第15話 子豚救出作戦②

宮殿の外の見張り十人を縛り上げたシチロー達は、カムフラージュの為その兵士達から軍服を拝借し、自分達の服の上から着込んでいた。これから、いよいよ宮殿の内部へと乗り込むのだが、敵ばかりと思われる宮殿の中にもシチロー達の味方となり得る人物はいた。


「まずは王家の侍従長『トンソーク』さんに会って協力を求めよう!」


トンソーク侍従長…イベリコの父の代から国王に使え、今回イベリコを日本へと連れ出したのも彼であった。そして、イベリコがブタフィの親衛隊に捕らえられた情報を受け、彼もすぐさまブタリアへと帰国し、この宮殿に戻って来ていた。


敵の兵士達に気付かれずに子豚のいる部屋へと辿り着くには、このトンソーク侍従長の協力無しには成り得ないのだ。その為、宮殿の中へと足を踏み入れた四人は、何をさておきトンソークのいる侍従長室へと走って行った。


ブタリア宮殿の中の一室に、侍従長室と呼ばれる部屋がある。王室直属の侍従長であるトンソークは、今この部屋の中に居た。


「あぁ、…あの一件があってからというもの、兵士からの監視は厳しくなるし姫へのブタフィ将軍の求婚は激しくなるわで状況はますます悪くなる一方じゃ……」


トンソークが椅子にもたれながらそんな苦悩を口にしていると、侍従長室のドアを誰かがノックする音が聞こえた。


「誰だ。入れ!」


トンソークの言葉に従って入室して来たシチロー達四人は、トンソークの前に一列に並ぶと足を揃えて兵士らしく敬礼をして見せたのだが


「なんだお前達、軍の兵士では無いな?」

「え………」


一発でニセモノの兵士だとトンソークに見破られた四人が、不思議そうな顔で互いを見合わせていると、トンソークは呆れたような表情で冷静に言った。


「ブタリア軍の兵士に、女兵士はおらんよ」

「えっ!ホントですか?」

「ちょっとシチロー!それくらい調べておきなさいよっ!」


すかさず、てぃーだとひろきからの突っ込みが飛び出した。せっかくの変装は、まったく意味が無かったという訳だ。


「いやぁ~完璧な変装だと思ったんだけどなぁ~」

「まったく、いつもどこか抜けてるんだから!それでよく探偵が務まるわねっ!」


(一体何なんだこの者達は……いきなり現れたと思ったら、今度は内輪もめを始めおって……)


さっぱり訳が分からないという顔で、今夜の王室の予定が記された書類に目を通し始めてしまったトンソーク。そっちはそっちで勝手にやらせて置けば良い……どうせ大した用事でも無いのだろうといった感じだ。


「ブタリア軍には女性兵士がいないなんて知らなかったよ……イベリコは知ってた?」

「いえ、私も軍の事はあまり知らなくて……」


(ん?……イベリコ?)


書類の文字を追うトンソークの目が、ピタリと止まった。

今の声には、トンソークにも聞き覚えがあった。それに、目の前のこの男は、確かに後ろに立っている女の事を『イベリコ』と呼んだように聞こえた。


「そこの女!サングラスを取って、こちらに顔を見せなさい!」


思わず顔を上げて、トンソークはイベリコに向かってそう命じた。


自室で四六時中軍の監視下に置かれているイベリコ姫が、簡単に部屋を出てこの場所に現れる事など、よもやあり得ないのだ。しかし、あり得ない事は現実に目の前で起こっていた。


「さすが、わね」


サングラスを外し、にっこりと微笑んだその顔は、間違えようの無いイベリコ本人であった。


「姫っ!どうしてここに!あの部屋からどうやってお出になられたのです!」


驚くトンソークの様子に、イベリコは可笑しくて仕方がないといった顔で、あの部屋にいるのが自分では無く、横にいるこの三人の日本人の仲間である『子豚』という女性なのだと伝えた。


「なんですと!そんなバカなっ!」

「信じられないかもしれないけれど本当の事よ爺。その子豚さんを助ける為にこの人達は日本からやって来たの」


確かにトンソークにとっては、にわかに信じ難い話だったが、自分の目の前に立っているのは紛れもなくイベリコ姫であり、彼女がそう言うのであればそれを認めざるを得ない。


「ふむ……確かに日本から戻って来てからの姫の言動には、少し乱暴なところがあるとは感じていたが……」

「やっぱりなぁ……容姿はそっくりでも、イベリコとコブちゃんじゃあ育ちの違いがあるからなぁ……」


シチローは、トンソークの言葉に腕組みをしながら妙に納得をしていた。

そして、話は本題に入る。


「そんな訳で、上の階にいるコブちゃんを見張りの目を盗んで連れ出したいんですが、トンソークさん、どうか協力して貰えないでしょうか?」


シチローの申し出に、トンソークは少しの間思案していたが、たとえニセモノであろうとも子豚が万が一でもブタフィのプロポーズを受けてしまっては困ると思ったのであろう……この作戦に協力する事を承諾した。


「それならば、儂が君達を姫の部屋まで案内しよう!

