出ていけと言われても
「さてそんな中、ある茶屋が客を呼び込む新たなサービスを始めました。……客に飲食物を提供する時に、一緒に謎かけの出題を始めたのです」
「謎かけって、あの『〇〇とといて〇〇ととく、その心は』みたいなやつです?」
「最初はそのようなものだったそうです。ですが好評になるにつれて、とんちやひらめきが必要なものから、今で言う論理パズルまで多種多様になっていきました。そして同時に、それを見た他の茶屋も同じようなサービスを始め、あっという間に海老川全体に広まったのです」
……飲み食いすると、一緒に謎が出題される。
でも、そんなサービスが好評になるなんて、江戸時代の人たちってそういうの好きだったのかしら?
「そして当然、謎を作る人間は自身も謎を解けなければいけません。必然的に海老川の住民は謎を作り、解けるようになりました。特に『海老川四家』の歴代当主には高い謎解きの能力が要求され、その能力いかんで家同士の力関係も決まるようになりました」
……家同士の力関係が、謎解きの能力で決まる……
すごい話だ。
「そしてその伝統は、今でも続いています。特に龍沢家と白井家はライバル関係が強く、両家の人間はしょっちゅう自分たちが上だと争い続けています。……ですが、赤崎家も負けてはいられない。すずめさんを新たな当主に迎えて、海老川で一番の家になるのです」
「ちょっと待ってください。わたしが当主って……わたし、まだ小学生……」
「しかし、あなたの母親が亡くなってしまった以上、江戸時代からの血を引いてるのはすずめさんしかいないのです」
……朱那おばさんの有無を言わさぬ口ぶり。まるでわたしが当主になることは、もう決定しているかのようだ。
……って、あれ?
「あの、朱那おばさんは当主になれないのですか?」
「はい。私は血を引いてないので」
「茜おばさんと母さんは、血がつながってないんだよ」
「そして、茜おばさんの娘のすずめしか、もう候補は残ってない」
鷹くんと隼くんの言葉に、わたしは混乱する。
血がつながってないって……
「私と茜姉さんとは、母親違いの姉妹なのです」
朱那おばさんはそう言って、メモ帳に家系図を書き始めた。
江戸時代からの赤崎家の血を引いていた先代当主は、わたしのおばあちゃんだったという。
しかし、娘の
子どもが一人だけというのは、万が一何かあった時に不安だ……そう思ったわたしのおじいちゃんは、おばあちゃんの許可を取り離婚。子どもを産める新たな奥さんを迎えた。
……で、その奥さんというのがことりばあさん、ことりばあさんが産んだのが朱那おばさん。
だから、わたしのおばあちゃんと、朱那おばさんや鷹くん隼くんは血がつながってない。
そして次期当主として育てられていた母さんは、それを嫌がって家を飛び出し、その先で父さんと出会って、わたしが生まれた。
一方母さんがいなくなってから少しして、わたしのおばあちゃんとおじいちゃんは相次いで亡くなった。
でも、先代当主と血がつながってない朱那おばさんたちは当主になれない。
それで、母さんが亡くなったことを聞いて、唯一の当主候補だったわたしを赤崎家に引き入れた……
「……そうだったんですか……」
……説明はされた。
でも、納得はいかない。
当主のイメージは湧いてないけど、わたしに務まるものだとは、とても思えない。
「その、当主というのは……何をすればいいのですか……?」
「それこそすずめさんは小学生ですから、大人たちの話し合いの場に出ろとか、お金の管理をしろだとかは言いません。すずめさんには、自らの謎解きの力を発揮してほしい」
「そんなこと……」
「そのために、鷹と隼にすずめさんをテストしてもらったのです。当主にふさわしい能力があるかどうか」
「そうそう。そしてすずめなら大丈夫」
「鷹、楽観的なことを言うなよ。……まあ、すずめに力があるのは間違いない」
鷹くん隼くんは、朱那おばさんの隣でうんうんとうなずいている。
やっぱりあの二人も、朱那おばさんと同じ意見。……わたしを赤崎家の当主にしたいようだ。
「……でも……無理です」
わたしは、朱那おばさんの視線に押されつつも、何とか言葉を出す。
「どうしてです?」
「わたしなんかに……当主なんて……」
当主というのが、家の代表を指すというのは、わたしだってわかる。
そんなものになったら、否が応でも目立ってしまうじゃないか。
出しゃばるようなことになったら……また……
「そうですか……しかしこちらとしても、すずめさんが当主にならないというのなら、この家に置いておく必要がありません」
「えっ」
「嫌だというのなら、ここから出ていってもらっても構わないのです。その場合、鷹か隼を当主にすることになるのでしょうが……」
出ていくって……えっ?
「待てよ母さん!」
「それはいくらなんでもやりすぎだ」
名前を呼ばれた鷹くんと隼くんが声を上げる。
「しかし、すずめさんは当主にするため引き取ったのです。それを拒むようなら、この家に居場所はない」
朱那おばさんはわたしを厳しい視線でにらむ。
……やっぱり朱那おばさんの中で、わたしが当主になることは決定事項なのだ。
「別にそこまでしなくてもいいだろ!」
鷹くんが立ち上がった。明らかに怒っている。
「母さん、すずめに力があるのは確かだ。当主じゃなくても、この家にいてもらって損は無い」
隼くんは鷹くんをなだめつつも声を上げる。
「じゃあ二人は良いの? すずめさん以外に当主候補はいないのよ」
「そうだけど……これですずめに嫌われるのは母さんも嫌だろ」
「それにすずめだって、いきなり言われて『はいわかりました』なんて言えないさ。母さんは結論を急ぎ過ぎなんだ」
「二人の言う通りでしょ朱那……落ち着きなさい」
ことりおばさんも口を挟んだ。わたしのおばあちゃんではないけど、朱那おばさんにとっては母親だ。
……実の親の言葉は、さすがに響いたらしい。
「……まあ、それもそうね……」
朱那おばさんは一つ、大きなため息。
「すずめさん。あなたはこの海老川の街にも、新しい学校にも慣れなければいけない。だから猶予を与えます。……ゴールデンウィークまでに、当主になることを約束してほしい」
……今は4月に入ったばかり。
ということは、1ヶ月以内に返事をくれ、ということになる。
「もしその約束が果たされないならば……すずめさんの処遇は、我々だけで決めさせてもらいます」
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