桜祭りwithコスプレガールズ

ツネキチ

ネットの情報を信じるな

 彼のことが好きだ。


 中学を卒業し、春休み入ってしばらく彼と会えない日々が続くとその思いが一層強くなった。


 必死に勉強したおかげで彼とは同じ高校に通えることになった。


 彼に早く会いたい。彼の声が聞きたい。彼の笑顔が見たい。


 そんな思いが溢れて入学式が待ちきれないのだ。


 しかし一つだけ悩みがある。


 それは高校に入学した後のクラス決めについて。


 進学予定の高校は生徒数が多く、一つの学年に10組近いクラスがあるそうだ。


 つまり、高校入学早々彼と離れ離れになる可能性が高いのだ。


 現状私の思いは一方通行。


 このままクラスが離れてしまっては彼と一緒にいる機会が減るどころか、彼に私の存在を忘れられてしまうかもしれない。


 絶対に彼と一緒クラスになる必要がある。


 そのための秘策を、今日実行する。



「というわけでやってまいりました。恋愛成就はお手のもの。恋愛運爆上げのために女子が一度は訪れたいパワースポットとして有名な縁結びの神社です」

「結局最後は神頼みかい」


 親友のトモちゃんが疲れた顔をしてツッコんできた。


「ここってあれだよね? お正月にお参りしにきた神社だよね?」

「そうそう。今日は桜祭りやってるらしくてね、神様にお願いするついでに遊んじゃおうよ」


 今年は開花が早く、3月の下旬にもかかわらず満開の桜が境内を埋め尽くしている。


「いやー、綺麗だね。春満開って感じ」

「いやうん。綺麗は綺麗なんだけど、これくらいならどこにでもあるというか……わざわざ電車で2時間かけてこなくてもいいというか」


 なんて情緒のないことを言うんだろう。


「あとさ、もうこれずっとツッコミたかったんだけど」

「何?」

「……なんで私たち、高校の制服着てるの?」


 私たちの今日の装いは入学予定の高校の制服だ。トモちゃんにも無理を言って着てもらった。


「なんでって……可愛いでしょ?」


 うちの高校の制服は可愛いと評判で、地元の学生にとって憧れの的なのだ。


「せっかくのお祭りなんだよ? どうせならオシャレしたいじゃん。トモちゃんだって制服早く着たいって言ってたでしょ?」

「言ったけど想定していたシチュエーションと違う! ニュアンス的には早く高校生になりたいって意味だったよ!?」

「いいじゃん、いいじゃん。入学まであと3日なんだから」

「あと3日経つまで私たちは高校生じゃないの! これはコスプレになっちゃうの!!」


 トモちゃんが恥ずかしそうに両手で顔を覆う。


 何を今更。その格好で電車に乗ったではないか。


「まあまあ、どうせなら早めの高校生ライフを楽しんじゃおうよ」

「今のところ羞恥心でそんな気分になれないんだけど」

「出店もあるみたいだし食べ歩きしよ」

「……出店ってあれ?」


 神社の敷地内にはいくつかの出店が並んでいる。


 たこ焼き


 綿菓子


 りんご飴


 ヨーヨー釣り


 射的


 …………以上。


「しょぼくない?」

「しょ、しょぼくないよ!」

「いやだって、こんなの地元のお祭りレベルのしょぼさだよ? 多分値段の割にそんなに美味しくないよ?」

「そんなこと言わないでよ!」


 私だって薄々気づいていた。


 桜祭りなんて大々的に宣伝してる割に規模が小さいんじゃないかって。


 訪れている参拝客もちらほらいるだけであまり賑わっていない。


「お、おかしいよ。ホームページじゃあんなに人がいて楽しそうだったのに!」

「ネットの情報なんて信じちゃダメだよ。ああいうのは都合がいいところばっかり切り抜かれているんだから」


 トモちゃんが何やら達観したことを言ってくる。


「い、いいもん! 今日のメインはお参りだもん!」


 お正月にも恋愛成就と高校の合格祈願をした。


 そのおかげで思い人と同じ高校に入学できるようになったのだ。


 効果はあるはず、ここでお願いすればきっと彼と同じクラスになれる!


