第3話 弟の登場

 再び目を覚ますと、私を心配そうに見つめる少女の目が近くにあった。どうやら数分意識を失っていたようだ。

「大丈夫ですか、ロザリア様」

 ああ、やっぱり夢じゃなかった。

 ベッドから身体を起こしたが、少しだるい。頭が重い。

「あの、あなたは?」

 メイド少女に向かって問いかける。

「私はロザリア様にお仕えするメイドのアイナです。からかっておられるわけでは……ありませんよね?」

 少女はおずおずとそう言った。明らかに私に対して怯えている。

 アイナ。聞き覚えがある。この聞き覚えは、この身体が覚えている記憶なのだろう。感覚と言うべきか。

「からかうわけないわ」

 意識しないと言葉に棘を生やしそうになる。きっと、ロザリア・ブラッドレインはいつも棘を生やし、この子がその棘で傷つくのを見るのが楽しんでいたのだ。

「アイナね。名字は?」

「下級市民なのでそのようなものは……」

 目を伏せながらアイナは言った。

 ゲームでは登場人物はみんな名字つきだった。メインの登場人物が貴族出身だからだろうか。主人公ーーつまり、悪役令嬢でなくロザリア・ブラッドレインを倒す存在である彼女もほぼ庶民であるが、実態は没落した貴族である。

 アイナはゲームに出てきていないので私が彼女のことを知らないのも無理はない。あくまでロザリアは敵キャラであり、彼女の生い立ちなどはざっくりしたものしかゲーム内では語られていない。

「アイナ、私混乱してるみたい。何が起きたのか、事情を説明してくれないかな? 頭の怪我とも言っていたよね?」

「は、はい! ロザリア様は二日前、馬車での帰り道で走行中に馬車から出ようとし、その際に踏み外して地面に頭から落下して石に頭をぶつけた、と伺っております」

 随分アホなことをしてるな?

「二日前って、私はずっと寝ていたの?」

「はい。外傷は大したことなかったのですがお目覚めにならず、皆心配しておりました。お医者様からはすぐ目覚めるだろうと言われていたのですが」

 私はそれを聞いて少し考え込む。

 その時にロザリアはもう死んでいたのではないか?

 外傷がなくても脳内出血や脳に損傷があって死ぬ。それは現代の交通事故では珍しいことではない。 

 そして私、名掛明日花の魂が、いやどんな理由でこうなったかはしらないけど、ロザリアの身体に入り込んだのだ。入れさせられた、が正しいかもしれない。

 だって、神様ならそれぐらいのことはできる。たとえ脳内出血があっても、身体に魂をいれる時についでに治しててもおかしくない。

「なんで私がそんなことしたのか聞いてる……?」

「山道を通る必要がありました。その時、うちの御者の腕が悪いのか随分揺れたらしく、ロザリア様はそれに怒って直接叱りつけようと馬車の扉を開けたところで大きく揺れ、そのような悲劇に見舞われてしまったのです」

 そんなアホアホエピソード、ゲーム内で語られたことはない。

「ロザリア様は、その、正義感が…お強いところがありますので」

 まるで、キレやすいという表現を優しく生クリームでコーティングしているかのような。

「それでですね、ぶつけたところを見た方が良いかと思われます。箇所は左眉の上と伺っております。私が顔をお触りするわけにはいかないので」

 少女は手鏡を取り出して、私に見せながら言う。鏡の中の私は冷めた表情をしていた。

 その冷たさを和らげようとしたのだが、この顔、口角を上げるのにひどくエネルギーを要する。

 口角を上げると少しだけましな表情になったが、その顔を見慣れていないアイナは逆に怖がった。

 髪を上げるとコブが見えたと同時に若干の痛みが走った。私は顔をしかめる。コブの近くの髪だったのでコブを刺激したのだ。

「お医者様は一週間もすれば腫れは引くだろうと仰っていました。幸いにも、目立たない場所でよかったです」

「それは気にしてないから大丈夫」

 ベッドから出ようとすると、

「まだ安静にしてしておられた方が…!」

 アイナが止めに来る。起き上がると確かに体調がまだ万全でないことがわかる。

けれど、私は確かめなければならない。

私がロザリア・ブラッドレインであること?

それはもう確かめる必要はないほど納得している。

確かめるべきこと、それは ここが私の知っている乙女ゲー『キミパス』の世界なのか、だ。それによって色々変わる。できることも、やるべきことも。

ここがキミパスの世界ならーー私は確実に破滅フラグを背負っているのだから。

「ロザリア姉様」

 部屋の扉が開いて男が現れた。銀髪短髪、肌は白人のそれというよりも浅黒いスペイン人のようで、背の高い男なのだが、顔立ちにはまだ少年の部分を多く残している。ロザリアのひとつ下なので少年っぽさが残るのは当たり前か。その髪、肌、顔立ちを現代で言えばチャラ男と表現されてもおかしくないが、貴族の洋装をした彼をそのように言う者はいない。

 アッシュ・ブラッドレイン。キミパスの攻略対象の一人で、ロザリアの叔母夫婦の子供で、事故で夫婦が亡くなった時に養子に迎え入れられたはずだ。つまり、彼は従兄弟に当たる。

 やっぱりここ、キミパスの世界なのかも。

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