第2話 辺境星域のジャガー男爵家

「デイビスよ。帝都でジャガイモを売ってきてくれ」


「えっ!? あの……父上……。今、帝都から帰ってきたばかりですが……」


 俺はデイビス・ジャガー。

 ジャガー男爵家の嫡男だ。


 帝都にある帝国士官学校を無事に卒業し、故郷に帰ってきた。

 帝都で五年生活していたが、故郷のジャガリット星は変わらない。


 ジャガリット星は大銀河系の隅っこにあるノンビリとした農業惑星で、住民のほとんどは農業従事者だ。

 領民たちは、帝都から戻ってきた俺を暖かく迎えてくれた。


『ぼっちゃん! ぼっちゃん!』

『デイビス様! お帰りなさい!』


 ジャガー男爵領のような辺境星域では、帝都の士官学校を卒業した人間は超優秀なエリートだ。

 さらに、俺はジャガー男爵家の跡取り、つまり未来の領主なのだ。


 領民たちは大歓迎で、パレードになってしまった。


 だが、領主屋敷で再会したジャガー男爵家当主の親父は、すっかり老け込んだ。


 無理もない……。

 母は俺が幼い頃に亡くなり、俺も五年前に帝都へ向かった。

 親父は一人でジャガー男爵家を支えてきたのだ。


「おおう! デイビス! よく帰ってきた! ああ、大きくなったな! 母親によく似ている!」


 俺は母親似で、母から明るい茶色の髪と整った顔を受け継いだ。


 あいにくと親父にはあまり似ていない。

 親父は禿頭に鷲鼻で、童話に出てくる悪い魔法使いみたいな風貌だ。


 それでも親父は俺を非常に可愛がってくれた。


 俺は親父が年老いて出来た子供なのだ。

 たった一人の子供が、年を取って産まれた。

 きっと親父は嬉しかっただろうな。

 だから、俺を大事にしてくれる。


 そんな年老いた親父を労って、故郷でノンビリ過ごそうと俺は考えていた。

 だが、故郷に戻ったら開口一番『帝都でジャガイモを売れ!』だと!?

 どういうことだろう?


 俺は親父に理由を聞く。

 親父は執務机に両手を置き、真面目な口調だ。


「今年のジャガイモは、近年まれに見る豊作なのだ。正直、余っていて我らジャガー男爵領では消費しきれん」


「ふーん。だったら商人に売るか、近隣の貴族領に売れば良いじゃないか」


「ダメだ! 我らジャガー男爵領が豊作だったことを、出入り商人や近隣貴族たちは知っている。買い叩かれるのがオチだ!」


「それで帝都で売ってこいと……」


 うーむ。

 親父も結構考えているんだな。

 老け込んで見えても、頭脳はまだまだ明晰か!


 だが、俺は帝都には戻りたくない。

 今、帝都では皇帝の後継者争いが起っており、宮廷内は派閥争いの舞台になっているのだ。

 派閥争いの影響は、俺が在籍していた士官学校にも及んでいた。


「父上。今、帝都に行くと面倒なことになると思いますよ」


「知っている。皇帝陛下のご容態が思わしくないのだろう? 後継者をめぐって争いが起っているのだろう? だからこそ帝都でジャガイモを売れ!」


「えっ!?」


 俺は驚き親父を見る。

 親父は悪そうな笑みを浮かべ楽しそうだ。


「派閥争いがエスカレートすれば、内乱になる。もちろん、内乱になると決まったわけではないが……」


 親父がトントンと指でテーブルを叩く。

 皇帝陛下の崩御から内乱……帝国臣民にとっては、最悪のシナリオだ。

 そんな最悪のシナリオを想定して商売しようとする自分に良心の呵責を覚えているのだろう。


 俺は親父の気持ちを楽にしようと、わざと軽い口調で応じた。


「まあ、みんな内乱に備えているだろうね」


 内乱なんてならない方が良いが、事態はどう転ぶかわからない。

 この帝国では、皇帝の後継者争いから内乱になったことが、歴史上何度もあるのだ。


 親父は、俺の軽い口調を聞いて、気持ちが少し楽になったのだろう。

 また、悪そうな笑みを浮かべた。


「デイビス。内乱になれば何が必要だ?」


「そりゃ……、宇宙戦艦、エネルギーや弾薬、兵士に……食料か!」


「そうだ! 内乱に備えて帝都の貴族は食料を買い込んでいるに違いない……。デイビスよ! 帝都でジャガイモを高く売ってこい!」


 なるほど! 親父も考えたな!

 確かに内乱に備え食料は必要だ。

 帝都の貴族たちが、我がジャガー男爵領のジャガイモを高く買ってくれると期待できる。


「わかった。もう一度帝都に行ってくるよ!」


 こうして俺はジャガー男爵領のオンボロ輸送船と、これまたオンボロの中古宇宙戦艦に乗って帝都へ向かって出発した。


 オンボロ輸送船には、冷凍コンテナ処理をしたジャガイモが満載されている。

 さて、買い手がつくかな……。

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