3-2.黄金に輝く麗しの女神

〔――――っ!〕


 馬車から現れたのは……可憐な華だった。

 天を舞い、世界を祝福する歌をうたう高貴なる存在。


 とても柔らかで、優しく、よい香りをはらんだ風が、ドアノッカー元帥の全身を包み込む。


〔か、か、か、かわいいいい――――っ!〕


 元帥閣下の心臓がふたたび跳ね上がる。


 馬車からひょっこりと姿を現した貴人は、幼さを残した可愛らしい少女だった。

 とてもかわいくて、かわいくて、護ってあげたくなるような可愛さに、元帥閣下は悶絶する。


 若者のときとは違う震えが、じわじわと全身にひろがっていく。


 あの可憐な少女を護るためなら、予備戦力として待機させているセキュリティも起動させ、緊急用に蓄えている全魔力を使用し、全セキュリティを使役することもためらわずにできそうだ。


〔女神ちゃまキ――――タッ!〕


 花のように可愛らしい少女は、貴重な一角雪豹の毛皮を使用した純白のコートを羽織り、若者の瞳の色と同じ碧色のドレスをまとっている。

 柔らかな生地のドレスがふわりと揺れ、綺麗に結い上げられた黄金色の金髪が、暗闇の中でキラキラと輝きを放つ。


〔な、なんて……尊い〕


 元帥閣下は「くわっ」と目を見開き、馬車から降りようとしている少女と、その介添をする若者の姿を凝視する。


 少女も仮面を被っていた。ふたりの仮面は、鳥の顔を模した揃いのものだ。

 仮面からのぞく少女の瞳の色は蒼。

 若者がまとっている色と全く同じだ。

 それだけでも、このふたりが親しい関係であることがわかる。


(総員に通達! 『黄金に輝く麗しの女神』様および『黄金に輝く美青年』様

を特別玄関前の馬車留めにて確認! 本日開催されるオークションの賓客と判断する。おふたりの親密度は現在分析中。賓客ルート担当は第一接待配置につけ!)

(イエッサー!)


 バタバタとした気配が元帥閣下に伝わってくる。

 それを確認しながら、魔力の配分比率を、賓客ルート多めに変更していく。


 少女は嬉しそうに、ピョンピョンと飛び跳ねるようにステップを降りていく。


〔あ、あんなにピョンピョン飛び跳ねて……か、可愛い。じゃない、転んだら大変じゃないか! もっと、ちゃんと足元を見ないと!〕


 元帥閣下はハラハラしながら少女の行動を見守る。


 馬車からひらりと舞い降り、そのままの飛び跳ねるような勢いで、オークションハウスの方へと少女と若者は歩を進める。


 ふたりを降ろした馬車は、静かに立ち去っていく。


 若者の少女を見つめる視線が、ものすごく甘くて優しい。

 あれだけピリピリしていた気配が――今も、周囲への警戒は怠っていないが――和らいでいるのが、なんとも微笑ましい。

 その姿を眺めているだけで、胸がキュンキュンしてきた。


〔すっ、素晴らしい! 護衛のプロフェッショナル! 姫君に仕える騎士! 強き者として、守護する者を持つ者の正しき姿だ! 俺が理想とする御方だ!〕


 元帥閣下は感激で身を震わせながら、食い入るように若者と、若者が守護する少女の様子を観察する。 


 鳥の顔を模した仮面で、女神様も素顔を隠している。

 整った顎のライン、小さく可愛らしい口元、美しい形の鼻……くらいしかわからないのに、それでも女神ちゃまは美しく、とても麗しかった。

 ニンゲンたちが大騒ぎするのも納得だ。


 ザルダーズでは、次点を引き離して高額落札をした参加者には、管理用の番号ではなく、独特の呼称を用いることにしている。

 『ストーンブック』を担当したベテランオークショニアはその慣例にのっとって、彼女のことをビッド番号ではなく、『黄金に輝く麗しの女神』様と呼んで讃えた。


 その女神様が二度目のオークションに参加したときは、多くの参加者たちが浮足だってしまった。

 その影響でオークションは荒れ、女神様にアプローチしようとした男性たちが争って装飾品類を落札し、落札した品をその場で女神様に捧げると宣言したものだから、さらにオークションは混迷し、長丁場となった。