「お参りって言ってもさ。あんたと違って私にお願いなんてないよ?」

「何言ってるの? お参りはお願いのためだけにするものじゃないよ」

「え、そうなの?」


 やれやれトモちゃん。勉強はできるのにこういったことには疎いんだから。


「お参りの本当の目的は、日々見守ってくれている神様に感謝することなんだよ」

「へー、そうなの」

「そうそう。私たちの場合はお正月にも来たでしょ? その時に祈ったお願いが叶いました。高校に入学するという目標を達成したました。ありがとうございます。って報告するべきかな」

「あんたがお正月にしたお願いは恋愛祈願がメインだったから目標達成してないよ」

「うっさい」


 これから達成する予定なのだ。


「でもなー、お参りかー。お賽銭がなー、最近課金しちゃったしなー」

「別にお賽銭は金額じゃないよ。大事なのは気持ち」

「そんなこと言って、前来た時五千円入れてたじゃん」


 あれも気持ちです。


「それで今回はいくら使うの? お年玉まだ残ってる?」

「……残ってたのは全部お母さんに貯金させられたよ」

「そりゃ残念。ま、あんたが言ってたようにこういうのは気持ちだから」

「まあね、こういうのは気持ち。大事なのは何がなんでもお願いを叶えてくださいっていう強い気持ち」

「ん? なんか違う気が……?」


 お年玉はもうないけど大丈夫。


 だって私にはーー



「だって私には、おじいちゃんとおばあちゃんが入学祝いにくれた二万円があるから!」

「お前ふざけんなよ!!」



 お財布の中から万札を2枚取り出す。


 あまり馴染みのない大きな金額に手が震える。


「おじいちゃんおばあちゃんが私を思う気持ちを込めてくれた二万円。これを神様に納めて絶対彼と一緒クラスになる!」

「それ絶対蔑ろにしちゃいけない気持でしょ! おじいちゃんおばあちゃんに謝れ!」

「蔑ろなんかにしてないよ! だってこれは最終的には二人のためになるんだから。絶対おじいちゃんとおばあちゃんにひ孫を見せてあげるんだ!」

「何年先の話なんだそれ!!」


 私的には5年先くらいが希望です。


 結局トモちゃんに止められて、二万円のお賽銭は無しになった。



「うう、結局二千円しかお賽銭できなかった」

「二千円でもウチらからしたら大金でしょーが」

「これじゃあ効力が、恋愛運のご利益が10分の1に……」

「お賽銭は金額じゃないって言ったのはあんたでしょーが」


 こんなのでクラス替えは大丈夫なのかという不安と、二万円を失わずに済んだという安心感がごっちゃになって複雑な心境だ。


「もう帰ろう。おみくじも引いたしね」

「……あのおみくじ。お正月の時と一緒でまた大凶だった」

「すごいよね。アドバイスが『いい加減にしましょう』だったもんね。ここのおみくじ絶対神様があんたのこと見てるよ」


 これはやっぱり私の恋愛運が低いせいだろうか?


「ほら、ちゃっちゃと帰ろう。出店の食べ物とかどうでもいいから今すぐ帰ろう」

「……なんでそんなに帰りたいの?」

「コスプレの恥ずかしさが限界を超えそうなんだよ!」


 高校の制服着ることをコスプレって言うのは正直どうかと思う。


「早く帰ろうよ! こんなの人に見られたらと思うと耐えられない!」

「大袈裟だよ。地元からこんなに離れた場所で知り合いに会うわけでもないし」


 なんだか必死なトモちゃんを見ると少し笑えてきた。

 

 だけど…………私の恋愛運はどうやらおかしな方向に働いているようだ。



「あれ……二人とも久しぶり」



 聞き覚えのある男の子の声。今私が一番聞きたいと思っていた声。


 彼だった。


「卒業式以来だね」

「っひ! な、なんでここに!?」


 不意打ちのあまり喉の奥から変な音が漏れた。


「実は近くに親戚が住んでて、お祭りがあるからって遊びにきたんだ。二人こそなんでこんな辺鄙なところまで? というか……なんで制服なの?」

「っっ!!??」


 当然の疑問。


 今までなんともなかったのに、彼に指摘されると一気に恥ずかしさが込み上げてきた。


「あ、ごめん親戚が呼んでるからもう行くね。じゃあまた高校で」

 

 私がどう言い訳しようか考えていると、もう彼は帰るようだ。


 そして去り際にとんでもない爆弾を落としてきた。


「えっと……その制服似合ってるね」


 そんなことを言われたものだから、彼が去った後もしばらく放心状態になってしまった。


「……だから言ったじゃん。恥ずかしいって」


 何も言えないでいる私にトモちゃんが声をかけてくる。


 だけどそれどころじゃない。


 彼との予想外の再会に、私のキャパはとっくにオーバーしていた。


 

「か、彼に制服似合うって言われた嬉しさと、コスプレを見られた恥ずかしさがごっちゃになって、もう何も考えられない」

「……あんたにも人並みの羞恥心があって安心したよ」

 

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