第4話 怒濤のウルフ先輩

「はあ……困ったな……」


 俺は帝都にある将校クラブで酒を飲んでいる。

 ここは帝国軍将校だけが入店出来るバーだ。


 この店は、若い将校への福利厚生として帝国軍が経営している店だ。

 安くて旨い料理と酒が味わえる――と士官学校時代に噂を聞いていた。


 初めて来たが料理は旨いし、酒も良い!

 店の雰囲気もほどよく上品で、奥のステージではドレスを来た歌手がスタンダードナンバーを歌っている。


 俺はカウンターで一人、チビチビとウイスキーをなめていた。


「おや? デイビス? デイビス・ジャガーじゃないか!」


「えっ? おお! ウルフ先輩! お久しぶりです!」


 俺に声を掛けてきたのは、士官学校で四期上のウルフ先輩だった。

 士官学校で俺がいじめられている時に、ウルフ先輩が助けてくれたことで知り合った。

 ウルフ先輩は相変わらず精悍な顔をしていて、元気いっぱいだ!

 帝国軍の軍服がよく似合っている。


 俺はウルフ先輩に隣の席を勧め、二人で飲み始めた。


「先輩の噂は聞いていますよ。ご活躍だそうですね!」


「どうやら武運に恵まれたようだ」


「武運だけですか? その指輪は? ご結婚されたのですか?」


「ああ! 幼馴染みと!」


「おめでとうございます! 乾杯しましょう!」


 俺とウルフ先輩は、グラスをぶつけ一気にウイスキーを飲み干す。


 先輩は准将になっていた。

 准将になると提督と呼ばれ、艦隊を指揮することが許される。


 ウルフ先輩は平民出身なので、士官学校を卒業した時は准尉だったはずだ。

 四年で准将になるのは、尋常でない出世だ。


 さすが『怒濤のウルフ』とあだ名されるだけある!


