな気がした。

ゴールデンウィークも始まり

改札を通るにも人が多くて賑やか。

あるべき休日の姿って感じがする。

そこを私もずんずん大股で歩く。

休日の一部になれてちょっと嬉しい。


七「あ!おーい!」


古夏「…!」


改札を出て近くの柱に

1人もたれかかっている

古夏ちゃんの姿があった。

手を大きく上げて声をかけると

びっくりしたのか咄嗟にこっちを見てた。

眉が下がっていて困ってそうだった。


七「おはよう!」


古夏「…。」


こめかみに拳を当てて

頭を少し傾げる。

そして手を離すと同時に

頭をゆっくり上げるという

よくわからない動きをしてる。

一瞬で何か考え事をしたのかな。


次に何を思ったのか

私の顔を見てまた視線を逸らす。

今度は両手の人差し指を立てて

お辞儀するように曲げた。

そこで漸くはっとする。


七「あ!おはようだ!」


古夏「…。」


古夏ちゃんはうんともすんとも言わず

手を下ろしてしまった。


七「じゃあ行こ!」


古夏「…。」


七「ねーねー。」


古夏「…?」


七「地図!案内して!私全然あれ読めないの。勝手にマップがぐるぐる回ったり自分がワープしたりするんだもん。」


古夏「…。」


首を傾げられたけど

スマホを取り出して検索してくれている。


今日の目的は私たちのTwitterの

アイコンの写真を撮ること。

去年だか一昨年だかは

未来に撮った写真が

アイコンになっていたらしい。

ならば!

