不思議なお寿司と4文字のひらがな


 ……お寿司を注文したのに、食べずに店を出ていってしまった……

 確かに、おかしな話だ。

 とりあえず、思いついた答えを言ってみる。


「持ち帰って食べた、もしくはもともとスーパーみたいに店内では食べられない店だった」

「違う」


 わたしの答えに、蒼衣ちゃんは首を横に振る。

 さすがにこんな単純な答えじゃないか。


「では質問。男は寿司を食べたかったけど、なにか理由があって急に食べられなくなったってこと?」

「違う。男には最初から食べるつもりは無かった」


 食べるつもりのないお寿司を買ったってこと……?

 あっ、それとも。


「男以外の別の人が寿司を食べた?」

「違う。今回、この男以外の登場人物はいない」


 友達におごったりとか、子どもに買って帰ったりという話でもないということらしい。

 男は一人でお寿司を悩んだ末に注文したけど、食べていない。最初から食べる気がない。


「人じゃなくて、犬とか猫とかが食べた?」

「それも違う。動物も今回は一切登場しない」


 さすがに違うか。ペットがお寿司を食べるなんてのも聞いたことないし。


「じゃあ、その寿司はすぐ食べるつもりは無くて、保存用に……」

「違う」


 そうよね、わたしも言いながらさすがに違うと思った。保存用の寿司ってなんだ。

 しかしそうなると、男は本当に食べる気のないお寿司を買っていることになる……


 

 いつの間にか、質問はあと5回。いや、最後に答えなきゃいけないからあと4回だ。


 ふっと横を見ると、虎子ちゃんは真剣な顔で目をつむっている。答えを考えているのだろうか、あるいはもう……


「う〜ん……」

「なんだ隼、わからないのか?」


 後ろの隼くんは明らかに悩んでいる顔つきだ。その肩を鷹くんがこつんと叩く。


「鷹はわかってるのか?」

「まあ、これじゃないかってのはあるな。……あっ、言っとくけど蒼衣から答え聞いてたとかじゃないぞ」


 鷹くんはもうわかってる……というのか。でもそれはすなわち、必要な情報はすでに出揃っているということになる。

 

 食べるつもりのないお寿司を買う理由。

 誰かに買い与えたというわけでもない。

 最初から食べる気はない。



 ……とすると、男じゃなくてお寿司の方に何か理由が……?



「――その寿司は、そもそも食べられるもの?」

「いいえ」


 わたしは蒼衣ちゃんの答えに、右手のこぶしを握りしめた。

 ……やっぱり。この謎を解く鍵はお寿司の側だ。


 もともと食べられないお寿司なら、買った男も食べる気はない。


 あれ、でもそしたらなんで美味しそうなんて言うんだ……



 考えろ、考えろ。

 きっともともと食べられないお寿司なら、回転寿司みたいにお皿に乗ってきたり、スーパーみたいにパックに詰められているわけじゃないのだろう。

 そういえばどういう店なのかをまだ質問してないけど、例えば高級そうな店の入口みたいにメニューが並んでたり、あるいは……



 ……あっ。

 食べられないお寿司を買う理由、あるかもしれない。



「――その寿司は、ミニチュアですか?」

「……はい」


 蒼衣ちゃんが、悔しそうに返事をした。

 そして横では、虎子ちゃんがうんうんとうなずいていた。



「答えるわ。男が見ていたのは、食品サンプルとか、ミニチュアのキーホルダーね。まあでも、美味しそうって感想を言うのはちゃんとした食品サンプルなのかしら……とにかく、男はそれを買って帰った。部屋に飾るのか、何に使うのかはわからないけど、それを食べることがないのは確か」


「正解」


 蒼衣ちゃんは両手を後ろにつけて身体を伸ばす。横で見ていた鷹くんが拍手しているのがわかった。


 ……ふう。

 食品サンプルを寿司って言っちゃうのはどうかって気もするが、そういう問題なのだから仕方がない。

 引っ掛け問題、ということになるのだろうか……



「すずめさん、お見事。……で、すずめさんの出題は?」


 すぐさま虎子ちゃんの声が飛ぶ。

 ……そうか、次はわたしの番なのか。



 今日のために、鷹くん隼くんとも相談して考えてきた問題。

 謎解き勝負である以上、すずめも出題する準備をしておかないといけない……そう言われてわたしが用意してきた問題だ。



「では、わたしから1問目」

 わたしはスマホのメモ画面に打ち込んでいた文章を蒼衣ちゃんに見せる。


『あかざき+おりうる=かんぜん

 たいけつ+????=てんねん』


「????に入るひらがな4文字を答えて欲しいの」


 

 そうわたしが言った直後に、蒼衣ちゃんの顔つきが変わった。



 わたしのスマホ画面を見つめ、あごに手を当てて考え込む。


「ひらがな4文字……足し算……?」

 ぶつぶつと何かつぶやく蒼衣ちゃんの表情からは、余裕のようなものは全く無い。


 その光景に、わたしは海老川に引っ越してきた初日のことを思い出した。

 わたしが出した問題に考え込んでいた鷹くん。

 今の目の前の蒼衣ちゃんと、ダブって見える。


 問題を出されたら思わず考え込んでしまうのは、やはり海老川の人みんなに共通すること……なのか。



「……これ、隼や鷹も一緒に考えたの?」

「いや、すずめが考えたやつだ」

「俺らは昨日問題を聞いただけ。ちなみに、考えたけど解けたぜ」

「そう……」


 虎子ちゃんはちらっとわたしを見る。

 また少し、虎子ちゃんがにやりとしたような……



 ちなみにこの問題は本当にわたしが一から考えたものだ。

 難しい仕組みがあるわけじゃないから、もしかしたら似たようなアイデアの問題があるかもしれない。

 というかきっとあるだろう。


 でも一応、一から考えてはいる。



「……わかったわ!」

 数分後、蒼衣ちゃんが叫んだ。

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