第5話 ヤらせ部屋の顔無しオンナ①

 不知ず森神社の一件から数日。啓介にとっては穏やかな日々が続いていた。件の取材で何か得たものがあったのか、ここ数日の九郎は調べもので部屋と図書館を往復する毎日になった為である。

 啓介の仕事は家事炊事に加えてチャネルの巡回が中心となり、危険な禁足地に赴く本業は暫く無さそうだった。

 部屋着にエプロン姿の啓介は朝食の準備をする傍らで、支給されたノートパソコンを使ってアカチャネルをチェックする。彼が気になっていたのは、【何でもヤらせてくれる女】という、少しいかがわしい題名のチャネルであった。

 啓介も男である。この手のタイトルは大して伸びていなくても、つい気になってしまう。


 大師「お前ら、どんな変態プレイでもヤらせてくれる都合の良いオンナが欲しくないか?」

 七師「サイト間違えてますよ」

 七師「ここはオカルトサイトだ。荒らしてんじゃねーよカス」

 大師「それが違うんだよ。ちゃんとオカルト案件だから、落ち着いて聞いてくれ」

 七師「どうせ化け物みたいな見た目とかいうオチだろ。ナメてんじゃねーぞ」


 七師の一人は某スペースオペラに登場するナメクジエイリアンの画像を投下し、大師を煽る。

 ストイックさを装うムッツリスケベなチャネラー達によって、大師はボコボコに叩かれていた。気の弱い人ならば此処で離脱してしまうのだが、この大師は並々ならぬ情熱で語りを続行する。


 大師「夢の中で行ける、マンションみたいな部屋があるんだよ。そこに、その何でもヤらせてくれるオンナがいるんだ」

 七師「妄想乙」

 七師「それ何てエロ漫画?」

 大師「明晰夢ってやつなのかな。自分の意志で自由に行動して、思い通りに無抵抗のオンナを犯せるんだぜ」

 七師「女の見た目は?」

 大師「カラダはめちゃくちゃ良い。それこそ、エロ漫画に出てくるようなとんでもない巨乳だ。結構筋肉質で、引き締まったカラダをしてる」

 七師「美人なのか?」

 大師「それが、顔だけは毎回思い出せないんだよ。美人なのは間違い無いんだけどな」

 七師「これ、大師が夢遊病患者で、夜な夜な周囲の女を襲ってるとかじゃないだろうな」

 大師「それはない。犯してる最中は、明らかに自分が〈霊体〉だって分かるんだ。オンナは毎回下着を着てるんだが、その下着越しに通り抜けて犯すんだよ。それでこっちが果てると同時に、目が覚めて現実世界に戻ってくるんだ」


 大師の生々しい語り口調に、最初は攻撃的だったチャネラー達も少しずつ謎の女に興味を持ち始める。


 七師「何でもやらせてくれるっていうのは、具体的にどこまでOKなんだ? 例えば、会話したりはできるのか?」

 大師「会話はできない。使えるのは、あくまでカラダだけだ。ただ、快楽は感じてるみたいで肉体的な反応は返ってくる」

 七師「大師は何をさせた?」

 大師「使えそうな場所は粗方使ったかな。やっぱり胸が最高だよ。あんな大きさは外人でもそういないだろうな。柔らかさも別格だ」

 七師「エッロ。どんな変態プレイでもさせられるのかよ」

 大師「最近は首絞めにハマってるよ。美人が蛙みたいな声出して苦しんでるのを見ると唆るぜ」

 七師「やり方教えてくれよ。俺もその女ぐちゃぐちゃにしてやりてえ」

 大師「やり方は簡単だ。深夜の一時から朝の八時ぐらいまでの間に、このオンナを犯してやりてえって強く念じながら寝る。これだけでほぼ百パーセント成功する」

 七師「それだけ? 大師はどうやってその方法を発見したんだ?」

 大師「実はこのオンナ、偶々町中で見かけたんだよ。それで偶然さっきの条件を満たして、何度も試しているうちに確信したんだ」

 七師「って事は、実在してる女って事か……?」


 その後チャネルは邪な妄想を書き連ねるだけの吐き溜めへと変わり、次第に返信も減っていった。啓介も少し背徳的な興奮を覚えながらも、仕事の続きに戻って九郎の部屋へと向かうのだった。


