第2話 人を殺めるということ
「立てるか?」
「う、うん」
比奈乃はリオの手を取って立ち上がる。
リオの手は、容姿に反してちゃんと男の手をしており、比奈乃は不覚にもドキドキしてしまった。
比奈乃の周りには同世代の子がいなかったので、それは初めての経験だった。
先程の戦闘では、あまり分からなかったので、リオは比奈乃のことをまじまじと見つめる。
髪は綺麗な茶色のミディアムボブで、ふわりと優しく揺れている。髪には向日葵がモチーフであろう黄色のリボンを付けており、ぴょこんとチャームポイントのアホ毛がはねていた。
大きな瞳は愛くるしく輝き、まばたきをするたび、長くしっとりとしたまつ毛が揺れ動いていた。
服装はパステルカラーのワンピースにスカートと、とてもダンジョンに来るような格好ではなかった。
この少女の特徴として特筆すべきは――そこまで考えて流石に失礼だと思い、リオは目を逸らした。
「今何かすごく失礼なこと考えなかった?」
比奈乃はジト目でリオを見る。
「いや、なにも」
リオは比奈乃の目を見ずに答えた。比奈乃も言いたいことはあったが、あえて何も言わなかった。
「んで、こいつらどうする?」
リオは床に転がっている男たちを見ようともせず、親指で指しながら言った。
「どうするって……?」
「こいつらはアンタのことを襲おうとしてたんだろ? こいつらを野放しにしてたら、きっと他のところでも悪さをする……それなら――」
リオは背中にかけていた黒色の筒状のポーチから刀を取り出し、鞘から引き抜く。
「ここで殺しといたほうが世の中のためになる。死んだら――もう悪さは出来ない」
そう言って、リオは刀を右手に持ったまま男たちの方へ歩いていく。比奈乃は慌ててリオの服の袖を掴む。
リオはキョトンとした顔をしていたが、やがてバツの悪そうな顔をして話しだした。
「悪い、デリカシーがなかった……アンタは目を閉じて耳も塞いでて」
「いや、そういう問題じゃないから!」
リオは訳が分からないと言ったような顔で比奈乃を見つめる。リオがあまりに純粋そうな瞳で見つめるものだから、比奈乃は頭が痛くなってきた。
「だから、私が言いたいのはいくらなんでも殺すのはやりすぎだってこと!」
「こいつらに殺されかけたのに? こいつらは死んでいいクズだ。女子供を襲うようなクズは死んでも誰も悲しまないし、いないほうが社会のためになる」
「だからって、あなたがこんな人ごときに手を汚すことはないよ!」
「手ならもうとっくに汚れてるさ」
リオは自分の両手を見た後、自嘲的な笑みを浮かべ比奈乃に言った。その様子が、比奈乃にはどこか悲しげに見えた。
「でも、心配してくれてありがとう。アンタは優しい人だな」
リオは比奈乃に微笑む。しかし、すぐに機械のような冷酷な顔に戻り、リオは男達の方を向き再び歩き出そうとする。
「ダメッ!」
比奈乃はリオの前に立ちふさがり、両手を広げてリオの行く手を阻む。
「あなたみたいな悲しそうな顔をする人は、そんなことしちゃダメだよ!」
リオはハッとしたような顔をした後、一瞬考え込むような素振りを見せた。そしてすぐに比奈乃に向き直ってこう言った。
「………………分かった。でも、これだけはさせてもらう」
そう言うと、リオは凄まじいスピードで比奈乃の横をすり抜け、男たちの方へ走っていく。比奈乃が悲鳴を発する前に、男たちが持っていたハンマーと斧の柄をものの数秒で切断し、それらを使用不能にした。
「こいつらが起きたときが面倒だからな。まぁ、起きることはないだろうけど」
「でも、魔獣とか魔物とか来たら……」
「このフロアには魔獣や魔物はあまりいない。アンタもここに来てから遭遇してないだろう? もし仮にこいつらが出くわしたら、その時は運がなかったってことだ。こいつらはオレの仕事が終わり次第ギルドに引き渡す」
心配そうにする比奈乃へそう言って、リオは持っていた刀を手慣れた動作で鞘に納め、ポーチの中に収納して背中に背負った。そして、呆気にとられている比奈乃に声を掛ける。
「ほら、何ぼーっとしてるの。アンタを出口の近くまで連れて行く。オレだって忙しいんだ、さっさと行くよ」
そう言って、リオは歩き出した。
「…………アンタじゃない」
比奈乃がつぶやいたのを聞いたリオは立ち止まり、比奈乃の方を振り向く。そして、比奈乃は大きく息を吸ってダンジョン中に響き渡る声で叫んだ。
「私はアンタって名前じゃない! 私は比奈乃!如月比奈乃って名前があるの!」
比奈乃の行動にリオは驚いたのか、少しの間動作を止め固まっていたが、フッと小さく微笑んだ。
「分かった。さっさと行くぞ如月」
そう言って、リオは再び前を向いて歩き出す。それを慌てて比奈乃は追いかけた。
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