第7話 住民登録

 その大木たいぼくみき背中せなかをかけながら、僕は空を見つめる。

 数分間、それしかする事がなかった。


ひまだ……」


 視界しかいが、せまくなっていく。

 僕は今、ねむいのか?

 目を閉じてみる。


 ――あ、目を閉じ続けたら眠るやつだ、これは……。


「まあ、やることも無いし……てしまうか?」


 そうひとりごちて、僕はさっきの少女みたく、体育たいいくずわりになった。

 そして、ひざ顔面がんめんをうずめる。


 おやすみなさい、と心の中で言葉をはなち、僕は意識いしきを夢の世界に乗せていく。

 睡眠すいみんオタクの僕が、二度寝にどねは良くないぞと警鐘けいしょうらすこともあるが、普通ふつう寝入ねいっていた。


 やはり人間。睡魔すいまには、てないのである……。


 ――……。


 トントンとかたたたかれ、僕は目をました。


「……ん?」


 目の前に、前屈まえかがみで僕を見つめたサラさんの姿すがたがあった。

 肩先かたさきまでびた薄桃色うすももいろがみ綺麗きれいである。

 そんな彼女は、やさしいみを見せながら僕に言った。


「おはようございます」

「おはようございます……」

「夢の世界は、楽しかったですか?」

「あまり、覚えていないですね」

「ならきっと、楽しい夢だったのでしょう」

「そうなんでしょうか?」

「忘れられない夢というのは、大抵たいてい悪夢あくむですから。忘れている夢は、そのぎゃくのはずです」

「……そうかもしれませんね」


 僕は、立ち上がった。


 睡眠前には、ぞろぞろと暇つぶしをしている広場ひろばの人間たちがいたが、今となってはパッといなくなっている。

 広場を歩く人はみな、ギルドの中へ入って行った。


「僕が寝ている間に、開店かいてん時間じかんむかえていましたか?」

「ええ。もう開店してから2時間30分が経過けいかしていますよ」

「そんなに……」


 われながら、二度寝なのに長時間ちょうじかん寝たものであった。

 昨夜さくやから今朝けさにかけて、およそ7時間寝ている。

 そして、広場では約3時間眠ったわけか。


 トータル10時間睡眠……。


 寝る子は育つというが、寝すぎて逆に反動はんどうのダメージがくわわりそうな睡眠時間なのだった。


 サラさんが、口を開ける。


「開店時間になっても、ナオキさんが中々なかなかギルドの中に姿をあらわさないものですから、何かあったのでは? と思い、外へさがしに行こうと考えたのですが、仕事しごといそがしくて簡単かんたんには職場しょくばからはなれられなくて……。手があいたすきをうかがって、広場に出たら、気持きもちよさそうに寝ているナオキさんを発見はっけんした感じなんです」

