第19話

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 嫌な顔をするアオヤと黙っていた俺を素通りして、奴は砂浜に向かっていく。ひょっとして、街で聞き込みをしてシロウさんの居場所を聞いたのだろうか。



 確かに、聞けば一発で分かる容姿をしているからなぁ。



「おい、待てよ」



 俺は、クロウを呼び止めた。



 今、連中を砂浜に行かせるワケにはいかない。幾らなんでも、せっかく仲直りした幸せ気分な雰囲気を邪魔させるなんて、モモコがあまりにも可哀想過ぎるだろう。



「誰だ、お前」

「相変わらずクソ性格わりーっすねぇ。こいつ、絶対に男の友達いないっすよ」

「クロウ様に同性の友達なんていりません、ヒナたちがいるんですから」



 いや、それは流石にどうなんだろう。なんて、俺は彼女の言葉に疑問を持った。まぁ、クロウ自身が気にしてないようだし、考える必要は無さそうだ。



「今は行くな、クロウ」

「あぁ、お前か。気配がショボ過ぎて気が付かなかった」



 よくもまぁ、こんなに人をバカにするボキャブラリーが浮かんでくるモノだ。ほんのちょっぴりだが、別のレパートリーも聞いてみたいような気もする。



「お前とは、俺たちが遊んでやる。余計な真似して彼女の時間を奪うんじゃない」

「彼女……?」



 クロウは、コメカミに血管を浮かせて明らかに不機嫌になった。どうやら、シロウさんが誰かに特別なことをするのが心の底から気に食わないらしい。



 相変わらず歪だな、お前は。



「彼女って、あのピンク髪の女のことですか?」

「あぁ。少し、こっちでトラブルがあったんだよ。今はその関係を修復してる最中だから、デリケートなタイミングなんだ」

「あの女が、追放されたのか?」



 ……鋭い。



 先の件は、類似した出来事だと言って差し支えない。



「いや。あんたじゃねーんだから、シロウさんがパーティ追放なんてするワケねーでしょ。ボケてんじゃねーっよ」

「あぁ!?」

「おぉ、やっぱその辺イジられると頭きちゃうんすね〜。いやぁ、どんだけコンプレックスになってんすか〜」



 クロウは手をかざして何かのスキルを発動しようとしたが、それは不発に終わった。エリュシオンは、特別な場所を除きスキルを発動出来ない不可侵区域だ。



 住民の各々が強力な魔術を備えているため、少しのイザコザで街が破滅しかねない。憲兵長をも凌ぐ実力を持った学生すら存在するため、混乱を防ぐためそのような措置が取られている。



「あんたレベルの天才でも、女神の加護には逆らえねーっすか。上には上がいることが分かって、勉強になったんじゃねーっすか?」

「うるせぇ! お前はなんなんだよ!?」

「何度でも教えてやるっすよ。俺はアオヤ、あんたがクビになった勇者パーティのメンバーっす」

「それ以上クロウ様を侮辱するなぁッ!!」



 セシリアがブチ切れアオヤに殴りかかったが、聖女が修羅場をくぐり抜けている戦士に格闘術で敵うハズもない。彼はギリギリで空を切った拳にわざと頬を当て、クソ舐めきった笑顔を見せた。