「おや、啓介くん。待っていたよ」


 連日の読書のせいか、九郎には寝不足の兆候が現れ始めていた。とろんとした目の下には隈ができ、欠伸も多い。今日はグレーのタンクトップ一枚に、ハーフパンツの出で立ちである。


「啓介くん、寝不足だと乳首が敏感にならないかね? 見たまえ。今朝からずっと立っているのだよ」

「なりません。というか、ブラジャーぐらい着けてくださいっ!」

「何を言っているのだね。そんなものを着けては、触りづらいじゃないか」


 九郎は自分の胸の先をくりくりと指で弄る。


「いつにも増して今日は変ですよ。まだ寝惚けてるんじゃないですか、九郎さん」

「そうは言っても、最近眠りが浅いのだよ。日中の集中力も落ちるし、困ったものだ」


 九郎の誘惑に負けまいと、啓介はせっせと朝食の配膳に没頭して煩悩を締め出す。今朝のメニューは九郎の好む冷肉とマスタードソースのサンドイッチに、果物入りのヨーグルトだ。


「おやおや、これは嬉しいメニューだね。疲れた時は簡単に食べられるものに限るよ」

「調べものの方は順調ですか?」

「資料集めに難航している。そろそろ普通の図書館では駄目かもしれないね」


 啓介は机の端に積まれた本の山へ視線を遣る。日本の武家や地域の伝承を纏めた資料のようだ。


「私は門外漢なのでよく分かりませんが……何か手伝える事があったら言ってください」

「なら、何かよく眠れそうなものを頼むよ。このままだと身体を悪くしそうだ」


 九郎はヨーグルトを口に運び、大きくカットされたフルーツを楽しむ。


「これは桃かね。優しい甘さだ」

「駅前のスーパーで、安く売られていたんです。ヨーグルトの良いアクセントになるかなと思って」

「素晴らしい。君が来てから、食事の時間が楽しみになったよ。サンドイッチも……ボクの好みをよく分かっている」


 その時。啓介は思わずぎょっとしてしまう。九郎の胸の先に、大きな染みが二つ広がっていたからだ。


「く、く、九郎さん! それ……!」

「おや……またやってしまったかね。心配要らないよ。ただの母乳だ」

「ぼ……」

「一応言っておくが、ボクは経産婦ではないよ。特異体質でね。乳腺が異常に発達しているのだよ。ボクはおっぱいが大きいだろう? それも肥大化した乳腺のせいだ」


 確かに九郎の乳房は、巨乳という域を超えた大きさだ。スタイルの良さも相まって、人によっては不気味に映るかもしれない程に。


「ホルモンバランスが崩れると、こうして母乳が分泌されてしまうのだよ。それもかなりの量が」


 丸い染みだったものは既に下へ続く帯へと変わり、ハーフパンツまで濡らしつつあった。


「ま、後でシャワーを浴びるから、気にしないでくれたまえ」


 朝食を終えると、啓介は食器を片付けて自分の部屋へと戻る。九郎は作業中、一人でいるのを好むからだ。ここから十一時頃までの二時間半程は、彼が自由に使える時間となる。

 啓介は自室に帰ってくると、食器を片付けてからノートパソコンへと向かった。何か安眠に効くものを探そうと思ったからだ。

 だがその前に、自然と手が母乳もののフェチシズムな画像を検索してしまっていた。


「うう……最低だ……」


 激しい自己嫌悪に襲われながらも、啓介はようやく仕事を再開する。枕やお香などの安眠グッズから、体操や入浴法といった知識まで色々と調べてみたが、どれも即効性がありそうには思えなかった。