「それは……すみませんでした」

「いえいえ、いいですよ」


 では――とサラさんが言った。


住民じゅうみん登録とうろく、しましょうか」

「はい」

個人こじん情報じょうほう必要ひつようがあるのですが、うそだけは書いたらいけませんからね」

「……書かないようにします」

「ちなみに――」


 と彼女は、右手みぎて人差ひとさゆびを立てる。


過去かこに、嘘の情報をしるしてばつを受けた異世界人いせかいじんもいますからね」

「そうなんですか?」

「ええ。なんと、自分の名前のらんに、精子せいしをかけたおとこと書いておりまして」

「それは……罰を受けて当然とうぜんのやつですね」

わけが、精子せいし生死せいし間違まちがえたと」

「おそらく、わざと書き間違えたものだと思いますが」

刑罰けいばつとして、坊主ぼうずにさせられていましたよ」

公然こうぜんわいせつざいのわりには、つみかるいですね……」


 不適切ふてきせつ表現ひょうげんかんしていえば、地球ちきゅうよりは罪が軽い世界なのだった。


 僕とサラさんは、ギルドないへ入る。

 入口いりぐち正面しょうめんには、横線状よこせんじょうに広がる受付うけつけと、その周囲しゅうい冒険者ぼうけんしゃと思われる人たちがれつを作って、ならんでいた。

 まるで、繁盛はんじょうしている病院びょういんみたいな光景こうけいだなと思った。もしくは、役所やくしょ


住民登録受付じゅうみんとうろくうけつけは、こちらになります」


 サラさんが、僕をそこへ案内あんないした。


長蛇ちょうだれつを作っているあそこは、何の受付になるんですか?」

「モンスター討伐とうばつクエストの受付になりますね」

「へえ……」


 まあ、異世界ラノベのテンプレどおりでいくならば、ギルドのメイン商売しょうばいはクエストの管理かんりになるだろうからな。

 逆に、ギルドで住民登録ができるなんてことは、聞かない展開てんかいではある。

 住民登録受付は、クエストの受付と違って、一人たりともならんでいなかった。

 僕からしてみれば、さいわいな話ではあるが……。


「では、こちらの用紙ようし必要ひつような情報を記していってください」

「はい」


 僕は、彼女からわたされた用紙を確認かくにんした。

 そして、少しおどろく。


 何せ、僕はギルドにつけられた看板かんばん文字もじが読めないように、この世界の独特どくとくかたちをしたあの文字が解読かいどくできないのだ。

 でもサラさんから受け取ったかみに書かれていた文字は、まぎれもなく日本語にほんごだった。

 僕は、サラさんに聞く。


「この用紙に書かれている文字なのですが」

「はい」

「僕の故郷こきょうで使われている文字と、まったく同じです」

「ああ、それはですね……」


 彼女は続けて、言葉を放つ。


「とある異世界人の方に書いてもらった文字を、真似まねうつしたものになるんです」

「なるほど……」


 いろいろと気になることもあるが、とりあえず用紙の空白欄くうはくらんめていく。

 多忙たぼうなサラさんの時間を、易々やすやすうばうわけにもいかないしな。


 数分すうふんかけて、空白欄をすべて記入きにゅうした。


「できました」

「ありがとうございます」


 住民登録用紙じゅうみんとうろくようしをサラさんに手渡てわたす。


「次ですが……」

「はい」

「ステータス測定そくていをしましょうか」

「ステータス測定ですか?」


 昨日きのう、測定したばかりではあるが……。


「住民登録のさいには、登録するその現時点げんじてんでの、最新さいしんのステータス情報を記入する必要があるんです」

「ああ、そういうことですね」


 サラさんは、受付にかれている石板せきばんす。


「昨日と同じように、石板に手のひらを乗せてください」

「分かりました」


 僕は、石板の上に手のひらをくっつける。

 石板が、薄緑うすみどりひかった。


 どうせ二回もステータスを測定したところで、昨日と何も変わらないだろうがな――なんて考えながら、測定結果そくていけっかつ。


 石板から、薄い光でうつし出された、四角しかくわく情報画じょうほうがかびがる。

 そこには、こう表示されていた。


 レベル:1

 H P:1,800,100

 攻撃力:1,800,010

 魔 法:1,800,005

 防御力:1,800,008

 耐 性:1,800,001

 俊敏性:1,800,005

 スキル:睡眠すいみん強化きょうか……1ぷんるごとにぜんステータスが3000上昇じょうしょう。なお、ステータス上昇効果じょうしょうこうか一生永続いっしょうえいぞくされるものとする。


「…………」


 僕は、サラさんと顔を合わせる。

 サラさんのてんになっていた。

 なんだこれ? とでも言いたげな雰囲気ふんいき

 僕だって、わけからない。

 だから、言った。


「この石板、こわれているのではないでしょうか?」

「しかし、昨日新調しんちょうしたばかりの新品しんぴんなのですが……」

「ならば、ハズレのしなでもにぎられたのでは? じゃないと、こんな数字すうじ出ないですよ」

「ま、まあ。そうですよね」


 わりの物を持ってきます――と言い、サラさんは消えていく。


 僕はあらためて、目の前に表示された数字を確認した。


 昨日のステータスと比較ひかくして、すべての項目こうもく数値すうちが180まんえている。

 ありえない数値だった。

 計算けいさんツールのプログラムでいうところの、バグっているとしか思えない数字。


「お待たせいたしました。べつの石板、持ってきました」


 そう言いながら、サラさんがあらたな石板をだいの上に乗せる。


「では、僕の手をつけますね」

「お願いします」


 石板に手のひらを接触せっしょくさせた。空中くうちゅうに、ステータス情報が表示される。


 レベル:1

 H P:1,800,100

 攻撃力:1,800,010

 魔 法:1,800,005

 防御力:1,800,008

 耐 性:1,800,001

 俊敏性:1,800,005

 スキル:睡眠すいみん強化きょうか……1ぷんるごとにぜんステータスが3000上昇じょうしょう。なお、ステータス上昇効果じょうしょうこうか一生永続いっしょうえいぞくされるものとする。


