第12話 『そのほうが俺も嬉しい』
運動会は明後日。
みんなどこか浮足立っていて、俺も勝負の日を前に興奮状態が続いていた。
今年こそは、今年こそはと挑み続けて、そして負け続けた。
もちろん、今年こそはと思っていることは変わらない。
これまで以上に努力も積んだ。できるだけのことをしてきた。
もちろん、白鳥だって同じくらいのことをしているに違いないけれど、それでも今年こそ勝ってみせると意気込んでいた。
だから。
大切なことを見落としていた。
「志波くん、ちょっといいかな」
授業と授業の間にある休憩時間、佐藤が俺に話しかけてきた。珍しいこともあるもんだな、と思いながら柴田の姿を確認する。
いつもの取り巻き二人と盛り上がっていた。そりゃ、いつも佐藤をイジメてるわけじゃないか。
「ああ」
ここじゃなんだから、と佐藤は俺を廊下へと連れて行く。
えらく周りを警戒している様子だったのが気になったけど、あれだけイジメられているのだからそうなっても無理はないかと無理やりに納得しておいた。
「どうした?」
「あの、えっと」
意を決したように呼び出したかと思えば、切り出すのに時間を要していた。なんだよさっさと言えよそれ会社でやったら上司にブチギレられるぞ。
「柊木さんのことなんだけど」
「結花がどうかしたのか?」
「……柊木さんっていつも髪留めしてたでしょ?」
「ああ」
先日、汚れたから洗うまでは外しておくと言ってから、今日もまだつけているところを見ていない。
「……えっと」
「なんだよ。言いたいことがあるならさっさと言えよ。時間なくなるぞ」
合間の休憩時間は十分だけだ。
呼び出された時点で三分くらいは経っていたからもう残り五分くらいしかないだろう。
こんな感じでおろおろ話し始めるのに時間かけてたら終わらない。
「ごめん。えっと、あの髪留めね、柴田くんが盗ったんだ」
「は?」
「この前、柴田くんと柊木さんが喧嘩した日あったでしょ。柊木さんが保健室に行った……」
「あったな」
「あの日、柊木さんの机の上にその髪留めがあって、柴田くんがそれを盗ったんだよ」
汚れてるから外してるというのは嘘か。最近帰りが遅かったのも、家の中をうろちょろしてたのも、それを探してたから。
なんで嘘をつくんだろう。話してくれれば一緒に探したのに。いや、だからか。人のことはお構い無しに助けるのに自分は迷惑かけまいと頼らないからな。
「それは結花は知ってるのか?」
「……う、うん。柴田くんが直接言ったんだ」
「それなら言い合いになってもおかしくないのに。しつこく迫れば、さすがに柴田も返してくれるだろ」
「……それが、柴田くん、盗った日の放課後に近くの河原にそれを投げ捨てたんだ」
「なに?」
思わず眉間にシワが寄ってしまい、その迫力のせいか佐藤がびくりと怯えてしまった。
俺はすうはあと深呼吸をして一度落ち着く。
「……それも、結花は知ってるのか?」
俺の問いに、佐藤はこくりと頷いた。
*
柴田を問い詰めてやろうかと思ったけれど、今それをしたところで何も事態は変わらない。
あいつが持っているのならば何をしてでも取り返せばいいけど、結花の髪留めは既にあいつの手元にはない。
呑気に取り巻きと話しながら、時折結花の方を見ておかしそうに笑っている柴田を見ると、心底苛立った。
けど、ここはぐっと堪えて俺は放課後が来るのを待った。
放課後になると、結花はさっさと帰り支度を済ませて教室を出ていく。これまでは特に気にしていなかった動きだけど、事情を知れば納得だった。
俺もそのあとを追う。
河原につくと、ランドセルを置いて生い茂った草むらの中をひたすらに捜索する結花の姿が見えた。
「……結花」
結花はこのことを俺に話さなかった。だから、あいつとしては知られたくなかったということだろうし、それは迷惑をかけたくないという気持ちからくる答えだったんだと思う。
「……は、颯斗?」
俺が名前を呼ぶと、結花はこちらを向いて驚いた声を漏らした。
事情を知ってしまえば、もう放っておくことはできない。これを結花が望んでいないのだとしても、だ。
「どうしたの? なにか用?」
俺がただ結花を探しに来ただけと思っているのか、結花はすっとぼけた顔をする。
「佐藤から全部聞いた。だから、もう誤魔化さなくていいよ」
俺は結花のランドセルの横に自分のも置いて、彼女のところへ歩いていく。
「全部って、えっと」
俺の言葉に結花は動揺する。
話す言葉が出てこないのか、視線を彷徨わせながら「えっと」だの「あのね」だのを繰り返す。
そして、やがて。
「あはは、知られちゃったか。ならしかたないね。あたしも結構探したんだけど見つからなくてさ。そろそろ諦めようと思ってたんだ」
それが結花の導き出した最適解だった。
それが間違っているとは思わない。
人それぞれ、考えることは違うし導き出す答えも違うだろうから。
それが結花の最適解だというのならば、それはきっとそうなんだろう。
でもそれは、結花の最適解であって俺の最適解ではない。
「結花……」
「颯斗も一緒に帰ろうよ。ね?」
「……結花」
「今日のおやつはなんだろね。あたし、沙苗さんの作るホットケーキ好きなんだよね! 頼んだら作ってくれるかな」
「結花!」
俺はガシッと結花の肩を掴む。
その肩は震えていて、まるで何かを飲み込むように彼女はごくりと喉を鳴らした。
「一緒に探そう」
「……でもぉ」
「迷惑だなんて思ってないし、思わないよ。話してくれないことの方がずっと辛いんだ。お前のこんな顔見て、放っておくほうが精神的に良くない」
まるでダムが決壊したように、結花の瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
それでも泣き崩れることだけは避けようとしているのか、小さな嗚咽をこらえるように出し続ける。
「……頼っても、いいのかな」
途切れ途切れになりながらも、結花は小さな声でそう漏らす。
ここで抱きしめたほうが展開的には熱いのかもしれなくて、そのルートは頭の中をよぎったんだけど、俺はぐっと堪えてこのままをキープする。
「当たり前だろ。むしろ、もっと頼ってくれ。そのほうが俺も嬉しい」
「……うん。ありがと」
そう言って、結花は俺に抱きついてきた。多分、泣き顔を見られたくなかったんだと思う。
抱きついているうちは顔は見えないからな。
声を上げて泣く結花が落ち着くまで、俺は彼女の頭に手を置いて、なだめるように撫で続けた。
「……ほんと、人に頼るのが苦手な親子だよ」
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