 その内に昼の時間が来てしまい、啓介は昼食の準備へと取り掛かる。九郎は昼食を軽く済ませる習慣がある為、彼もそれに合わせて簡素な献立を用意する。

 さっとパスタをゆがき、トマト缶とシーフードミックスに万能中華調味料を加えた、なんちゃってイタリアンだ。具材を投入するだけのお手軽さで、フライパン一つで作れてしまう。その上味も中々に良い、啓介自慢の逸品である。

 二人分のタッパーに取り分けて、食器と共に風呂敷へ包み九郎の部屋へと向かう。相変わらず無防備な扉を開けて中に入ると、彼女もキッチンで何やら作業をしていた。


「九郎さん、昼食ですよ!」

「ご苦労。丁度コーヒーを淹れたから、一緒に飲もうではないかね」


 九郎は白のTシャツと黒いスパッツに着替えていた。胸は何かに巻かれているようで、少し潰れている。啓介の視線に気付いたのか、九郎はTシャツを捲り上げてその下を見せた。


「見たまえ。母乳対策にタオルを巻いているのだよ。我ながら中々に良いアイデアだとは思わないかね?」

「見せなくていいですからっ!」


 九郎は自分の事を男として見ていないのではないかと、啓介は時々情けなくなってしまう。

 つつがなく昼食を済ませて食後のコーヒーを飲んでいると、不意に九郎はにやりと笑った。


「どうだね? 啓介くん」

「どうって、何がです?」


 直後に、啓介は九郎からの宿題を思い出す。


「ああ、色々と調べてみましたよ」

「そのようだね。入浴法は参考にさせてもらったよ」

「……ん? まだ何も言ってませんよね……?」

「おや、伝えていなかったかね。君に渡したパソコンの検索履歴、ボクの端末で確認できるのだよ」


 途端に、啓介の顔が面白い程真っ青になる。


「まさか君が、ボクの母乳で劣情を催してくれるとはね。嬉しくなったものだから、コーヒーに入れてあげたのだよ。?」


 既に飲み干してしまったカップを見て、今度は啓介の顔が真っ赤に熱を帯びる。


「じょ、冗談ですよね……?」

「嘘だよ。勿論嘘だとも。ボクがそんな事をする人間に見えるかね?」


 見える。だがそんな事は口が裂けても言えない。


「業務中にボク以外の女で致すのは感心しないな。今度から我慢できなくなったら、ボクに直接言いたまえ。福利厚生の一環として、幾らでも提供しようじゃないかね」

「け、結構ですッ!」


 啓介は素早く食器を片付け、そそくさと九郎の部屋を後にする。部屋に隠していたいかがわしい本を親に発見されたような、怒りにも近い感情が湧いていた。


「やっぱり頭がおかしいよ、あの人……!」


 口では文句を言いつつも、仕事中に私的なネットサーフィンを行っていたのは明らかな自身の過失である。自分の不甲斐なさに落ち込みながら、啓介は自室に戻ってパソコンと向かい合う。真面目に業務をしている姿勢を見せて、挽回を試みる事にした。

 とはいえ仕事らしい仕事がある訳でもなく、取り敢えずアカチャネルを立ち上げてみる。

 今朝目にした件のチャネルは既に更新が止まっており、ランキングの下位へと追いやられてしまっていた。

 アカチャネルでは1000位圏外で二十四時間が経過すると自動的にチャネルが消える為、このチャネルも明日の昼頃には消えているだろう。

 ふと〈女の部屋に入り込む方法〉が気になった啓介は、目を閉じて儀式を試してみる事にした。自分に不思議な力が有るという認識も、戯れの背中を押す。

 瞼を閉じて、少し不謹慎ではあるが、チャネル内で語られた顔も名も知らぬ女を犯してやると強く念じてみる。そのまま数秒。特に何かが変わった実感も無い。

 考えてみれば当然だ。今はまだ昼過ぎであり、儀式に必要な最低限の条件さえ満たしていないのだから。馬鹿らしくなった啓介は目を開ける。

 視界に映り込んだのは、自分の部屋ではなかった。だが、その部屋を啓介は知っている。

 視線を背後に向けると、そこにはベッドに横たわる九郎の姿があった。

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