第18話

 018



「いい攻撃だな。悪魔を恨んでなきゃ、俺は欠片も残らず爆破されてただろう」



 言って、シロウさんは再び納刀しマントに自分の手を隠した。あれが、タンクではない本来のシロウさんのスタイルということか。



 居合。



 脱力から繰り出す、最強の初撃。とある極東の島国で生まれた剣技だが、あれは本来、腰に差した剣を横薙ぎに払って抜く攻撃のハズなのに。それを、まさか背中に背負った鞘から引き抜いて、巨大な剣を縦振りに発動してしまうとは。



 鳥肌が立ったよ。



 本当に、『イカれている』以外の表現が見つからない人だ。



「モモコ。お前はエリュシオンに来るまでの旅でフレアを二発、"ファイア・ストライク"を五発、"ブレイズ・ブラスト"を七撃ってる」

「え……」

「俺が探しに来る前に、エーテルの補給は済ませたのか?」



 なるほど、SP切れか。



 SPは、エーテルや一部のアイテムを使う他には、睡眠でしか回復することが出来ない。そして、魔術系のスキルしか覚えていないモモコが肉弾戦でシロウさんに勝てるワケがない。それが分かっているからこそ、モモコだって一撃目に自分が持ちうる最強のスキルを発動したのだから。



 この勝負は、ここでおしまいだ。



「お、覚えてるの?」

「当たり前だ、俺はお前たちのリーダーだぞ」

「なら、トドメをさせばいいでしょ!?」

「バカ、そんな事するワケないだろ」



 ……俺は、初めてクロウがシロウさんに歯向かった時のことを思い出していた。



「どうして、怒ってないんですか?」

「お前の気持ち、少しは理解出来るからだ」



 悪魔と人間のハーフ。そんなシロウさんだからこそ、他の誰にも理解されない気持ちを理解出来る。最強で孤独のクロウを救えなかったことを悔やむ気持ちも、きっとそこにあるのだろう。



「似たような理由で、俺はクロウを寂しがらせちまった。もう、二度とあんな失敗はしたくない」

「で、でも……」

「俺は、お前を一人ぼっちにしたくねぇんだよ」

「あぅ……」



 もう、これ以上無いってくらいに絆されたのが分かった。もしかすると、俺は本当の意味で女の子が恋に落ちる瞬間を目の当たりにしたのかもしれない。



 ……いや。



「シロウさん……っ」



 もしかすると、じゃなくて、確実だった。



 あれは、もうメロメロだ。



「さて、一足先に帰りますかぁ。甘ったるくて見てらんねーっすよ」

「そうだね、夕飯の店でも決めておこう」

「あんなガタイで、しかもド天然であぁいうこと言っちゃうんすもんね。男とか女とか関係無く、どうしても嬉しくなっちゃいますよねぇ」

「言えてる」



 実際、俺だって彼のそんな魅力に惹かれている。もしかすると、特別になりたいと思っているアオヤだって、似たようなことを考えているのかもしれない。



「ところで、キータさん」

「なに?」

「あのヒマリって子、ハイボルに置いて来ちゃってよかったんすか?」



 実は、あの後逮捕の手続き上、成り行きでヒマリをシロウさんに紹介することになったのだが。彼女は直接『行き先も目的も無いから、それが見つかるまでの間だけ同行させて欲しい』と頼んでいたのだ。



 ――あぁ、いいぞ。



 どう考えてもそんなワケが無いので、俺はシロウさんに猛反発した。だって、ヒマリはゴールドランクの冒険者だ。どう考えたって足手まといになるだけなのに。



 ――傷つけたくないなら、お前が守ってやりゃいいじゃねぇか。



 ……。



「俺は、みんなに着いていくだけで精一杯だから。ヒマリが危なくなっても、きっと助けてやれなかった」

「ふぅん。僕、ちっともそんなこと無いと思いますけどね」

「どうして?」

「なんつーか、キータさんって自己評価が低過ぎると思うんすよね。あなたが思ってるほど、あなたは弱くなんて無い。それどころか、俺たち四人で喧嘩になったとすれば、勝ち残るのは何となくキータさんのような気がするんすよ」



 またワケの分からないことを。



「強さに固執せず、勝つことに特化したキータさんのやり方は異質っす。ですから、確かに冒険者として見たときには不充分かもしれません。ただし、それが発揮されるのは、野生のモンスターじゃなくて思考力のある相手。つまり、人間や悪魔なんだと思うんすよ」



 出し抜かなければ、弱い奴は勝ち残れ無いだけだ。



「その、出し抜く為の戦術を思い付かずに死んでいった人間がこの世に何人いると思ってんすか。あんま、意固地になって自分を卑下しない方がいいっす。それって、クロウとやってることマジ変わんねーっすよ」



 ……。



「やっぱり?」

「当たり前じゃないっすか。ウジウジしねーでくださいよ、ムカつくんで」

「そ、そこまで言うなよ。俺だって、自信の無さは自覚してるコンプレックスなんだ。どうしてこんなに不安になっちゃうんだろうって、実はずっと悩んでる」

「だから、ヒマリさんに同行してもらって考えを柔らかくして貰えばよかったんすよ〜。まったく、変なところで頑固なんだから〜」



 不思議な話だが、俺はアオヤに色々と言われている間がなんだか心地よかった。シロウさんも、俺の小言をこんな気持ちで聞いていたのだろうか。自分が歳下に偉ぶった態度をとっていないか、割と気になっていたから安心したのだ。



 それでも。



「いいんだよ。絆されたら、俺は立ってられないから」

「……そっすか。まぁ、キータさんらしいっすね」



 言って、二人で笑い合っていた時だった。



「げっ、クロウじゃねーっすか」



 奴が、またしても俺たちの前に現れたのだ。

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