 叩き出される数字は、さっきと何も変わらない。


「……サラさん」

「は、はい」

「こちらの石版も、こわれているのではないでしょうか?」

「い、いや。そんなはずは……」


 あきらかに混乱こんらんしている様子ようすのサラさん。

 それは、僕も一緒いっしょだ。


「では、私がためしにこのいしを使って、ステータスを測定するというのはどうでしょうか?」

「そうですね……お願いします」

「はい」


 サラさんが、今さっき僕が使った石板の上に、手のひらを乗せる。

 そして、ステータス画面がかびがる。


 レベル:23

 H P:600

 攻撃力:58

 魔 法:101

 防御力:72

 耐 性:10

 俊敏性:35

 スキル:ピンチ回復かいふく……HPが30パーセントを下回したまわったとき、1だけHPを60パーセントぶん回復かいふくさせる。


 さっきと比べると、インパクトがりていないあたいなのだった。


「……あの、ナオキさん」

「何ですか?」

「この石板は、壊れていないようです」

「……何かの間違いではなくて、ですか?」

「何の間違いもなくて、です。理由は、今出力しゅつりょくされている私のステータス情報が、完全にただしいものだからです」

「……もう一度だけ、僕のステータスを測定させてもらっても、よろしいですか?」

「はい、どうぞ」


 そして僕は、本日ほんじつ三度目のステータス測定を行う。結果は……、


 レベル:1

 H P:1,800,100

 攻撃力:1,800,010

 魔 法:1,800,005

 防御力:1,800,008

 耐 性:1,800,001

 俊敏性:1,800,005

 スキル:睡眠すいみん強化きょうか……1ぷんるごとにぜんステータスが3000上昇じょうしょう。なお、ステータス上昇効果じょうしょうこうか一生永続いっしょうえいぞくされるものとする。


 何も変わらなかった。

 なんだこれ? となる暴力的ぼうりょくてきな数字。


「……僕は、わるゆめか何かを見ているのでしょうか?」

「いえいえ、これが夢ならば良い夢だと思うのですが。しかし……」

「しかし?」

「このスキルは、まるで悪魔あくまのようなものだなと」


 スキル……?

 僕は、そのスキルの概要がいように目を向けた。

 昨日は、『スキル:睡眠すいみん強化きょうか……詳細しょうさい不明ふめい』と書かれていたが……。


 スキル:睡眠すいみん強化きょうか……1ぷんるごとにぜんステータスが3000上昇じょうしょう。なお、ステータス上昇効果じょうしょうこうか一生永続いっしょうえいぞくされるものとする。


 ああ、なるほど。

 なるほど……だな。


 確かに、このスキルはあたまがおかしい。

 そして、書いている情報が正しいのであれば、こんなおかしなステータスが出るのも納得なっとくができる話だった。


 1分寝るごとに全ステータスが3000上昇。

 僕は、この異世界に転移てんいしてから、合計ごうけい10時間寝た。

 つまり、10時間=600分×3000=1800000――となる。

 10時間睡眠したことにより、僕の全ステータスは、180万上昇したのだ。


「…………」


 僕は、思った。


 こんなチートなスキルが存在そんざいして、ゆるされるものなのだろうか?


 サラさんは、言った。


「これは、ソロで世界を破壊はかいできるレベルのスキルですね」

「自分、危険人物きけんじんぶつなのでは?」


 そうして僕は、一夜いちやにして最強さいきょうへとがった。


 ……大丈夫だいじょうぶだ。

 僕だって、現状げんじょう理解りかいが追いついていないから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る