第4話 弟との関係

「アッシュ」

 私は立ち上がって自然に弟の名を呼んでいた。それは私の意思というより、もしかするとロザリアの意思だったのかもしれない。

 懐かしい響き。随分、その名を私ーーいやロザリアは呼んでいなかったのだろう。その呼び名まではわからないが、主人公をいじめていたように、弟をいじめていたことをゲーム知識から私は知っている。

 それを裏付けるように、アッシュも自身の名前を呼ばれた時に一瞬目を見開いたのを私は見逃さなかった。

「お目覚めになられてなによりです。姉様の息災を見られただけで満足です。お身体に障るので僕は失礼致します」

 弟に近寄ろうとしたところ、弟は静かにドアを閉めて出ていった。

 私はベッドの近くの中途半端な位置でぽつんとやり場なく立っている。

 家族としての最低限の接触を済ませただけ、と言った風だ。多分、それだけのことをしてきたのだろう。

「私、嫌われてる?」

 アイナに向けて言うと、彼女は、

「ええと……」

 言葉を濁して、目を逸らしてうつむいた。私、間違いなく嫌われている。

 私はアイナの両肩を掴んで言った。

「私、頭を打ったせいで色々なよく覚えていないの。アイナ、私がアッシュのことをなんて呼んでいたか、教えて」

「けれど、それは私がアッシュ様を侮辱することになってしまいますので…」

「アイナ、顔をあげて」

 アイナの怯えた瞳と私の瞳が交差する。

「今までの私がどうかは知らないけど、今の私があなたを罰することはない。今後も、絶対に。約束する。だから、怯えないで。怖がらないで。アイナ、私にはあなたが頼りなの」

 肩を掴んでいた手を背中に回し、彼女を抱きしめた。ちょっと力を入れれば折れてしまいそうな細い身体を、私野手は優しく包み込む。

「ロザリア様はアッシュ様のことを……愚弟、や、できそこない、とお呼びになられていました」

 悪役令嬢と言うだけはある。どうやったら傷つくかということを完璧に理解している。相手の弱みを見つけ、それをえぐる。

「理由と致しましては、アッシュ様はーー」

「ーー血の魔法を継いでいないから」

「思い出されたのですね!?」

「ちょっとだけね」

 思い出したのではなく、ゲーム知識だけど。

 ブラッドレイン家の血の魔法は希少である。キミパスの設定資料によると、ブラッドレイン家以外には血の魔法を使える者はいない。血の魔法は医療に用いられ、かつては王家直属の医者として重宝されていたとかなんとか。今から数百年も前の話だけども。回復魔法の台頭によって絶大な権力はなくなったものの、血を生み出す魔法、それの価値は依然として存在している。回復魔法では失われた血までは戻らない。あくまで治癒するだけなのだから。そのため、ブレッドレイン家はバレス国の有数な貴族として存続した。

 魔法は通常1系統しか覚えられない。私ーーロザリアの場合、血の魔法しか使えないというわけ。まあ、キミパスの主人公はちょっと特殊でいろんな魔法が覚えられるんだけど。

 そして、この世界の魔法は遺伝する。どうやって調べるのかは知らないけど、魔法には生物学のように、顕性と潜性がある(ちょっと前に生物の授業で習った)。父親が火の魔法を受け継いでおり、母親が氷の魔法、子供はほとんどの場合で火を受け継ぐ、みたいな。

 アッシュの場合は血の魔法が顕性ーーつまりほとんどの場合、血の魔法を受け継いで生まれてくると事前に調べていたはずだが、不運なことに血の魔法ではなく母親の火の魔法を継いだ。髪の色も、ブラッドレイン家特有の赤でなく銀。これが、できそこないと罵られる理由。だからと言って罵っていいわけではないのだけど。

「アイナ、言いづらかったでしょ、ありがとね」

 抱きしめるのをやめて、彼女の頭を撫でる。

「あ、あの、ロザリア様が私なんかの頭を撫でるのはもったいないです!」

 アイナは照れながら上目遣いでそう言った。何がもったいないかはわからないけど、怯えた目で見られるよりずっといい。

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