第6話 ダルメシアン大佐

 ダルメシアン大佐は、陰気な雰囲気の若い大佐で、真ん中分けにしたグレーの長髪をかき上げた。

 執務机に座ったまま俺の相手をしたが、居丈高な雰囲気はなく、あくまで実務的だ。

 俺は立ったまま、気難しい上官を相手にする気分で応じる。


「忙しいので、このまま失礼する」


「気になさらないで下さい」


「書類を」


「はっ!」


 俺は大型輸送船五隻分の書類をダルメシアン大佐に渡す。

 積み荷は冷凍コンテナ処理をしたジャガイモだ。


「食料は助かる。それにジャガイモは栄養豊富だ。ジャガー男爵令息。感謝する」


「はっ! 我が領民が手塩にかけて育てたジャガイモです。味に自信があります」


「非常に結構」


 俺は嬉しかった。

 昨日は、ピーナッツ伯爵のバカ息子に散々いじめられたが、ローエングリン侯爵の元帥府では、きちんと対応してもらえている。


 このダルメシアン大佐は陰気な雰囲気で淡々と話す人だが、話している内容自体はフレンドリーだ。

 ジャガバターを食べさせてあげたい。

 ホフホフ言いながらジャガバターを食べるダルメシアン大佐を想像して、俺は内心吹き出す。


「元帥閣下からは、よい値段で買い取るように申しつけられている。この値段でどうだろうか?」


 ダルメシアン大佐は、金額をメモに書いて俺に渡した。

 金額は二百億帝国マルク。

 相場より三割以上高い!


「よろしいのですか? 随分高く買い取っていただけるようですが?」


「現在、帝都では食料がかなり値上がりしている。理由はわかるかな?」


 ダルメシアン大佐は、無表情な目を俺に向けた。

 俺をジッと観察する目だ。

 帝都の状況を理解しているかどうか俺を計っているのかな?


 俺は静かに知っていることをダルメシアン大佐に告げる。


「恐れ多いことですが、万一皇帝陛下が崩御された場合、後継者争いが起るかもしれない。つまり内乱に発展する可能性がある……ということですね?」


「そうだ。大型輸送船五隻分の食料は、是が非でも確保しておきたい」


「ありがとうございます。この価格で販売させていただきます」


 納品場所は宇宙艦隊の倉庫。

 支払いは銀行振り込みジャガー男爵家の口座宛で、ジャガイモの引き渡し後に振り込みと決まった。


 細かい所を詰め終わると、ダルメシアン大佐は俺の船団について聞いてきた。


「ところで、貴殿の船団は戦艦一隻、大型輸送船五隻と聞いているが?」


「はい。その通りです」


「戦艦は旧式らしいが?」


「ドレッドノート型です」


「それは……老朽艦だな……」


 悪気はないのだろが、ダルメシアン大佐の直球過ぎる言葉に、俺はカチンと来た。


「はっ! ですが、メインテナンスはしっかり行っています。外部装甲とエネルギーシールドは健在です」


「武装は?」


「ミサイルポッド一基と長距離ビーム砲一門が生きています。近距離迎撃用のレーザー機関砲は上下左右に一基ずつ」


 本当はもっと武装のある戦艦なのだが、帝国軍から払い下げられた時点で、ほとんどの武装は故障していた。

 予算がないので、壊れた武装は取っ払ってしまった。


 それに1500メートルの戦艦を百四十人で動かすのだ。

 艦の制御システムは、最新型のAIでかなり自動化されているが、大量の武装を動かすには人手が足りない。

 このくらいの武装で丁度よいのだ。


 だが、ダルメシアン大佐は不満げだ。


「武装は戦艦として物足りない」


「まあ、相手にするのは宇宙海賊ですから。あの……何か?」


 なぜ、こんな根掘り葉掘り俺の戦艦ジャガーノートについて聞くのだろう?

 俺は嫌な予感がした。


「私がつかんだ情報を教える……。内密に……。近日中に皇帝陛下は崩御されるだろう。ご容態が悪く宮廷の医師団は、絶望的だと言っているそうだ」


「それは……!」


 重大な情報に俺は言葉を詰まらせた。

 ダルメシアン大佐は、顔色一つ変えない。

 しかし、なぜ、そんな重大な情報を俺に話す?


「皇帝崩御となれば、後継者争いは激化する。すなわち名門貴族派が推す皇弟殿下か、宰相が推す王子か」


 王子は、まだ幼く、噂によると気性が荒く、よく癇癪を起こすらしい。

 そのせいか、立太子されていない。

 つまり正式な後継者は定まっていないのだ。


 後継者の定まっていない状況で、皇帝陛下が崩御すれば、混乱が起きるのは必然……。

 武力闘争に発展するのか……。


「しかし、宰相閣下は宮廷貴族で領地を持っていません。武力をお持ちでないでしょう?」


 名門貴族派の貴族たちは、領地を持っている。

 領地を防衛するための領地軍、つまり私兵を持っているのだ。


 宮廷貴族の宰相閣下は、宮廷内の政治には長けているが、実力行使の内乱となったらひとたまりもない。

 どこかから戦力を調達する必要がある。


 あっ……まさか……!


 ダルメシアン大佐は、俺が気付いたのを見て取り静かに告げた。


「ローエングリン侯爵は、内乱の際は宰相閣下にお味方する。卿も準備をしておくように」

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