X章ep.04『運命を斬り開く無窮の風』

 幾何学きかがく模様の円環が壬晴を護る盾の如く顕現、それはヘヴンズ・ドアの砲弾を真正面から受け止め、相殺を引き起こす。円環の護りが硝子細工のように破砕し消滅する最中、壬晴はその盾の死角を利用し、美愛羽へと攻撃を仕掛けんとしていた。

 壬晴は腰部にはいした『夫婦剣・八尺瓊勾玉やさかにのまがたま』のひとつを手に、肩口に添えていた。既に投擲の段階に入っている。


絶刃ぜつは勾玉手裏剣まがたましゅりけん––––」


 全身を軸に、捻りを加えたスローイングが歪曲した軌道を描いて美愛羽へと迫る。


「そんな攻撃は見え見えよ」


 こちらは奇襲のつもりだったが、美愛羽相手には小細工にもならないようだ。上体を僅かに逸らすだけで八尺瓊勾玉が避けられ、代わりにヘヴンズ・ドアのカウンター砲撃を見舞われる。

 壬晴は再度『封鎖領域』を展開、そうして身を護りつつ、残った方の夫婦剣を即座にサイドスローの要領で投擲。壬晴の狙いは先んじて投げた夫婦剣の軌道変化だった。

 二対の短剣は引き合う力を持つ。先に投げた方の短剣がブーメランの如く急な旋回を見せると、背後から美愛羽を襲いかかる。


「なるほど……ブーメランのように変則軌道を見せる武器、普通なら厄介なものね」


 前後からの挟襲、その狙いに勘付いた美愛羽は空中にフレームを出現させ、生命力を込めた。煌々と結晶板が輝きを放つ。あれは美愛羽が最も信頼を置く『重力舞踊グラビティダンス』のフレームだ。

 手を薙ぎ払う軽い動作。だが、それは緻密な異能操作を瞬間的に行っている。美愛羽は斥力で夫婦剣を弾き返そうとしたが、二対は威力を弱めるどころか、変わりなく突き進むのだった。


「(……これは、封印制度の能力付与……あの短剣にはフレーム能力を上乗せすることが出来たのね)」


 そう断じた時、美愛羽の対応は迅速そのものであった。

 左手を振るうと、手許に武装を追加させる。刃渡り十三寸、銀色の光沢を持つ短剣。それは剃刀のような刀身が背骨格のように連なっている。

 迫る二対にどう対処するか、美愛羽が出す答えは物理による叩き落としだった。


水銀蛇腹剣メルクリウス・ウィップソード


 美愛羽が自前の水銀に『水銀精霊メルクリウス』のフレーム能力を付与させて加工した武器である。振るうと同時に連結部位が分かれ、縦横無尽に斬りかかる斬撃となるのだ。

 鞭のような素早いしなりが、夫婦剣を側面からはたき落とす。さながら俊敏な蛇が、獲物を捕えるかのような軌道。壬晴はその絶技に瞠目する。


「どうしたの? まだまだこれからでしょう?」


 美愛羽が不敵に笑む。

 彼女を覆い護る蛇のように水銀の蛇腹剣が、その鋭い牙を光らせた。


「初見であれが通用しないなんてな」

「あら、それは随分と舐められたものね」


 フフ、と美愛羽が口許に手を当てて笑う。

 地面に叩き落とされた夫婦剣はそこから姿を消すと、壬晴の手許へと自動的に帰還を果たした。八尺瓊勾玉は投擲の最中でも所有者のもとに戻すことが可能である。極めてトリッキーな戦略に使えるのがこの武器の強みだが、初見で突破されたのは痛いダメージである。


「さて、様子見はもう終わりよ。これからあなたには私が持つフレームの力すべてを叩きつけ、完膚なきまでに蹂躙じゅうりんする。一瞬の油断も許されない戦況の最中であなたはどれまで生き残ることが出来るかしらね?」


 美愛羽の周囲を幾多ものフレームが宙を舞う。『重力舞踊』による使用フレームの自動高速切替、その仕組みは薬室を次々と切替える回転式拳銃リボルバー彷彿ほうふつとさせた。絶えず彼女の周囲を回りながら、フレームが切替わり異能を発動させる。


火焔流星弾ミーティアバレット


 ヘヴンズ・ドアの付随効果はフレーム能力を弾丸として変化させ、射出することが可能。美愛羽は銃口を真上にすると『火焔流星ミーティア』の力を秘めた弾丸を撃ち放つ。それは煮え滾るマグマの球体となり空中で停止すると、そこから火焔のつぶてを降り注がせ始めるのだった。


「……っ!」


 真上からの超範囲攻撃。視界を覆う程の流星群が壬晴を襲う。『封鎖領域』の円環を頭上、斜向かい側に展開。物理的な威力の緩衝には向いてないが、これで凌ぐしか手はない。降り注ぐ流星に壬晴の身が揺さぶられ、円環に罅が差し込まれていく。長くは保たないだろう。だが、美愛羽の追撃が迫る。


「行きなさい、水銀精霊メルクリウス


 ウィップソードから水銀の一部を融解剥離させると、宙に三粒の涙滴を飛ばす。それらは不規則な動きを見せながら壬晴の手前に迫ると、彗星の如く身を伸ばし、壬晴を串刺しにせんとするのだった。

 フレーム能力の同時使用。美愛羽の生命力は規格外だと言うのか。


「く……っ」


 壬晴は空いた手を腰部に伸ばし夫婦剣の片割れを掴む。迫る水銀の攻撃を反射神経を頼りに振るって逸らす。かつて対明日香戦にて披露してみせた『絶刃』の力が秘められた短剣には、触れたものの付随効果を打ち消す能力が備わっている。水銀は短剣との衝突で、その身を飛散させた。

