X章ep.03『ミハルvsミアハ、宿命の対決』

 エスペラント拠点、西洋館サロンにて––––黄昏美愛羽は窓際に立ち、聖奈が淹れてくれた珈琲を啜っていた。彼女は来客の存在を感じ取り、振り返る。そこには壬晴と巫雨蘭がいた。美愛羽はカップをソーサーの上に置き、それから意を決したように口を開く。


「私に話があるのね」


 壬晴は頷いて応える。


「大体のことは知ってるつもりよ。これでも勘は鋭い方だから。あなた達がポイントを1000まで貯めようと頑張っていたことも、もちろんね」


 美愛羽は飲み干した珈琲のカップを傍に立つメイド姿の聖奈に預けた。聖奈は唯ならぬ雰囲気に困惑していた。

 美愛羽がゆっくりこちらに歩み寄る。そして両者の前に立つと、ひとつの真実を宣告する。


「私は既に女神との対話を終えている。このことは話していたからわかっていると思うわ。そのうえであなた達に告げる」


 美愛羽は腕を組み、それから先を続けた。


「あの子の闇は深いもの。生半可な気持ちで挑むのは絶対に赦さない。あなた達はひとつ間違えば取り返しのつかないことになる。それでも行くと言うのね?」


 その言葉に壬晴は応える。


「わかってるよ、ミアハ。それでも僕はあの子のもとに行く。ルシアを救ってやりたいんだ」

「私も伝えないといけないことがある。だから、みぃちゃんと共に」


 二人がそう言うと美愛羽は観念したように溜息を吐いた。それから彼女は壬晴の眼前に人差し指を突き立て、宣戦布告の言葉を投げかけるのだった。


「ならば、私と戦いなさい。あなたの本気を試させてもらう。私に勝てないような半端者にはあの子は救えない。これは、あなたに捧げる私からの最後の試練……乗り越える覚悟があるなら、この決闘を受け入れなさい」


 毅然と胸を張り、美愛羽は壬晴に試練を与えた。

 その言葉に過剰な反応を見せたのは、傍に控えていた聖奈だった。


「ちょ……ちょっと待ってください! どうしてお二人が……!」


 喧嘩だと思ったのか仲裁に入ろうと駆け込む聖奈の、その肩を掴んで止めたのは、いつからかこの場に同席していた夜凪蓮太郎だった。彼は神出鬼没であるが故に、誰もがその唐突な登場に驚きはしなかった。


「まぁまぁ、落ち着いてセナちゃん。これは別に喧嘩じゃないさ」

「で、でも……!」

「大丈夫だっての、おチビ。俺達は黙って見守りゃいいんだよ。邪魔してやんな」


 それでも言い澱む聖奈に対し、部屋の外で待機していた悠斗が入室すると共に宥めの言葉をかけた。二人の制止に聖奈はようやく口を噤む。それから心配そうに壬晴と美愛羽に視線を向ける。


「決闘……もちろん受けるよ。あれから僕も強くなった。もう、昔みたいにミアハに無抵抗のままやられることはないよ」

「当然。そうじゃなきゃ、この申し出なんてしないわ。あなたの実力もその成長と努力を見守ってきたのは誰よりも私なんだから。誇りに思いなさい。あなたは私が選んだ人間だもの」


 美愛羽は不遜に嘯きながら、壬晴の肩を叩く。


「ありがとう、ミアハ」


 そうして戦いは始まりを告げるのだった。

 彼女が指定した戦地は緑地公園の大広間。この広さならどれだけ被害が出ようが問題なく戦闘を継続出来る。この戦いの場に同行するのは、エスペラントのメンバー全員。そして、ヴィジランテ・フラワーガーデンの錚々たる面々である。

 ヴィジランテの活動に付き従い西洋館に不在だった明日香も、連絡を聞きつけて彼女らを同伴する形で此処にいる。


「ミハル……戦うんだ。ミアハと」


 装備類を身につける壬晴に、明日香が不安そうな表情を浮かべていた。


「ああ、これは避けることが出来ないことだよ」

「勝てる……?」

「やってみせるさ」


 強い眼差しを明日香に向け、それから前に出た。明日香は葵に両肩を掴まれて、半歩ほど後ろへと下がった。葵は「大人しく見守るんだ」と明日香の耳元で囁き、彼女と共に勝負の行方を見届ける位置に立つ。


