第11話
ジョシュアはアリシアの日記を読んだ時、天にも昇る心地だった。
幼い頃からずっとアリシアに恋していた。彼女は初恋の相手だ。
初めて会った時に、こんなに小さくて可愛い存在があるのかと胸が震えた。
それまでにも女の子に会う機会はあったが、大抵怯えた顔をして逃げられることが多かった。
母親は『野性味のある素敵な顔』と褒めてくれるが、ハッキリ言って目つきが悪く野蛮そうな顔をしている自覚はある。
しかし、アリシアは初対面から全く怯える様子がなかった。
たまたま剣術の鍛錬で傷だらけだったジョシュアを小動物のようなまん丸な目で見つめたアリシアは、ハンカチを水で濡らして冷やしてくれただけでなく、拙いながらも治癒魔法を使って傷を治そうとしてくれた。
まだ幼いアリシアに治癒魔法は難しかったが、その時の真剣な眼差しや長い睫毛にジョシュアはスコーンと恋の淵に落とされた。
その時からジョシュアのために治癒魔法を熱心に勉強していたことも日記を読んで初めて知った。
無愛想で武骨な自分はハッキリ言ってモテない。ジョシュアはそう信じている。
いや、実は隠れたファン層はいる。背は高いし顔も悪くない。何より騎士になるために鍛えぬかれたイイ身体をしている。
しかし、慎み深く彼の幸せを陰からそっと見守りたいという『推し』的なファン層であるため、ジョシュアがその存在に気がつくことはなかった。
***
「ああ、俺は一晩中彼女の日記を繰り返し読んだ。特に俺への愛情が語られる部分では、まるで詩のように美しい情景が浮かんだ。ああ、彼女は俺と早く結婚したいと言ってくれた・・・俺たちは慈しむように愛を育んでいくんだ!」
「おい、ポエマー!そんなに彼女が好きなら、なんで婚約を破棄したんだよ!それに日記によるとあんた、アリシアに冷たかったろう?!会っても沈黙ばかりでジョシュアが退屈してるんじゃないかって心配してたよ。だから、嫌われてると勘違いして身投げしたんだろうが!?ちったぁ、反省しろ!」
有頂天になってバレリーナのようにクルクル回っていたジョシュアはドスンと椅子に座ると大きく肩を落とした。劇画タッチになった顔に影が差す。
「自分の気持ちをはっきりと伝えなかったことは反省してる。俺もアリシアに好かれている自信がなかった。それに、俺はアリシアがてっきり他の男に恋していると思っていたんだ」
「誰と?日記にそんなこと書いてあったっけ?」
「彼女は嗜み深い淑女だから、婚約者以外の男のことなんて日記には書かないだろう。でも・・・城で、二人で話しているのを見かけたことがある。すごく、すごく楽しそうだった。その上、その方はアリシアに惹かれていると仰っていた」
「へぇ、アリシアはたまにお茶会とかに呼ばれて城に行っていたみたいだな。あまりいい経験はしなかったようだけど……。他の男に獲られたくなかったら余計に愛情表現が重要だったんじゃないか?」
「確かにその通りだ。だが、彼女があまりに愛おし過ぎて、近づいたら自分が何をしでかすか分からず怖かった。ああ!!!我慢せずに、欲望の赴くままにあんなことやこんなこともしておけば良かった!!!」
くっと拳を握りしめる強面のイケメンにアリシアは呆れ顔だ。
「へぇ、何をしようと思ってたの?」
思わずツッコむと、ジョシュアの顔が真っ赤に染まった。
「そ、そりゃ・・・・手を繋いだり・・・は、花を贈ったり・・・」
「ちゅうは?」
「ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅう・・・・!?だ、だめだ!そんなの!ふ、不謹慎だ!不謹慎だぞ!結婚前の男女がそんな不埒なことをしてはいかん!」
元の世界ではきっと中学生の方が進んでる。
「青春かよ!」
アリシアは爆笑した。
「でもまぁ、アリシアは城でも嫌がらせされてたみたいだな。明日城に行くんだろ?アリシアに舐めた真似しやがった奴らに会うかもな。ふふっ。楽しみだ」
「当然だ!俺のアリシアを悲しませるようなことをした奴らは、自分たちの仕打ちの責任を取ってもらわないとな。ふふふ、見てろよ」
何故だか二人はアリシアのことで意気投合している。
アリシアの日記を読んだアイは、彼女が疎外感を覚え、自分は独りだと感じている気持ちがよく分かった。
元の世界の自分と重なる部分が多くとても他人とは思えなかったのだ。
***
翌日、アリシアとジョシュアは王宮の魔術師に会うために王城へ向かった。
アリシアの意識を取り戻し、アイの意識を元の世界に戻せるかどうか相談をするためだ。
しかし、城に着くと早々にアリシアは派手なドレスを纏った貴族令嬢たちに捕まった。
「まぁぁぁ、アリシア様!偶然ですわね。すっかりご無沙汰ですわ!今からお茶会があるんですのよ。是非一緒に行きましょうよ」
どうやら王宮で貴族令嬢たちのお茶会が予定されているらしい。
「あらぁ、ジョシュア様とご一緒なんて珍しいですわね!」
「というより、ジョシュア様とご一緒のところを拝見するなんて初めてですわ!」
「いつもお独りですものね~!ほほほ」
大袈裟な素振りと口調に、そこはかとない悪意を感じてジョシュアは不安になる。
しかし、令嬢達は強引にアリシアの腕を引いた。
「是非アリシア様もご一緒しましょうよ!」
ジョシュアが止めようとしたが、アリシアは余裕の笑顔を浮かべた。
「ジョシュアさま、大丈夫ですわ。ジョシュアさまはどうか魔術師の方とお話ししてきて下さいませ」
(大丈夫かな・・・)
若干の不安を覚えながらも今のアリシアなら大抵のことは問題ないだろうと考え直した。
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