写真を撮れば未来の証明が

できると言うこと。

証明ができれば

私たちは未来まで生きることが確定する。


そう思ってここ数日

ネットで呟いていたけど、

未来の証明とはいえ

今日までの証明にしか

ならないんじゃないかとも言われた。

よくわかんないけどとりあえず

行って損はないでしょ!と思い

みんなに連絡して決行することにした。


私は古夏ちゃんと巡ることになっている。

場所もそんなに離れてない。

ネットの人たちは

私たちのアイコンだけで

住所を特定したみたいで

場所を教えてもらっていた。


私は桜ヶ丘駅から

15分くらい歩いたところの新道1号公園。

古夏ちゃんは鶴ヶ峰駅と二俣川駅の間の

四季美台ふれあい公園。

いろはちゃんは宮山駅から少し歩いた

川とのふれあい公園の近く。

杏ちゃんは戸塚駅近くの

十八ノ区第二公園。

湊ちゃんは弘明寺駅と東戸塚駅の

間にある六ツ川公園で、

彼方ちゃんは三ツ沢上町駅。

一叶ちゃんは三崎口駅。

詩柚ちゃんは関内駅近くの万代町のあたり。

蒼先輩は三ツ境駅の近くの踏切。


たん、たんと駅から踏み出し

まずは私の写真場所を目指す。


七「レッツゴー!ここから少し歩くだけだね!ここからほとんど直線じゃん!」


古夏「…。」


七「それにしても酷いよね。ほんとはみんなで回りたかったのに、回る箇所が多くなって大変だの移動にお金がかかりすぎるだの時間が合わないだの!わかるけど!」


古夏「…。」


七「みんな1人ずつ行こうとか言う人もいて!えーってなっちゃった。結局知らない人に頼むのもねーってなって、2人以上で行くことになったけど!」


古夏「…。」


七「彼方ちゃんとか杏ちゃんは学校に閉じ込められている時もよく個人行動をしたし、やってくれなさそうだったけど…なんかなんとかなったね!」


古夏「…。」


七「なんだかんだみんな撮りに行ってくれそうでよかった!帰ったら写真ちゃんと撮ってきたか共有しよ!」


古夏「…。」


古夏ちゃんは返事がなく

ただ隣を歩いているだけだった。

スマホと睨めっこしたり

時々前を向いたりしてる。


七「ねーねー。」


古夏「…?」


七「古夏ちゃんってお話できないんだっけ。お話できないって言うか、うーん、声が出ないんだっけ?」


古夏「…。」


初めてこくりと頷いてくれた。

やっと会話ができた気がする。


七「なんでー?」


古夏「…?」


七「首傾げられても…何で声出せないのーってこと!」


古夏「…。」


七「病気とか?」


古夏「…。」


七「違うんだ。じゃあ元から?」


古夏「…。」


七「え!それも違うの!じゃあ事故?」


古夏「…?」


古夏ちゃんは首を捻った。

元から声を出せなかったわけでも

病気だからというわけでもないと

しっかり首を振ったのに、

事故?と聞いた時だけは

首を傾げているのに

なんだか引っかかった。


七「じゃあじゃあ!昔はお話できたのー?」


古夏「…。」


今度は首を縦に振る。


七「何で喋れなくなったのか覚えてないの?」


古夏「…。」


七「なんかいつの間にか話せなくなっちゃったの?」


古夏「…。」


七「えー、変なのー。」


古夏「…。」


七「あ!見てみてここ曲がったところだ!」


古夏ちゃんの持っているスマホを覗くと

目的地までもうすぐだった。

早く着きたくって

彼女の手をとってそのまま走りだした。

まだ4月末なのに気温はすでに20℃、

25℃を超えている。

少し走っただけで

汗ばむような温度だった。


七「あつーい!」


古夏「…。」


七「古夏ちゃん全然汗かいてないじゃん!」


古夏「…。」


顔を顰めたまま首を横に振って

暑いと示すように手で団扇のように

顔を仰いでいた。

古夏ちゃんも暑いとか

思うんだー、とふと思う。

喋らないしわからないことだらけだし

デコピンしたら

飛んでいっちゃいそうなくらいだし。

だからきっとどこかで

全く違う人じゃない何かと思ってる節があった。

だからこそこうして

古夏ちゃんが動いてるのを見ていると

小動物の食事シーンを

間近で見てるみたいで心が踊った。


七「撮って撮ってー!」


荷物を近くのベンチに放って

写真の位置に行きあれこれポーズを取る。

休日に制服を着て

こんなところで写真を撮ってるのが

なんだか変で面白くなってきて、

くるくると回ったりジャンプしたりした。

その間に何回かシャッターを切る音がする。

アイコンの写真が撮れなかったのか

古夏ちゃんは首を傾げて

怪訝な表情をしていたけれど、

ある瞬間にぱっと顔を上げて近寄ってきた。


古夏「…!」


七「撮れた?見せて見せてー!」


古夏「…。」


七「うわ、本当にアイコンのまんまだ!古夏ちゃんすごい!」


古夏「…。」


七「そしたら次だ!このまま四季美台の方まで行っちゃおー!」


古夏「…。」


古夏ちゃんはベンチに置いていた荷物を

こっちまで持ってきてくれた。

ありがとうと言うと

控えめに首を振る。

私だったら「もっと言ってくれてもいいよ!」と

言っちゃいそうなのに。

大人しいし、これがいわゆる

気品があるってやつなのかなと

思ったりもする。

謙遜とかあーだこーだとか、

嘘の重ね塗りみたいで面倒くさい。

それならすごいって言って欲しい!って

私だったら言ってしまう。


四季美台ふれあい公園は

鶴ヶ峰駅からの方が僅かに近く

そこから歩いて向かった。

細い道を公園のある方へ曲がる。

すると、信じられないくらい

急な坂が待っていた。

ぜえぜえ言いながら汗をかき

短いながらも時間をかけて

やっとのことで登り切る。

私よりも古夏ちゃんは

眉間に皺を寄せていて疲れてそうだった。


七「あつーい。」


古夏「…。」


七「古夏ちゃんってさ、「あつーい!」って時どうするの?叫ばないとやってけなーい!って時とか。」


古夏「…。」


しばらく経っても返事がなく

考え込んでいるみたいだった。

少しして鞄の中を見て

急に紙とペンを取り出した。

それからバインダーも。

そういえば学校に閉じ込められている間も

何かと紙に文字を書いてなかったっけ?