「ワタヌキ、PVPの展開頼んだよ」

「了解でござる」


 此度の戦いは運営仕様の特殊PVPエリアを使用する。ワタヌキの運営権限を利用し、いつぞやの大規模イベントのようにHPバーを出現させ、両者はそれを削り合うこととなる。敗北を経ても死亡することがないように措置を図った決闘である。


「ミハル、ブチかましてこいよ」

「ああ」


 悠斗が拳を突き出し激励を贈る。


「ミアハをびっくりさせてやりなよ」

「け、怪我だけはしないでくださいね……」

「あっしらは此処で見守ってますので!」


 蓮太郎と聖奈、そして彼女の相棒タマモが背中を押してくれる。


「一之瀬くん、相手はめちゃ強いから油断禁物だよ」

「持久戦では勝ち目はありません。短期決戦です」

「く……っ、応援代わりにバフをかけてやりたいところですが、ダメなんですね。ミハルくん、とにかくファイトです!」


 ヴィジランテの杏、そして楓と小百合が送ってくれるアドバイスを有難く受け取る。


「まったく……みんな、ミハルくんの応援ばかりね。誰か、私の味方してくれる人はいないのかしら?」

「いやいや、あんたは最強で、向こうはチャレンジャーでしょ。あの子を応援するのは当然じゃない」


 不満そうに愚痴を溢す美愛羽だったが、そこに的確な指摘を挟む野薔薇がいた。


「じゃあ、あなたもミハルくんの味方?」

「あんたに賭けてやってもいいわよ。賭けが成立するならね」


 そんな不器用で遠回しなエールに美愛羽は愉快そうに笑う。野薔薇は美愛羽が負けるわけがないと信じているのだ。だから心配など微塵もありはしない。


「私はミハルに賭けるがな。あのクソ生意気な黄昏美愛羽を叩きのめしてくれるならいくらでも応援してやる」

「うわ、お姉様ったらやっぱり素直じゃないわ」


 葵は弟弟子である壬晴に肩入れしているようだが、それを素直に伝えることがなかった。いつものように、どっしりと構えて成り行きを見守ろうとしている。


「じゃあ、そろそろ準備はいい?」


 仁王立ちで美愛羽が待ち構える。彼女が指を鳴らすと、いつもの黒を基調とした学生服から、煌びやかな装飾が施された黒衣のドレスへとスタイルチェンジする。あれは『ヴィーナスドレス』という名のフレーム効果増幅作用のある装備。幾多のフレームを扱う美愛羽にとって相性が良いものだ。

 そして、その右手には『天国ヘヴンズ・ドア』を名を持つマスケット銃が握られている。黄昏美愛羽のフル装備。彼女の本気の証だった。


「ああ、いいとも」


 対して壬晴は、両側の腰部に『夫婦剣・八尺瓊勾玉』をはいし、背中側には愛刀『神斬刀・天羽』を装備する。そして、両腕のホルダーには『封印制度』と『アブソーバ』のフレームを装着させる。これにて壬晴の戦闘体勢は整った。


「PVPエリア展開!」


 ワタヌキの号令により、彼の腕時計型端末を介してのPVPエリアが敷かれる。大広間を戦闘領域に定め、ドーム型に幕が広がる。その内側に壬晴と美愛羽だけが存在した。戦いは外部からの観戦可能。二人の戦いを皆が見守る。

 

「さぁ、始めるわよ」


 先手の攻撃は美愛羽から。彼女はヘヴンズ・ドアの銃口を壬晴へ向け、トリガーを引く。美愛羽による膨大な生命力が紡ぐ銃弾が放たれ、一直線に対象へと迫る。

 高速、高威力の不意打ち攻撃に、壬晴は静かに息を吐いて待ち受ける。右手を差し出し、フレームへと指令……。


封印制度シールド・システム––––解放」

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