 女神様の呼称どおり、熱心でやっかいな信者を獲得してしまったようだ。

 開場前から長蛇の列ができ、メインホールで座席争いが発生したのも納得できる。

 この可憐な少女をこの目で見て、あふれだす輝きに触れれば、だれだって、少女の虜になってしまうだろう。


 少女だけでなく、美青年様もこのまま衆人の前に姿を現したら……。ふたりが寄り添って登場したら……。

 オークションがどうなるのか、想像するのも恐ろしい。


「お兄さま、ここは何処ですの?」


 馬車から降りた少女は、キョロキョロと周囲を見渡している。


〔なんて、素敵な声なんだ! 心が洗われる!〕


 ふたりとの距離が縮まったので、会話が聞こえてきた。

 可憐な少女の可憐な声に、元帥閣下の魔力が激しく昂ぶる。


「ん? ザルダーズのオークションハウスの入り口前だが?」


〔美青年様! かっこよすぎる!〕


 若者の返答に、少女は一瞬だけ動きを止めてコテリと首を傾けた。

 そして、もう一度、今度は身体をくるりと回転させて、周囲の景色を観察する。


〔うおっ! 仕草が……可愛すぎる! 女神ちゃま! 可愛い! その可愛さは反則だ!〕


 胸をドキドキさせながら、ドアノッカー元帥はふたりのやりとりを見守る。

 久々のトキメキだ。

 錆びかけていた心に、潤いを与えられたような気持ちになる。


 ふたりは仲の良い兄と妹にも見えるが、実際は違う。

 彼らの真の姿を一瞬で見抜いたドアノッカー元帥は、オークションハウスに蓄積されている知識を手繰り寄せ、ふたりのことに関する情報を把握していた。

 といっても、開示されている情報量はさして多くはなかったが。彼らの関係は把握することができた。


 少女は美青年様のことを『お兄さま』と呼んでいたが、実際はイトコ同士だ。

 そして、若者が少女に忠誠を誓い、仕え、守護する立場であるということも把握している。


「お兄さま、わたくしが知っているザルダーズの入り口とは少し、趣が違いますわ」


 少女は手を顎に手をやり「むぅ」と唸っている。

 困っている顔も可愛い。特に、つんとつきでた小さな唇と、ぷくっとふくれあがった頬が愛くるしい。


 鳥の仮面とよく似合っている。

 仮面によって顔の半分が隠れてしまうのだが、少女の可愛さが損なわれることは全くなかった。


「そうだろう。こちらは、賓客用の入り口だからな」


 少女の疑問に、若者は優しい口調で応える。


〔はうっ! なんて素晴らしい包容力なんだ!〕


 ふたりの初々しいやりとりに、胸のキュンキュンが止まらない。


「……お兄さま、わたくしは賓客ではなく、一般の方々と同じようにふるまうリスクを味わいたいのですけど?」

「それは……危険すぎるのでやめなさい。変な虫がいっぱいついてしまう」

「むし? ですか?」

「そうだ。わたしの大事なイトコ殿にとりつき、危害を加えようとする身の程知らずの害虫だ。鬱陶しくてたまらん」


〔そうです! そうですよ! 今日は、身の程知らずな害虫が、女神ちゃまを狙ってメインホールに大量発生していましたが、チュウケンさんが一匹残らず駆除したので、大丈夫です! 安心してくださいっ!〕


「賓客ルートを使うのが嫌なら、ここで帰ってもよいのだぞ?」


 若者は懐から連絡用の魔導具をとりだした。

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