第5話 新入生たちと先輩たち

 「マーチングバンド部のバトントワリングパートに入りたいんです!」

 その大里おおざと真茅まかやが言ったとき、向こう側にいたふくよかな体つきの先輩はぱっと明るく笑い、コンクリートの段の上にいた美人の先輩は眉をつり上げて大里真茅を見た。

 下でそれまで演技していたらしい新入生は、ふくよかな先輩以上に笑った。

 甘く笑った。

 こういう甘い笑いって、嫌いだな。

 びてるみたいで、とそのときじゅんは思った。

 「いや、いいんだけど」

と、段の上の先輩が、目を迷わせながら大里真茅にきき返す。

 「どうして、部全体の説明もまだないのに、ここのパート?」

 「あ」

と大里真茅がしっかりした声で言う。

 「富倉とみくらひとみ先輩と昔から知り合いで、富倉先輩に、先輩のいるパートに入りたい、って言うと、真茅にはバトントワリングが向いてると思う、っておっしゃって」

 背の高い先輩はさらに眉を寄せる。

 向こう側のふくよかな体つきの先輩が

「カラーガードだね」

と言う。

 つまり、その背の高い先輩は、「富倉ひとみ」というメンバーがどこのパートにいるか、わからなかったらしい。

 「で」

と、背の高い先輩が真茅にきき返した。

 「富倉ひとみは、なぜこっちが向いてるって」

 真茅はかんはつを入れずに答えた。

 「あ。手首が器用だから、だそうです」

 「ま、いいんじゃない?」

とふくよかな体つきの先輩が言うと

「ま、いいか」

と背の高い先輩が言って、真茅の入部が決まった。

 まだ入部届を出してないから、仮決まりだそうだけど。

 「で、そっちは?」

 順のことだ。

 「馬橋まばし順です。大昭だいしょう中学校のバトントワリング部にいました」

 「おお」

と感心したのは、向こう側のふくよかな先輩で

「大昭って有名だよね」

と言ったのが、甘々な感じの新入生。

 で、背の高い美人の先輩は、やっぱり

「ま、いいか」

という返事だった。

 背の高い美人の先輩は周東すとうつな、ふくよかな体つきの先輩は岩成いわなり沢子さわこ、甘い感じの新入生は毛受めんじょ愛沙あいさというと自己紹介があった。

 周東つな先輩と毛受愛沙は瑞城女子中学校の出身で、二人は中学校のマーチングバンド部でも先輩後輩の関係にあったという。

 このなかでバトントワリングの経験がないのは大里真茅だけだ。

 「じゃ」

と、岩成沢子という先輩が言った。

 「今日は、ステップだけ合わせてみよう。大里さんと馬橋さんも入れて」

 びっくりする。

 いま入部したいって伝えたばっかりなのに。

 たぶん大里真茅も同じ疑問を抱いている。いや、唐突すぎて疑問も抱いていないかも知れない。

 そんなときに

「は?」

と反問したのは周東つな先輩だった。

 「いや、まあ、それはいいけど」

 え?

 「それはいい」の?

 でも、周東先輩は、「それはいいけど」と言いつつ、あまりよくなさそうな言いかただ。

 「曲も決まってないのに、何のステップよ?」

 「卒業式の、校歌の」

 岩成先輩は目を細くして笑って言う。

 「卒業式なんてほぼ一年先だけど?」

と周東先輩が言う。あまり賛成ではないらしい。

 何か二人の先輩が対立っぽくなってきた。

 こういう対立の場にいるのが順は苦手だ。

 たんに意見が食い違う場であっても、そういうところにいたくない。

 「ってことは、わたしたちがよく覚えてるってことじゃん?」

 岩成先輩が言う。

 言いかたそのものは、その体のふくよかさそのままにやわらかいけれど、いいかげんな答えでないことはわかった。

 「じゃ」

と周東先輩が言う。

 「やる?」

 あまり気が進まないような言いかたで周東先輩が返事した。

 経験者の新入生、毛受愛沙が

「あ、じゃあ、今日はバトンの練習はなしでいいんですね!」

と言う。声がとても甘い。

 周東先輩は眉をきりっとさせて

「愛沙はバトンもやるの! だって忘れてるんでしょ?」

ときつく言い返した。

 「だって、高校の卒業式の演技なんて知らないですよ」

 毛受愛沙が当然の反論をする。

 「じゃ、適当にやんな」

 その周東先輩のことばで、毛受愛沙も演技することが決まった。


 * 次のエピソードは4月30日午後10時ごろ公開します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る