1-3.貴族の五男坊

 昔からラディアは、模型やら工芸品を作るのが好きだった。そういう加工に関しては器用で才能がある。

 だが、貴族の五男坊として育った彼は、金勘定について勉強しなかったし、世間知らずのところがあった。


 ヴァイオリンの販売を自分に任せて貰えているだけでも奇跡的なことなのだ。

 ザルダーズが介入しなければ、二束三文で素晴らしいヴァイオリンを買い叩かれてしまうか、流通させる方法を知らずに、在庫ばかり増やすことになっただろう。


 兄弟子の仕事を手伝って、なにやら木工加工の内職もしているようだが、ラディアのメインはヴァイオリン作りだ。

 一日でも早くヴァイオリン作りに専念できるようになって欲しい、とザルダーズは願っているし、ラディア本人もそれを目指している。


 ヴァイオリン制作に専念するというやる気が、ヴァイオリンには直接関係のない生活費や家賃を節約する――という残念な方向に動いてしまった。

 独立したラディアは、工房を家賃の安い場所、安い場所、つまりは、森の奥へと奥へと移動させた。

 挙句の果てには、冒険者ですら足を踏み入れないであろうといわれる、人里から遠く離れた秘境の森中に活動拠点を移したのだ。


 そこがこの場所だ。

 家賃ゼロ円物件だ。


 前の住人は、かなりの偏屈で人間嫌いだったらしい。

 こんなところに住もうと思った先住者にも驚きだが、このような物件を見つけだし、引っ越してしまったラディアにも、ザルダーズは呆れ果てていた。


 今でこそこの半年に一回の秘境訪問を受け入れているザルダーズであったが、ラディアが秘境の家賃ゼロ円物件に引っ越したことを知ったときは、ショックのあまり数日間、寝込んでしまった。


 そんなに生活が苦しかったのなら、なぜ、幼馴染みであり、学友であり、親友でもある自分に相談してくれなかったんだ、とザルダーズは嘆き悲しんだ。

 ザルダーズは仕事を休み、お気に入りの枕をポカポカ殴りまくった。年甲斐もなく、布団に潜ってシクシクと泣いた。


 親友だと思っていたのは自分だけだったのか……と落胆もしたのだが、ラディアからは定期的に連絡があり、それなりに親しい関係が続いている。


 自分が必要以上の援助をすると、ラディアはとても嫌がる……ということにようやく気づいたザルダーズである。


 ラディアは親友であるザルダーズと対等の関係でいたいから援助をいやがっているのだが……まだ若いザルダーズでは、そこまで理解できていない。

 また、ラディアも面と向かってそのことをザルダーズに伝えていないので、なんとなくギクシャクとしたぎこちない関係が続いている。


「ザルダーズ、いつも心配してくれてありがとう。僕は大丈夫だよ」


 茶の準備を整え終えたラディアが、奥のキッチンから姿を現す。

 木のトレイに木のカップをふたつ載せている。木の小さな皿の中には、干した果物の実が数粒入っていた。


 トレイもカップもラディアの手作りだ。

 ハーブティーも家の前の庭に生えている草を摘んで干したものだと、前回の訪問のときに説明をうけた。


 ただ、なんの草かはわからないらしい。

 念のため、乾燥前の草を見せてもらったが、ザルダーズが知っているハーブではなかった。

 正確に言うならば、それはハーブですらなかった。


 干した果物の実は……ベリーの一種だ。たぶん。それっぽい。きっとベリーだ。

 果実は山奥で採取していると言っている。どんなベリーなのか、本当にそれがベリーなのかも怪しい。


 とりあえずは、自給自足っぽいことはできているようである。


 木のカップを手渡され、ザルダーズの顔が緊張で固まった。


 とりあえず、香りはハーブティーっぽいようだが、これは飲んでも大丈夫な液体なのだろうか、と少しばかり心配になる。

 前回は、白湯の方がマシだ……と思う味だった。


 しかし、親友が手ずから用意してくれた貴重なお茶である。

 ザルダーズは一滴も残すつもりはない。

 だからといって、一気に飲み干す勇気も根性もザルダーズにはない。


 まずは、ひとくち……口に含んで、ザルダーズは驚きのあまり「これなら飲める!」と叫んでしまった。

 ラディアの顔に苦笑が浮かぶ。

 

「ホラ、この前の手紙でも書いていたと思うんだけど……はじめての弟子がね、とっても、お料理上手なんだ。これは、その弟子がブレンドしてくれたんだよ」

「ハーブ……ではないよな?」


 ザルダーズの顔が険しくなる。


「うん。ハーブは、料理のときと薬で残しておいた方がいいからね。ヤギが食べている葉を色々と調合してくれたんだよ。飲めるでしょ?」


 と言いながら、ラディアは美味しそうに、ハーブティーもどきを飲む。


 ザルダーズは喉がつまり、胸がいっぱいになり、おまけに目頭が熱くなるのを感じていた。


 なんということだ。

 不憫だ……。

 不憫でならない。


 カップを持つ手がふるふると震える。

 ハーブティーに使うのを控えるくらい、ハーブが不足しているなんて……。

 貴族の子息がハーブティーを飲むことすらできないなんて……。

 代替品として、ヤギが食べる雑草で、茶をブレンドしなければならないとは……。


 そのヤギ茶を美味しそうにすする親友の貧相な食生活。


 次回、ここに来るときは、魔法強化したハーブの種を購入しておいて、こっそり家の周辺にばらまいておこう、とザルダーズは考える。


 魔法強化されたハーブ種は、砂金と同じ重さで取引される貴重品だ。劣悪な環境下であっても、特別な世話をしなくても、三代先までの実りを約束されている。

 種を蒔く者が魔力を込めれば、その魔力量に応じてさらなる先の世代の収穫も保証されているので、ラディアの住む場所でも育つだろう。


 なごやかにお茶を飲みながら、ラディアは近況を報告する。


「弟子はね、保存食とかも色々と知っていてね、木の実やキノコを干したり、釣った魚を燻製にもしてくれるんだ。洗濯も掃除も僕の代わりにしてくれるんだよ」

「そうか。それはよかった。どうりで、部屋が小綺麗なんだな。オマエがひとりでココで生活していたときは、悲惨なくらいにげっそりとやつれていたが。今は……今もそれなりにやつれてはいるが、そこまでやつれていないな」

「うん。弟子ががんばってくれているからね」

「で、その弟子は今、どこにいるんだ?」

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