 しかしながら、それで危機を脱したかと思えばそうではない。美愛羽は既に次なる攻撃の発動段階に移行している。


大地ガイア波動フォースバレット


 ヘヴンズ・ドアをライフル銃のように両手持ちに構える。発射の反動に耐えるよう『重力舞踊』による制御を己の身にかける。壬晴の『吸収転換』のフレームが『大地の波動弾』の攻撃力を割り出したが、どのような障壁を展開したところで真正面から受けてはならないと、判断を下していた。

 しかし、回避などする暇はない。先程の『水銀精霊』は『大地の波動弾』のを儲けるための注意引きでしかなかったということだ。本来の目的はこの一撃で壬晴を葬り去ること。『火焔流星弾』の対応に動けない隙を狙った容赦ない追撃が壬晴に迫ろうとしていた。


「さぁ、今度はどう凌ぐつもりかしら?」


 トリガーを引く。そして、その銃砲からレーザービームさながら太い光軸が放たれた。空気を裂き、大地を震撼させ、それは一直線に疾る。大地の力を吸収し、己のものへと還元する『大地の波動』は、ただでさえ高威力のヘヴンズ・ドアの一撃を強力無比なものへと変えていた。


「(デタラメ過ぎるだろ……!!)」


 壬晴は歯噛みしつつも『封鎖領域』の円環を手前へ位置を変え、アブソーバフレームの力を流し込んだ。『封鎖領域・改式』受けたフレーム能力を生命力へと変換させて吸収する改良型。それにより円環をより堅牢なものへと維持させ、使用者の体力回復にも応用出来る技……ではあるが、それは許容量を超えない限り有効なもので『大地の波動弾』のような圧倒的破壊力の前には僅かでしか意味を成さない。

 レーザービームの前に円環の修復が間に合わないのだ。破られるのは時間の問題。そして、未だ降り注ぐ流星群に身を曝している状況では長く保たないのは自明の理。


「封鎖領域……このままでは……」


 更なる重ねがけが必要になる。

 壬晴は円環を両手で支えていたひとつの手を腰部に伸ばして『夫婦剣』の柄に触れた。保持状態で効果発動出来る『八咫鏡やたかがみ』その反射鏡を『封鎖領域』に重ね、強度の傘増しを行った。

 流星群の夥しい絨毯爆撃に曝されながら、その攻撃を耐えていた壬晴は終ぞ、大轟音と共に巻き上がる土煙の中に身が包まれるのだった。


「ミハル……!」

「まさか、もう……?」


 戦いを見守る仲間達がその光景を見て、緊迫に息を呑む。

 誰もが終わりを悟っただろう。

 だが、彼を知る友人、そして巫雨蘭はまだ終わりを見せていないと、その眼に信頼の光を込める。


「ううん、まだだよ……あの人は、こんなのでは終わらない」

「ああ、そうだ。まだまだこれからだ」


 同じように戦いを見守る明日香の手は震えていた。


「ミハル……」


 不安で仕方がない彼女の肩に杏がそっと手を置く。

 彼女と目が合うと、にっこりと杏が微笑んだ。


「だいじょーぶ。信じてやりなよ。一之瀬くんの強さ、ちゃんと知ってるでしょ?」

「……うん、そうだね」


 その言葉に明日香は弱気な心を振り払い、頷いてみせた。


「…………」


 戦況は沈黙を維持している。美愛羽は『火焔流星弾』を宙に留まらせたまま、ヘヴンズ・ドアを構えて煙幕の方へと足を向かせる。壬晴がどうなったのか、瀕死の状態ならトドメが必要だ。そうして、ゆっくりと歩みを見せた美愛羽だったが、彼女が動き出した瞬間を狙うように、煙幕から二対の『夫婦剣』が投げ込まれた。


「……!」


 美愛羽は身の逸らしだけで回避、だが的が外れた『夫婦剣』は後方の彼女の頭上にあった『火焔流星弾』の球体を真っ二つに斬り裂いた。『絶刃』の能力が込められたソレにより『火焔流星弾』が消滅、無力化される。

 その光景を見て、美愛羽は首を竦めた。

 そうだ。これで終わってしまってはあまりにもつまらない。自分がその手で見付け、必要だと思い、仲間として選んだ人間なのだ。この程度の窮地など乗り越えて当然なのだ。


「やはり、あなたはこの程度では終わらない」


 美愛羽が楽しそうに笑う。


「…………」


 颶風が吹き荒れ、すべてを薙ぎ払う。煙幕が晴れた視界の中で、壬晴は『神斬刀・天羽』を構えていた。無窮の風の護り、それが彼を生存させた力である。


「繰り返す生命の流転るてん、運命を斬り開け無窮むきゅうの風よ––––羽風はかぜ流転無窮るてんむぐう


 神斬刀・天羽、スキル発動––––『羽風・流転無窮』。絶えることのない無窮なる風の護りが壬晴を包み込む。それはすべての不浄を振り払い、生命を護る舞い降りし天の風だ。

 壬晴は顕在。僅かながらダメージを受けていたが、それでも闘争心は消えず、より加速させていく。その眼差しには、勝利を掴み取る意志が力強くあった。


「さぁ、ここからが本領発揮だ。いくぞミアハ!」


 神斬刀・天羽を天高く掲げる。その白い刃は、天使が羽を広げるかのように風を舞い上げた。

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