七「わかった!紙にぶわーって書くんだ!」


古夏「…。」


そうじゃないけど…と

言いたげな顔でまた首を小さく捻る。

バインダーも紙もすぐに仕舞ってしまった。


七「荷物持つよ!」


古夏「…。」


古夏ちゃんはやっと初めて

小さく微笑んだ。

私の時みたいにあれこれ

適当にポーズを取るのではなく、

すぐにアイコンのままのポーズを取っている。

暑いし手早く終わらせたいのかも。

スマホを取り出して

画面越しに古夏ちゃんを見る。


古夏ちゃんは昔は話せていた、と言ってた。

その記憶もある。

ちゃんと頷いて返事をしてくれた。

なら、絶対理由があるはず。

声が出なくなった、

声を無くしてしまった理由が

絶対にあるはずなんだ。

手話したり紙を使ったり、

もう声はなくったって

生活はできているのかもしれないけど、

絶対声を出せる方がいいじゃん!


ぱしゃり。

スマホがシャッター音を吐いた。


2人でまた駅まで戻る。

たった1枚、写真を撮って帰るだけ。

それだけじゃもったいない気がした。


七「ねねね、この後どっか行かない?探検行こうよ探検!」


けれど、古夏ちゃんは

少しの間を置いて

小さく、本当に小さく首を振った。

駅に着くと、ついさっき

発車してしまったみたいで、

次の電車が来るまでには時間があった。


七「暑いー…でも、未来の証明はこれで完了だね!」


古夏「…。」


七「どうしたの?そわそわして。」


古夏「…。」


七「何か言いたいことがあるの?」


古夏「…。」


鞄に手を突っ込み、

私の言葉のままにそれらを取り出した。

けど、電車が来るまでの時間が

短くになるにつれて

だんだん人は多くなってくるだろうし、

純粋に面倒くさそう。

「スマホの方が絶対いいよ」と言うと、

特に紙に執着することもなくスマホを取り出す。

文字を打つスピードは

とても遅かったけど、

電車を待つにはちょうどよかった。


古夏『写真を撮ったのって今日まで生きることがわかるだけで、今年度や来年度生きているかはわからないよね?』


七「それね、ネットの人にも言われたよ!でもね、行っても行かなくても変わらないなら行った方がいいじゃん!」


古夏「…。」


七「っていうか古夏ちゃんTwitter見てないの?そういえば全然ツイートしてないよね!なんで?」


古夏「…。」


古夏ちゃんの手が止まる。

文字を打つのが遅いでもなく、

すぐに答えが出てこないみたいだった。

少ししてアナウンスが流れる。

古夏ちゃんは焦って文字を打つも

すぐに消してを繰り返していた。


七「電車来ちゃうよー。」


古夏「…。」


七「まあTwitter見なくても生きていけるもんね!」


古夏「…。」


古夏ちゃんは何を考えているのか

本当に全くわからないけど、

今度は俯いたまま

スマホをそっとしまった。


それから程なくして

轟音を浴びると同時に電車が舞い込んできた。

今日の探検はこれにて終了らしい。


七「なんかあっという間だったね。」


古夏「…。」


乗車すると同時に

振り返って声をかける。

古夏ちゃんは頷くことはしなかった。





○○○





杏「蒼のも一叶のも撮ったし、あとは帰るだけか。」


一叶「遠くまで付き合わせごめんね。」


蒼「一叶が好んでここにしたわけじゃないのだから、謝る意味がないわ。文句を言うなら証明をしようと言い出した藍崎さんに言うべきよ。」


一叶「あ、あはは…私はプチ旅行になったしちょうどいいなあくらいにしか思ってないよ。」


杏「貴重な制服デートっすからねー。」


一叶「そうそう。デートではないけど。」