さしあたってその衣装はまずい。そこに宮殿の使用人の制服があるから、それを着るといい!」



♢♢♢



 チャリパイの三人とイベリコが兵士の格好から宮殿の使用人の制服へと着替えているその頃、上の階の子豚の方は、相変わらず退屈な宮殿での生活にすっかり不満を募らせていた。


「……ったく、なんで私がこんな部屋に閉じ込められなきゃなんないのよ!イベリコじゃないって言っても誰も信じてくれないし!」


その言葉の通り子豚は、この宮殿に連れて来られた時からずっと自分はイベリコでは無いと周りの人間に訴え続けていたのだが、あまりにもイベリコにそっくりなその容姿の為、誰にも信じてもらえなかった。そして、連れ戻した姫に再び逃亡されては堪らないと、この宮殿の部屋からはほとんど外へ出させて貰えない事が子豚を苛立たせている大きな要因だった。


それに、もうひとつ。


「あの『ブタフィ』ってヤツ、いったい何なのよっ!」


“噂をすれば影”である。子豚がブタフィの名を口にした丁度その瞬間、部屋のドアが開き、普段はあまり見せない笑顔を携えたブタフィが入って来た。


「イベリコ姫、ご機嫌麗きげんうるわしゅうございます」

「うるわしくなんて無いわよっ!てかアンタ、レディの部屋に入る時にノック位しなさいよっ!」

「いや~これは失礼。今日は、姫にお似合いの美しい花束をお持ちしました。どうです、美しいでしょう」


王室の権力を手に入れる為に、ブタフィも必死である。柄にも無くこんな事までしているのだ。しかし、”花より団子”の子豚がそんな物に喜ぶはずがない。子豚はブタフィが差し出した花束を引ったくるように奪うと、まるで悪役プロレスラーのごとく花弁を食いちぎり床に叩きつけた。


「どうせよっ!」

「タコヤキ?そんな名前の花があるのですか?」

「花の名前じゃ無いわよっ!私はお腹が空いてるって言ってるの!」


前にも書いたが、子豚が苛ついている時は、大抵お腹が空いている時である。


「なるほど、それは気が付きませんで……では、早速下の者に何か食べる物を用意させましょう。『サソリの唐揚げ』なんていかがです?」

「誰がサソリなんて食うかボケッ!」


軍部の最高指導者に対して遠慮なく罵声を浴びせる子豚。ブタフィに向かって、手近な物を投げつけようとする子豚の様子を見るや否や、ブタフィは逃げるようにして部屋を出ていった。


「ふぅ……なかなか手強い娘だ……こちらがおだてても図に乗るばかりだな……これは、必要がありそうだ」


ブタフィがいなくなってからも、子豚のイライラは収まらない。


「まったく、あのブタフィって腹が立つわ!今度来たら、やる!」


そんな子豚が手にしていたのは、部屋の本棚にあった五センチ以上もある分厚い百科事典だった。


すると、暫くして再び部屋のドアが開いた。


「ヤッホ~、…」

「テメエ~ノックしろって言ってんだろっ!」


ドアが開いた瞬間、子豚は入って来た相手に向かって持っていた百科事典を思い切り振り降ろした。ブタフィがまたこの部屋へと戻って来たのだと子豚は思ったのである。だが、部屋へ入って来たのはブタフィでは無かった。


バッチイイィィ~~~~ン!


「$%〇◆◇■¥☆$」


「あらシチロー………の?」


子豚が気付いた時にはもう遅かった……シチローは既にドアの傍でノビていた。


そこへ続いて入って来たてぃーだ、ひろき、イベリコ、そしてトンソークの四人。


「あっ!シチローが倒れてる!」

「まさかこの部屋に見張りの兵士がっ!」

「どこ!どこにいるの?」

「みんな!気をつけて!」


「いや……あのね……ティダ…………」

「コブちゃん、兵士はどこ!」

「あの……実はね………」


この状況を何と説明するべきか子豚がほとほと困り果てていると、やがてシチローがムックリと目を醒ました。


「いってえなぁ~コブちゃん!いきなり何すんだよ~」


全員の視線が一斉に子豚に集まった。


「えっ?コブちゃんがやったの?」

「ちょっと、ね」


いきなり撲られたシチローからみれば、「ちょっと、ね」では済まないとは思うのだが……


















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