第30話

「何やってんのよ!?男と二人っきりでイチャイチャして!?それでもジョシュア兄さまの婚約者なの!?」


見知らぬ赤毛の少女に突然怒鳴りつけられてアリシアは戸惑った。ブレイクも言葉を失っている。


「あの、あなたは一体……?」


ジョシュアには妹はいなかったはずだ。


パタパタパタと軽い足音がして、彼女の後ろから侍女が追いかけてきた。


「お嬢さま!?何をなさっているのですか!?アリシア様のお邪魔をしてはいけないとジョシュア様からも言われておいでではないですか!?」


「なによ!?この女はね、図々しくサイクス侯爵家で面倒みてもらっている癖に、ジョシュア兄さまのことをないがしろにしているのよ。全く厚かましいんだから!?婚約者がいるのに他の男と二人きりで楽しそうに話しているなんて、ふしだらだわ!浮気よ!浮気!」


コホンという小さな咳払いが聞こえて、部屋の隅に控えていたミリーが進み出た。


「恐れ入りますが、この屋敷では常に私がアリシア様に付き添わせて頂いております。お二人のお話の内容に聞き耳を立てるようなことはございませんが、何も疚しいことがないのは私が保証致します」


ミリーの言葉を聞いても少女は納得しない。


「あんたみたいな図々しい女はこの屋敷から出ていきなさいよ!!!」


騒ぎを聞きつけてジョシュアとサイクス侯爵夫人が現れた。


「まぁ、レイリ!?何をしているの?アリシア、邪魔をしてごめんなさいね。それに、殿下の前で身内の者が大変なご無礼を致しまして誠に申し訳ありませんでした」


夫人がブレイクに頭を深く下げるのを見て、レイリと呼ばれた少女の顔色が変わった。


「……殿下?」

「ああ、僕はこの国の第二王子だが、公式訪問ではないし気にしなくていい。しかし、アリシアに対する暴言の数々は許す訳にはいかないな」

「殿下!?私は全然気にしておりませんので……」


オロオロと首を振るアリシアに、レイリがなおも言い募った。


「なによ!?なによ!?浮気しておいてエラそうな言い方して!?」


ミリーが再度アリシアの潔白を訴えると、サイクス侯爵夫人は力強く頷いた。


「勿論、アリシアのことを疑ったことはありません。殿下は大切な話があるのでサイクス侯爵家に来て下さっているのですよ。本当はジョシュアも一緒に話し合うべきなのですが」


夫人の語尾に「……まったくヘタレで」と小声で付け加えられた気がしたが、聞き間違いかもしれない。


アリシアを狙う者がいるようなので、その手がかりを捜すために話し合っている、と夫人やミリーには伝えてある。


「大変申し訳ありません。こちらはレイリ・サイクスと申します。主人の弟の娘で、普段は領地に住んでいるのですが……まさか、あなたが突然やって来るなんて知らなかったわ」


夫人に言われてさすがにレイリも気まずそうだが、それでも懲りずに小声で反駁する。


「だって!ジョシュア兄さまは婚約者との仲が悪いって話だったのに、最近になって仲良く王宮や舞踏会に行ったって噂が流れて……」


夫人の隣で黙って立っていたジョシュアに向かってレイリは訴えた。


彼女がジョシュアに向ける眼差しを見て、アリシアは悟る。レイリはジョシュアに恋しているのだろう。


(アイさんと一緒に出かけた時のことが噂になってレイリ様の耳に入ったのかしら?)


アリシアの胸がズキンと疼いた。


(私はジョシュア様と連れ立って舞踏会に行ったことなんてない。ここ何年もたまーーーに二人でお茶をするくらいだった。しかも、話題が続かず毎回一時間もしない内に解散していたし……不仲と言われたら確かにその通りだわ)


「それがお前に何の関係がある」


それまでずっと黙っていたジョシュアが地を這うような低い声を発した。


レイリはビクリと肩を揺らす。


「だって!だって!図々しい婚約者が使用人まで連れて侯爵家に居候になったとか……酷い話じゃない!?その上、やたら顔のイイ王子様と二人きりで楽しそうに話しているのよ!?ジョシュア兄さま、それでいいの!?」


「アリシアとブレイク殿下が話している内容は俺も把握している。浮気なんてアリシアの名誉を傷つけることを言うのは許さない。それに、彼女たちをここに連れてきたのは俺だ。俺の両親も兄も全員それで納得している。居候ではない。俺が頼んで滞在してもらっている大切な客人だ。何故俺の家族でもないお前に指図されなくちゃいけないんだ?俺からしたらお前の方がよっぽど図々しくて厚かましい」


ジョシュアの言葉は容赦ない。レイリの顔が泣きそうに崩れた。


(あ、泣いちゃう……ジョシュア様、言い過ぎよ。この子はジョシュア様のことが好きなのよ)


「うわーーーーーーん!!!」


レイリが子供のように泣き出した。


夫人と侍女が慌ててレイリを宥めながら部屋から出て行く。


残されたジョシュアは気まずそうに首の後ろをボリボリと掻きながら頭を下げた。


「・・・すまなかった。まだ子供なんだ。許してやって欲しい」


「ううん。ジョシュア様。彼女の言うことは尤もだわ。実は私もサイクス侯爵家の皆さんに甘えすぎではないかと気になっていたの」


アリシアの言葉にジョシュアが目を剥いた。


「えっ!?」


「ミリー達の意見も勿論聞いてみないといけないけど、私ね、一旦スウィフト伯爵領に行こうと思っているの。勉強になるし、ミリー達にとってもその方がいいんじゃないかなって・・・」


「はっ!?そんなっ!?領地はすごく遠いところじゃないか!?」


ジョシュアがあたふたと慌てている。いつもの冷たい表情が消えてパニックになっているようだ。


「うん。でも、やっぱりサイクス侯爵家にこれ以上お世話になるのは申し訳ないわ。レイリ様の言う通りよ。私は厚かまし過ぎたと思うの。アイさんは……ジョシュア様と仲が良くて親しかったから、ここに居ても自然だったけど、私は……その、ジョシュア様にとって……あの……好ましい人間ではないし、お役に立てる存在でもないので、やっぱりこれ以上甘える訳にはいかないわ」


多少婉曲的な表現を使いながらも毅然としたアリシアの態度に、ジョシュアはパクパクと口を開いて何かを言おうとするが言葉が出てこない。


「そうだね。それはいい考えかもしれない。ただ、新しい魔道具開発の目途がつくまでは王都に居て欲しいんだ。どうしても君の助けが必要だからね」


ブレイクが話に加わり、それは尤もだとアリシアは頷いた。


「……そうですね。正直言うと、これ以上長居するのは心苦しいのですが」


「じゃあ、僕に提案があるんだ。アリシアと使用人はみんな王宮に来ないか?領地に行くまでの一時的な滞在ということで」


「「「はっ!?」」」


ブレイクの提案を聞いて、その場に居た全員の声が揃った。

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