X章ep.16『すべてがゼロになる』

 壬晴とフィニスは完全なる同化を果たした。その力は女神フウラの加護たる『奇跡サイン・ラストワード』により『終末フィニス』から『ゼロ』へと在るべき真の姿へ回帰する。それこそがルシアが望んだ救済の力。


「……何だ、それは?」


 その邪悪な面貌にオメガは狼狽の色を滲ませる。

 快復どころではない。壬晴は『穢れ』さえも克服した。身に纏う黒い波動は虹色の輝きへと変わり壬晴を包み込んでいる。これまで彼を蝕んでいた『終末フィニス』は明らかに真逆の、別の物へと変化していた。


「これがルシアが願っていた奇跡の力だ」


 壬晴は神斬刀を右手に提げながら、ゆっくりとオメガへと脚を進ませた。


「まったく、巫山戯ふざけたことを……!」


 オメガは刻印の力を次々と行使する。縦横無尽に断ち切る『亜空切断』の刃は壬晴に触れる前に消失、『破壊光線』『煉獄』も不可視の壁に阻まれ無効化された。

 何が起きているのか、そんな光景を前にしてオメガは怒りを滾らせ歯軋りする。それでも尚と攻撃を繰り返し『聖なる剣』の顕現、その刃は壬晴に向けた瞬間に破砕された。壬晴に対する攻撃は、その悉くを無力なものへと変えられてしまう。


「…………っ!?」


 オメガの瞠目、そして困惑。

 壬晴は腕を前方に差し出し、再度奇跡の力を発動する。

 

「能力覚醒……『ゼロ』」


 壬晴が腕を振るうと、オメガの背面に浮かぶ刻印がすべて砕け散った。六つの災厄は呆気なく無へと帰す。有り得ない、とオメガは目の前の出来事を受け入れることが出来ずにいた。

 世界を混乱に陥れた災厄の力がこうも容易く消滅するなど。刻印さえも形残らず消し去ることなど有り得るはずがない。

 オメガの額に青筋が浮かび上がる。壬晴が口にする『奇跡』とやらの所業に、沸き立つ怒りを抑えきれずにいた。

 

「貴ッ様ぁああ!!」


 激情に駆られたオメガはルインの銃口に黒い波動を纏わせ撃ち放つ。しかし、それさえも壬晴が指差す動作だけで破裂して消えた。気付けば手許のルインは何の予兆もなく解体され、オメガに残る武装はデリーターのみとなる。

 壬晴とオメガはやがてゼロ距離へと。ひとつの武装だけを片手に提げた両者は睨み合う。そして示し合わせたように両者が同時に刃を振り上げ、渾身の力が激突した。


「お前はいったい何者だと言うのだ!!」


 神斬刀がデリーターに亀裂を差し込んでいく。


「ただの人間だよ……願いを持つだけの」


 壬晴はそう応えて、デリーターを砕くと無防備となったオメガの胴体を斬り裂いた。『ゼロ』の力が込められた一撃はオメガの身を霞の如く朽ちらせていく。

 

「この我が……まさか……」


 櫻井創一との因縁、そして過去の己との決別。

 その二つを壬晴は乗り越えた。

 無念にも手を伸ばしながら消え去って行くオメガの最後を壬晴は静かに見届ける。


「お休みオメガ……お前は人間達の誤ちだった。もうお前が生まれて来ないことを願うよ……」


 戦いは幕を閉じた。

 PVPエリア制限時間の五分を迎え、いま領域が解放される。

 

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