 性格の悪さで言えば、こっちも負けてないな。



「あ、あなたねぇっ!!」

「ノロ過ぎてフザケちまっただけっすよ、恨むなら弱っちぃ自分を恨みな」



 ……クロウ。



 お前、今のには怒らないのか。



「とにかく、そっちの事情なんて知ったことではない。俺はシロウに会いに行く」

「分からない奴だな、俺は邪魔をするなって言ってんだ。今は、モモコにとってこの旅の大切なターニングポイントなんだよ」

「分からないのはお前だ。なぜ、俺がそんなことを気にしてやらなければいけないんだ。俺の復讐に邪魔なら、誰だろうが排除する」

「……やれやれ」



 こうなったら、俺もとっておきの切り札を切るしか無いか。



「お前、多分相手にされないぞ」

「なに?」

「さっきから、お前は出来事の一人称を『俺』だと言ってる。未だに、自分一人で戦って彼女たちには何もさせていないんだろ?」



 クロウは、何も言わない。



「ダンジョンに潜ったとき、一人だったらしいな。なぜだ? なぜ、最強を自覚していながら彼女たちをハイボルへ置き去りにしたんだ?」

「うるさい」

「教えてやろう。お前には、彼女たちを守り切る自信が無かった。もっと言えば、悪魔の脅威を知っているお前は彼女たちを足手まといに思いたくないから地上へ残したんだ」

「違う!!」

「違わねぇよ。俺も、お前と同じ理由で女の子を置き去りにしたから」



 その時のアカネの表情は、とても印象的だった。まるで、初めて日の出を見たような、海の中の景色を眺めたような。そんな、新鮮な感情を表した顔だった。



「お前みたいなザコに俺の気持ちが分かってたまるかァッ!!」

「屈辱的か? そうだろうな。俺みたいな凡人に共感されたら、お前の孤独がなんてことのない些事になってしまうもんな」

「ブッ殺してやる!!」



 クロウの拳は、先天的なフィジカルによって異常な加速度を帯び俺の顔面へ向かってくる。しかし、俺は最初から殴られることを予想していた。どれだけ素早い攻撃でも、起動と発生が分かっていれば避けるのは容易い。



「んな……っ」

「お前がクビになって、既に半年以上も経ってる。昔の俺だと思って手加減したんだろうが、それじゃ捉えられないさ」



 反撃に、クロウのミゾオチへボディーブローを繰り出す。しかし、華奢なクセにDEFが高い奴には俺の攻撃も大して効果が無く、なんてことの無い防御ですぐに振り払われてしまった。



「テメーみたいなザコが邪魔するんじゃねぇよ!!」

「ダメだ、あの恋はお前みたいな部外者が土足で足を踏み入れていいモノじゃない」

「恋だと!? お前! シロウには死んだ奥さんがいるじゃないかよ!!」

「だから、なんだってんだ」



 更に繰り出された拳を躱し、上体を戻して言う。



「お前と違って、モモコは自分の葛藤と矛盾に決着をつけて前に進んだ。自分の要求ばかりをシロウさんに飲み込ませようとしたり、ましてやあの人の言う事を聞かないだなんてことはなかった。最後までフェアにやり通そうとした、そんな彼女を俺は応援してやりたい。彼女は、シロウさんの理解者だった奥さんの代わりになってくれるかもしれないからな」

「意味が分からねぇよ!」

「ひたむきなんだよ。その真摯さに心を打たれない奴は、人間じゃない」



 ……違和感。



 ひょっとして、これもバルトの言う通り世界の正しさみたいなモノに寄り添って、ただモモコを応援しようとしているだけなのだろうか。恋が報われるべきだという考えに沿って、それらしいことを言っているだけなのだろうか。



「いいこと言うっすね、キータさん」

「あ、アオヤ」



 彼の言葉で、俺は現実に引き戻された。



「ちょっと、感動しちゃったっすよ。オーライ、同期として俺もあのバカを助けてやることにするっす」

「さっきから、ムカつくことをゴチャゴチャと――」

「あんた、三人も女を連れてるクセにそんなことも分かんねーっすか? もしかして、なんで着いてくるのか分からないだなんてトボけたこと言ってたりするんすかぁ?」



 ……決定的だった。



「な、なんで、お前にそんなことが分かるんだよ……?」



 クロウは、もう戦えない。表情がそれを語っている。アオヤは、奴の心に言葉の楔を打ち込んだのだ。



「一回帰って、『俺』の件も含めきっちりそいつらに答えを出した方がいいっすよ。何でも出来るあんたには分からないかもしれないっすけど、宙ぶらりんなままでいるのって案外きちーっすからね」



 もしかして、アオヤは過去に大きな失恋をしたことがあるのだろうか。それとも、クロウに効きそうな言葉を的確に選んで言ってみただけなのだろうか。



「……ちっ、ふざけやがって」



 悪態をついて、クロウは踵を返した。やはり、仲間に対する思いについて突っつかれると、考えを見失ってしまうようだ。



「セシリア」

「な、なによ」



 あり得ないことだった。



 アオヤは、わざわざ聖女を呼び止めた。何も言わずに帰ろうとした彼女に、不必要な声を届け意思を伝えたのだ。



「ちゃんと、好きな相手には言いたいこと言っといた方がいいっすよ」



 こうして、俺たちの今日は終りを迎えた。



 料理屋で見たモモコは、それはもうデレきったみっともない笑顔を披露していたが。俺たちは触れることをせず、鈍感なシロウさんから肉と酒を奪って僅かながらの罰を与えたのだった。

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