第6話 時間が解決してくれる


「いい眺めだ……」


 僕は豪邸のテラス席から庭園を眺めて、優雅な気分に浸っていた。


 回復術を使うまでは高い植物で見えなかったけど、広々とした庭には池もあって、太陽光を反射してキラキラとした神秘的な光景を生み出していた。


 本当に、何度見ても素晴らしい光景だ。ずっと眺めてても全然飽きが来ない。金持ちってこんな気分だったんだなって。


 元パーティー【超越者たち】に所属してた頃なんて、郊外のボロい宿舎から都の二等地に転居することになってワクワクしたのに、僕一人だけ一階の倉庫みたいな狭い部屋に押し込まれたんだ。


 思えばあのときからパーティーでの僕の序列は最底辺だったのかも。


 でも、そこから離れたことで、僕は都の中心部に1万ギルスを超える豪邸という、これ以上ない拠点を得た。


 自分の所有物なのに、家に入るたびにお邪魔しますと言いたくなる。さあ、次に何をするか。


 立派な屋敷を餌に仲間を募るのは、また同じことを繰り返しそうで嫌だしなあ。


 というか、この豪邸も放置してたらまた荒れ果ててしまうわけで。んで、そのたびに回復術を使うのも余計なエネルギーの消耗に繋がる。


 そう考えると、家を預かってくれる人が欲しい。それも、裏切らないような忠実な人が好ましい。


 でも、そんな人がいきなり見つかるわけも――


「あ……」


 そうだ。があった。奴隷だ。


 奴隷っていうのは、何も酷い扱いをするための存在じゃない。


 奴隷制度っていうのは、身寄りのない者にも一般人並みに幸せを享受させるための制度でもあるんだ。


 だから国では正式に奴隷の売買が認められている。奴隷は酷い扱いを受けると、その手首につけられた主従の腕輪を通じて売った店に連絡がいくようになってて、それが行き過ぎると契約が解除されて店に戻されるって寸法だ。


 だから、ある意味守られている存在だといえるだろう。


 もちろん、主の命令に逆らうと腕輪を通じて痛みが発生し、それでもなお逆らい続けると徐々に苦痛が激しくなっていく。個人の尊厳を奪うような、理不尽な命令ではない場合に限られるけど。


 それでも、家の管理をしてほしいという僕の命令は全然理不尽じゃないから問題ない。


 というわけで、思い立ったが吉日ってことで僕は早速奴隷屋へと向かった。


「――これはこれは、よくぞいらっしゃいましたね、お客様っ」


 都の中心部にある奴隷専門店に入ると、怪しげな男が声をかけてきた。くるっと巻かれた髭と癖毛の髪に、粘っこい視線と口調。


 いやもう、この人が奴隷商の店主なのはわかるけど、これってわざと怪しくしてるんじゃないかって思える見た目だ。


「さあさあ、お客様。奥へとどうぞ。見るだけでも構いませんよ。できれば買ってほしいですがね。ニヒヒッ……」


「ゴクリッ……そ、それじゃお願いします……」


「それでは、ご案内しますよっ。ギヒヒッ……」


「……」


 この人、悪人を演じることで客に罪悪感を感じさせないようにしてるっぽいし物凄く親切な人なのかもしれない。


 そんな店主に連れられて歩いていくと、値札と名札が貼られた奴隷の居住スペースが通路の左右に現れた。


 獣人の子や幼い人間の子もいて、僕のほうを見るなり笑顔で手を振ったりウィンクしたりしてアピールしてくる。人懐っこいし健康状態もよさそうだ。


 なんかどれも欲しくなって目移りしちゃうなあ。やっぱり女の子が多いけど、可愛い男の子もいるっちゃいる。


 男の娘なんていう危ない言葉も浮かんできて、僕は首を横に振った。既にこの怪しい空気に呑まれてしまってるようだ。


 確かに好みも大事だけど、それだけじゃなくてちゃんと豪邸を管理してくれる奴隷がいいから、しっかり見極めないと。


「あの子は……?」


 そんな奴隷たちの中でも、一際目立つ子がいた。


 エルシアというエルフの子で、悩みでもあるのか笑顔がなくて手も振ろうとせず、何もかも諦めたかのような虚ろな表情でポツンと座り込んでいた。まだあんなにちっちゃいのに。


 値札がつけられてないのは、まだ売り物にするつもりはないってことなんだろうか。確か、エルフの奴隷は綺麗な上に優秀だから1000ギルスでも安いって言われてるんだ。特に子供のエルフは高いはず。


「エルシアのことをお気に召したのですか。確かにあの子はエルフの奴隷でとても綺麗な顔立ちをしておりますねっ。どうしても購入したいというのであれば相談に乗りますが……やめておいたほうが無難ですよっ?」


「え、なんでですか?」


「あの子は心根が腐っておりましてね……。過去にいじめられて人間不信に陥っているのです。あたかも奴隷制度を利用して、私たちをからかって困らせているかのようですよ。キイィッ!」


「からかってないもん」


 お、奴隷商の怒声にエルシアが反応した。


「あたいは、誰にも懐かないってだけだもん……」


「……」


 この子はなんだか不思議な魅力を持ってて、なんとかしてやりたいっていう、そういう気持ちを抱かせる子だった。話を聞いてみるか。


「一体何があったの?」


「……別に。あたいは、マイペースだから孤児院でいじめられてたくらいだよ。それでちょっと捻くれてるだけだもん。他の子より耳が長くて愛想も悪いし、懐かないから買ってもすぐ嫌になっちゃうと思うけど」


「なるほど……」


「お客様。もし購入するつもりなら特別に1000ギルスでお譲りしますが。希少価値のある幼いエルフということで、これで懐けば5000ギルスでも安いくらいです。ただ、いじめられた記憶を消すことはできませんがねぇ」


「……」


 できるっちゃできる。でも、本当にそれでいいんだろうか? いじめを受ける以前に遡るということは、人の痛みを知らなくなるってことでもある。


 それなら……僕は彼女の心に、時間を進める回復術を施した。痛みを完全に忘れない程度に。


「う……?」


 彼女の鋭い目から、棘のようなものがスッと消えていくのがわかる。


「あれれ……あたい、変になっちゃったかも……」


「奴隷商さん、この子を買いますよ」


「え……あ、はいっ。まいどありぃっ!」


「さ、行こうか、エルシア。僕はピッケルっていうんだ」


「……う、うん。ピッケル、よろしく……」


 エルシアは、はにかみながら僕の手を優しく掴んでくれた。人の痛みを知ってる子は強い。

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