 ウルフ先輩の戦場話を聞きながら、杯を重ねる。

 しばらくするとウルフ先輩が俺に水を向けた。


「デイビスは、なんで帝都にいるんだ? お父上が治める男爵領に帰ったと思っていたぞ」


「一度、故郷に帰ったのですが、父の命令でジャガイモを売りに来たのです」


「ジャガイモ?」


「ええ。今年は豊作でして」


「それは良かったな! で、売れたのか?」


「それが……、先ほど名門貴族派に売り込みをかけたのですが――」


 俺はウルフ先輩に、先ほど起ったことを愚痴混じりに話した。

 ウルフ先輩は、真面目に俺の話を聞き、眉をひそめた。


「うーむ……ピーナッツ伯爵の息子か……。立場が強いのはわかるが、同期生に敬意を払わないのはいただけないな」


「あちらは帝都で音に聞こえたピーナッツ伯爵家。こっちは辺境星域の田舎男爵家ですからね。まあ、仕方ないですよ。ははは……」


 俺は乾いた笑いを漏らす。

 ウルフ先輩が、同情のこもった優しい目を俺に向ける。


「それで、ジャガイモをピーナッツ伯爵に献上するのか?」


「まさか! 領民たちが汗水垂らして育てたジャガイモですよ! 一帝国マルクでも高く売るのが俺の仕事ですよ!」


「うむ。なかなか立派な心がけだな! それでジャガイモはどれくらいあるんだ?」


「大型輸送船五隻分です」


「ほう! 結構な量だな! ジャガイモは痛まないのか?」


「冷凍コンテナ処理をしていますから、五年はもちますよ」


「ふむ……」


 ウルフ先輩は何やら考え出した。

 しばらくして、口を開く。


「ジャガー男爵領から帝都まで、航路に宇宙海賊が出るだろう? 護衛はどうした?」


「帝国払い下げのオンボロ宇宙戦艦で護衛してきました」


「ほう! 宇宙戦艦を持っているのか! 中古とはいえ立派だな! 型式は?」


「ドレッドノートです」


「それはまたクラッシックな船だな!」


 ウルフ先輩が、嬉しそうに口元を持ち上げた。

 この先輩は船が好きなんだ。


 俺は先輩に向かって胸をはる。


「旧型艦でゴツイし、ノロいしで、最新型には及ばないですが、宇宙海賊相手なら無双しますよ」


「確かにな! 宇宙海賊の武装では、戦艦の装甲は貫けまい。艦名は?」


「ジャガーノートです」


「家名を冠した旗艦か! うん! 良い名前だ! では、ジャガーノートに乾杯!」


「ありがとうございます! 乾杯!」


 二人でウイスキーを開ける。

 するとウルフ先輩は、真面目な顔で声をひそめた。

 俺は何事かと身を乗り出す。


「なあ、デイビス。そのジャガイモをローエングリン侯爵に売らないか?」


「えっ!? ローエングリン侯爵!? あの有名な!?」


 ローエングリン侯爵は、帝国軍の出世頭、黄金の新星と呼ばれる若き名将だ。

 士官学校は俺の三期上だが、卒業後武勲を重ね、あっという間に元帥に叙せられた。


 ただ、ローエングリン侯爵の姉君は皇帝の愛人で……。

 だから、ローエングリン侯爵は、高位貴族から陰口をたたかれることが多い。

 皇帝陛下のご寵愛を受けた姉君の七光りだと、士官学校で口さがない連中が噂していた。


 そりゃ、ローエングリン侯爵の出世に姉君の影響は少なからずあるだろう。

 だが、実力がなければ、武勲を重ねることは出来ない。

 ローエングリン侯爵の力は本物だと俺は思っている。


 ウルフ先輩は、誇らしげにローエングリン侯爵のことを話し始めた。


「ローエングリン侯爵は、宇宙艦隊司令長官に就任された。侯爵閣下は補給も重視するお方だ。喜んでジャガイモを買ってくれるぞ!」


「それはありがたいですが……」


 俺は歯切れの悪い返事をした。

 ウルフ先輩は、俺をのぞき込む。


「嫌か? ローエングリン侯爵は?」


「いえ! そんなことはありません! ただ、ローエングリン侯爵にコネがないのですよ!」


「なんだ! そんなことか! 実はな。俺はローエングリン侯爵にお仕えしているのだ」


「そうなんですか!?」


 驚いた。

 ウルフ先輩がローエングリン侯爵に仕えているとは……。


 帝国で昇進するには、武勲にプラスして後ろ盾が必要になる。

 平民出身のウルフ先輩は、後ろ盾にローエングリン侯爵を選んだのだ。

 なるほど、それで准将にスピード出世出来たのか!


 俺はローエングリン侯爵に話題を移す。


「ローエングリン侯爵は、元は下級貴族のご出身ですよね? 下級貴族や平民にもお優しいと聞きますが、どうなのでしょう?」


「噂通りの方だ。ローエングリン侯爵の周囲は、平民や下級貴族出身の将官が多い」


「ということは……。優秀な人が多いということですね?」


 俺の質問に、ウルフ先輩はニヤリと笑ってウェイターにウイスキーを二つ注文した。

 ストレート、チェイサーには水。

 つまみはバターピーナッツ。


 新しく来たウイスキーを一口飲む。


 帝国軍では名門貴族出身でないと出世出来ない。

 主要なポストは名門貴族家で占められてしまう。

 平民出身者や下級貴族出身者は、なかなか昇進できない。

 逆に見れば……、平民や下級貴族出身で昇進している者は、優秀な人物が多いということだ。


「ウルフ先輩は優秀だ。同僚も優秀な方なのでしょう?」


「ローエングリン侯爵は能力主義だ。有能なら出自は問わないお方だ」


「良いですね。まあ、俺みたいな田舎のボンクラはお呼びではないでしょうが」


「さて、どうかな?」


「えっ?」


 俺はウルフ先輩の意外な反応に驚く。


「俺の士官学校の成績は平凡そのものですよ。今をときめく、ローエングリン侯爵閣下にお仕えできるような人間じゃありませんよ!」


「そうかな? 士官学校時代に課題を見てやったろう? 艦隊の動かし方は、なかなか個性的で面白かったと記憶しているぞ」


「でも戦略講義の成績はBでしたよ」


「デイビスは教科書通りではなかったな。だが、実戦はわからない。まあ、とにかくローエングリン侯爵に会ってみろ。紹介してやるから」


 まいったな。

 ウルフ先輩は俺を買いかぶりすぎだ。


 しかし、ジャガイモをローエングリン侯爵が買ってくれるならありがたい。


「ええと……よろしくお願いします!」


 俺はウルフ先輩の申し出を受けることにした。

 ウルフ先輩とウイスキーで乾杯をし、俺はツマミのバターピーナッツをかみ砕いた。

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