第2話 異世界の仕事事情

 薄桃色うすももいろがみの女性に、あなたは異世界いせかいじんですか? と言われた僕は、上半身じょうはんしんを起こし、思考しこうを回した。


 異世界人……?


 もしも、彼女が口に出している情報が正しいのであれば、僕は地球ちきゅうとはことなる世界へ転移てんいして来たということになる。

 しかし、常識じょうしきがそれを否定ひていした。


 そんな、ラノベみたいな展開が、起こってたまるかと。


 だが、仮にこれが夢の世界とはちがうのであれば……。

 ここは、本当に異世界で、僕は異世界転移をたした、ということになるのだろうか?


「あの……」


 彼女が、口を開ける。


「もしも、あなたがこの土地とちに見覚えがないというのであれば、ここは元の世界とは異なる世界……。あなたはおそらく、異世界人ということになると思うんです。変わった紋章もんしょう刺繍ししゅうされた服、わずかなりにも混乱こんらんされている様子、そして顔の造形ぞうけい。異世界人の特徴とくちょう一致いっちしていることは、少なくとも事実じじつです」

「……僕もよく分からないです。果たして、どうなんでしょうか? ただ、これが夢やまぼろしではなく、現実なのであれば、僕は異世界に来てしまったんだろうなと思います」


 彼女は、微笑ほほえみを見せた。


「帰る場所……その、行くあては、あるんですか?」

「知らない世界なので、知り合いは一人もいませんね」

「そうですか」


 では――と薄桃色髪の女性は言った。


「今日はぜひ、私の家におまりください」

「…………」


 見知らぬ人の家に泊まる。元の世界では推奨すいしょうされていないことだが、実際に、今の僕にはたよれる知り合いがいないことも現実である。


路上ろじょうで寝るのは、危険きけんですかね?」

「運が悪ければ、売られますよ」

「売られる……?」

「悪い人に、さらわれてしまいます。あなたみたいな顔の造形をした人は、この世界にはまず、異世界人以外に存在そんざいしません。ですので、とてもめずらしい個体こたいということになるんです。おそらく、部位ぶいごとに高値たかね売買ばいばいされることが予想されます」

生々なまなましい話ですね……」

「一番高く売られるのは……おそらくたまではないでしょうか?」

「……玉?」

「ええ、金玉き〇たまです」


 急に、しもネタをぶっこんでくるな……この人。


「この世界には、玉を1万個集めると願いがかなうというつたえもあるものでして。ロマンチストな女の子にも人気にんきなんですよ。金玉き〇たま


 なんか、〇龍みたいな言い伝えだな。


「――まあ、そういう冗談じょうだんはさておきですが」


 だよな……。

 なんか、安心した。


「ただ、路上で寝る行為こういは、私はおすすめしませんね。運が悪いと、かく部位ぶいのマニアに売られるのは、事実ですので」

「まあ、僕も売られたくはないですね……」


 彼女に言った。


迷惑めいわくかけますけど、まらせてください」

かまいませんよ」


 僕は、その場から立ち上がった。

 ずぶれになった制服が原因げんいんなのか、身体からだがいつもよりおもたい気がする。

 早く、室内しつないに入りたいなと思った。

 そういう意味では、彼女のおさそいは、たいへんありがたいのだった。


「では、行きましょうか」


 彼女がそう言って、僕は薄桃色髪の女性と、一本のかさ共有きょうゆうし、足を動かし始める。


「でも本当に。売られる前に、普通ふつうの人と会えて良かったですね」

「確かに、さっきまで地面の上で寝ていたので、そういう人に見つかっていた可能性も全然ぜんぜんありえますよね」

「ええ。私も、ちょうど残業ざんぎょうがえりだったもので。たまたま、ここを通ったから、あなたを見つけれたんですよ」

「残業帰り……ですか?」

「はい。私、社畜しゃちくなんです」

「この世界にも、その言葉は存在するんですね」


 長時間ちょうじかん労働ろうどうとは、世界をえても、根強ねづよく生き残る概念がいねんなのかもしれない。


「私、毎日残業しているんですよ。しかも、ほとんどがサビざんです。ふざけていますよね。うちの職業」

「サビ残……?」

「サービス残業の略称りゃくしょうです。正当せいとう給料きゅうりょうが発生しない、残業していなかったことにされる、空白くうはくの残業時間のことですね」

「それはまた……意味から略称まで、すべて聞きなじみのあるお言葉で」


 やはり、労働はいつのも、どの世界でも、たような問題にぶつかるわけなのか。

 そんなことを、思った。


「ちなみに、どういうしょくかれているんですか?」

「ギルドの受け付けをしています。周囲からはギルドの受付うけつけじょうなんて呼ばれ方をしていますね」


 ギルドの受付嬢……。


「それは……モンスター討伐とうばつのクエスト管理かんりとか、冒険者ぼうけんしゃ登録とうろくとかをする、的な感じのことをする仕事しごとですか?」

「おお、よく知っていますね。まるで、この世界に来たことがあるかのような、正しい情報じょうほうですよ」

「そうですか……」


 というか、マジか……と思う。

 この世界には、モンスターが現存げんぞんしているんだな。

 じゃあ、魔法まほうけんも存在する可能性があるのか?

 想像上そうぞうじょうにしかなさそうな、ファンタジーな異世界なのだった。


「こっちの世界では、わりと異世界系の小説が流行はやっていたので。そのジャンルの小説のなかでも、とりわけメジャーな設定を口に出しただけだったのですが」

「へえ、小説……ですか?」

「まさに、今の僕みたいな状況じょうきょうになる物語が多かったんです。主人公が、異世界に転移、あるいは転生てんせいをして、あらたな人生をあゆむ……みたいな」

「そうなんですね。それは本当に、今のあなたみたいな……」


 と、そこまで言葉を発した彼女が「あっ!」と大きめの声を出した。


「そういえばですけど、自己じこ紹介しょうかいがまだでしたね」

「言われてみれば、そうですね」


 女性は、自身じしん襟元えりもとに右手をえ、口を開けた。


「私の名前は、サラと言います。あなたは?」

「僕は、曽根そね直樹なおきもうします」

「ナオキさん……ですね。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。……サラさん」


 少しおそめの自己紹介が終わり、そして、僕とサラさんは目的地もくてきちまで到着とうちゃくした。

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