がたん、がたんと電車が揺れる。

潮の香りがした三崎口駅から

帰路についている今だけれど、

休日のせいもあり人が多い。


一叶「あっという間に高校生なんて終わっちゃうぞ。ね、蒼。」


蒼「やることをしっかりやっていれば1日1日がすぐに終わると言うこともないわよ。」


杏「うっ。安易にうちらを刺すんだから。」


一叶「いいや、杏だけ。」


杏「いやいやい。嘘おっしゃい。あんさん部屋でだらだらしてますやん。」


蒼「あなたたち一緒の家に住んでたかしら。」


一叶「杏がめちゃくちゃ自由に出入りしてくるんだよ。それと私はそんなにだらけてない。」


蒼「普段何してるのよ。勉強?」


一叶「ネットサーフィン。」


杏「終わってる。」


一叶「杏は絶対に口出させないよ。」


蒼「どんぐりの背比べね。」


杏「あ!あー!1番のちくちく言葉っすよそれ!」


一叶「まあまあ。」


杏「まあまあじゃないんだよね。」


蒼「2人がそんなに仲良くなってる理由がわかったわ。」


杏「なんだかんだで一緒にいるよね。」


一叶「うん。こうして3人で遊びに行けて…もうゴールデンウィークの後悔ありません。」


杏「藍崎の提案は唐突だったけど、遊びのついでと思えばまあスタンプラリーみたいで楽しかったかな。」


蒼「いつも言うことが急なのよ。もっと前もって計画していればいいのに。」


杏「蒼って何気藍崎に当たり強いっすよね。」


蒼「そんなことないわ、妥当よ。中学時代だって校内でストーカーされたりところ構わず話しかけられたり散々だったもの。」


一叶「もっとこう…計画性がないところとか落ち着きがないところとか目につくところが多すぎるのよ。とか言うかと思ったけど…私怨じゃん。」


杏「まあねえ…熱量すごかったからね。」


一叶「そんなに?でも杏も割と毛嫌いしてそうな印象だけど。」


杏「別に嫌いじゃないよ。あいつ案外いいやつではあるし。」


一叶「ああ、ちょっとわかる。バスケでシュートできるまで教えてくれたし。」


杏「いつの話っすか。」


一叶「学校幽閉事件の時。」


杏「なるほど。うちもそんな感じで、学校で決まり事がうまくまとまんない時に「とりあえずやろう」で突き進んで何とかしてた時もあったんだよ。人がやりたがらないことを進んでやるのは才能だと思ってる。」


一叶「好きじゃん。」


杏「好きではない。好感を持つにはあいつの持つデメリットがデカすぎる。」


蒼「考えなしではいつか人を殺すわよ、あの子。」


杏「物騒な。藍崎に限ってそんなことはしないっすよ。」


蒼「どうかしらね。」


一叶「もうしてたりして。」


杏「2人とも趣味悪ー。れ


会話は流れる。

次から次へと話題が遷移し、

学生マンションの最寄駅につく。

着メロが流れ、扉が開く。


杏「あれ、着いたよー?」


一叶「ちょっと寄るところがあるから、先帰ってて。」


杏「え?じゃあ着いてい」


一叶「ううん、1人の用事じゃないからさ。」


杏「え、彼氏?帰ったら話聞かせてね。」


杏は今までのどの話以上に

嬉々として声を上げている。

そしてやがて2人が電車から降りた。

そのまま電車に乗り、

乗り換えて目的地に到着する。

まだ日は落ちていない。

湿気はあるものの

気温が徐々に下がっていく時間だ。

1人の人がすでに指定の場所で

待っているのが目に入る。


一叶「お待たせ。」


「…。」


一叶「似合うじゃん。」


目の前にいる人は

何かを言いかけて口を閉じた。

それを合図にその人へとスマホを向けた。

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