7.世界で一番美しい蒼

 少年はイトコ殿が望むがままに、歌をうたった。

 イトコ殿は「いっしょに歌う」と言ってはいたが、どれも難しい歌詞ばかりで、幼いイトコ殿には難しい歌だった。


 なので、イトコ殿は「ラララ――」とか「ルルル――」といったハミングで、少年と一緒に歌をうたう。


 雨の音、風の音、葉擦れの音。

 そして、

 少年の歌声と幼な子のハミングが重なりあう。

 歌は大樹の周囲にあふれかえり、世界を満たす祝福となって広まっていく。


 おしゃべりが大好きな小鳥たちも、このときばかりは静かになり、寄り添うように枝に止まり、ふたりの美しい声に耳を傾けていた。


 歌が十曲を過ぎたころ、少年は曲数をかぞえるのをやめた。

 雨はまだ降り続いていたが、二十曲以上歌い終わったところで、ようやくイトコ殿は満足していただけたようである。


 ふたりの歌が終わると、興奮した小鳥たちが煩くさえずりはじめる。

 天上の調べと形容されるにふさわしい歌の感想を、言い合っているのだろう。


「お兄たまのお歌は、とてもちゅてきでちた。お父たまのお話しのとおりでちた!」


 うっとりとした顔で幼な子が少年に甘えてくる。


「え? は? え? 陛下のお話しですか?」


 少年はぽかんとした顔で、イトコ殿を見下ろす。


「はい! お父たまは、お兄たまがあたくちのソバサマになっていただいたときに、とてもお歌がじょーずなソバだから、歌ってもらえとおっちゃってまちた!」

「陛下が……ですか……」


 してやられた! と少年は舌打ちする。

 イトコ殿の父である鳥の王は、少年が歌を人前で歌いたくない、ということをちゃんと理解している。


 なぜなら、王が少年に「帯の他になにか望むものはないか」と尋ねられたときに「では、衆人の前で歌をうたうのはこれで最後とする命を頂きたいです」と少年が願い出たからだ。


 知らなかったとは言わせない。

 だが、相手は鳥の王だ。抹殺は当然だが、抗議することもできない。

 これは……一度しか御前で歌をうたわなかった少年に対する、王のささやかな嫌がらせだろう。

 純粋なイトコ殿をけしかけたのだ。


「お父たまは、お兄たまがあたくちにお歌をうたってくれたら、ホントウのソバになったときだ、とおっちゃってました! お兄たまはウソっぱちではなく、ホンモノのソバサマです! あたくちのソバサマです!」


 そう言うと、イトコ殿は少年の首に腕を回し、思いっきり抱きついてくる。

 イトコ殿のやわらかな唇が少年の首筋に触れ、甘やかな香りが周囲に充満する。


「あたくちは、まいにち、お兄たまのお歌でおめざめしたいでちゅ」

「それはご勘弁ください……」

「……ちゅまらないでちゅぅ」


 少年の味気ない返事に、イトコ殿は不機嫌そうに頬を膨らませる。

 微笑を浮かべながら、少年は優しくイトコ殿の頭に親愛のキスを落とす。


「こっちと、こっちにもちてくだちゃい」


 イトコ殿はぷくりと頬を膨らませたまま、自分の額と頬、そして、首筋を指し示す。


 少年は大事な宝物を傷つけないように、そっと唇を落としていく。

 イトコ殿に命じられた場所に唇が触れると、自分の同じ場所に愛らしい唇が触れてくる。


 それは求愛ではなく、親愛の行為。

 心を許す者同士のみに許される、ささやかな遊戯。


 互いの体温が触れ、呼吸が重なり、黄金に輝く柔らかな髪が悪戯っ子のようにふわりと揺れる。


 狭いウロの中に、クスクスと、押し殺したような子どもたちの楽しげな笑い声が響く。


「……イトコ殿、あきらめてください。わたしよりももっと歌がうまいモノはおりますよ」

「わたくちは、お兄たまのお歌がいいのでしゅ」


 蒼い瞳をウルウルとさせて、頬を真っ赤に染めたイトコ殿が恨めし気に見上げてくる。


「…………」

「お兄たま……」


 たっぷりと甘えた声に、潤んだ蒼い瞳。

 世界で一番美しい蒼だ。

 少年の鼓動がどうしようもなく速くなる。


 これに逆らえるモノなどこの世に存在しないだろう。

 イトコ殿の父王であっても、あっさりと屈服しているくらいだ。


「……わかりました。また機会が巡ってくれば、そのときは歌わせていただきます」


 イトコ殿の顔が光り輝く。太陽よりも眩しい笑顔に、少年は思わず目を眇める。


「やくちょくでしゅよ?」

「はい。お約束いたします。わたしの歌はイトコ殿のためだけにあります。イトコ殿以外には聞かせません。これから先は、イトコ殿の望みを叶えるためにのみ、わたしは歌をうたいましょう」 


 少年はイトコ殿の前に恭しく跪くと、その手を捧げ持つ。

 手の甲を己の額に押し当て、少年は誓のコトバを紡ぎだす。


 狭く、暗いウロの中で交わされたふたりの誓い。

 立会人は誰もいない。


 いや、ふたりの誓いを知るモノは、草原に根づく『知る辺の樹』と、そこに集う、異なる世界を渡り飛ぶ数多の鳥たち。


 しとしとと雨が降る中、大樹はサワサワと枝を揺らし、小鳥たちは葉擦れの音に合わせて祝福の歌をたからかにうたいあげた。



 これは昔。

 ザルダーズの異世界オークション事業が開始するずっとずっと昔。

 『黄金に輝く麗しの女神』様と『黄金に輝く美青年』様がまだ幼い頃。

 とても昔のお話しでした。

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