第7話

食堂に入ってきた継母グレースと継姉イザベラはそこにジョシュアが立っているのを見て、ギョッと目を剥いた。


「な、なぜジョシュア様がこんなところに!?」


「居てはいけないですか?私はアリシアの婚約者ですが?執事に通して頂きました」


「でも、事前に連絡くらい頂かないとこちらにも支度がありますから・・・ほほ。執事はもう年ですから・・・まったく気が利かないっ!」


傍らに静かに立っていた品のある老執事をグレースは睨みつける。


苛立ちを隠すように大きく息を吐くと、グレースは大袈裟な笑顔を浮かべてジョシュアに近づいた。


ジョシュアは薄い笑みを浮かべているが、その笑みが怖い。


「支度?アリシアを虐待して働かせているのを隠すための支度ですか?」


「な、なにを仰ってるんですか?」


継母は明らかに動揺した。


「床に皿を置いて、そこから食べろと言ったこともあるそうですね?俺のアリシアに何してくれやがんだ、あ!?」


「ジョシュア様!それは全てアリシアの嘘です。彼女は生まれついての大ウソつきなんです!そんな事実はありません!信じて下さい!」


必死の形相でイザベラが言い募る。


「ジョシュア様、それに・・・アリシアとの婚約破棄を受け入れたのはわたくしとの結婚を望んでおられるからでしょう?」


上目遣いでパチパチと瞬きをして媚びるイザベラの度胸にアリシアは感心した。


(今のジョシュアにアピールできるってのは心臓に毛が生えてるに違いない。スゲーな)


しかし、ジョシュアは眉を顰めて断言した。


「俺は君との婚約なんてこれっぽっちも望んでいない!」


彼は呆然自失のイザベラを完全に無視して話を続ける。


「先ほどアリシアの部屋を拝見しましたが、これまで案内されていた部屋とは別の酷く質素な部屋で彼女は暮らしているようですね?」


「そ、それは・・・一時的なもので」


「じゃあ、あのボロっちい部屋は彼女の部屋ではないと?」


「も、もちろんですわ。そ、そうです!補修が必要なのでその間だけの一時的な・・・」


「信用できん!それとこの二人のメイドたちは主(あるじ)であるアリシアに暴言を吐いた。俺ははっきりと聞かせてもらった。しかも、彼女に朝食も出さずに働かせようとしたんだ。どういうことですか?!」


それを聞いたグレースはメイドたちをキッと睨みつけた。二人がひぃっと震え上がる。


「まぁ、あなたたち。それは本当なの!?伯爵令嬢に対する無礼!許せませんわ。この二人は即刻、解雇(クビ)にします!」


「「そ、そんな、奥様・・・」」


情けない声を出すが、グレースは二人を無視して猫なで声でジョシュアに近づいた。


「ジョシュア様。大変申し訳ありません。でも、どうか今はお引き取り頂けないでしょうか?アリシアも病み上がりですし・・・」


「アリシアがこの屋敷で娘扱いされず、虐待されているのを放っておけるか!」


ジョシュアが凄むと迫力があるが、グレースはそれに怖気づくようなタマではない。


「あらん、ほほほ。アリシアがジョシュア様に何を言ったか存じませんが、わたくしたちは彼女を娘として適切に扱っておりますわ。虐待なんて縁起でもない・・・アリシアは空想で物を言うことがあって、わたくしたちも困っておりますの」


大袈裟に溜息をつくと、困ったように眉根を寄せて手を頬にあて首を傾げた。


カチカチに固定された長い睫毛の下の潤んだ瞳がヒシッとジョシュアを見上げる。可視化されたらきっとお色気ビームが出ていることであろう。


その時アリシアが魔道具の再生ボタンを押した。


+++++


『誰の許可を得てここに来たのです?!汚らわしい!』


『朝食を頂きに参りました。私はここの娘ですから食堂で食べても構わないですよね?』


『は!?何を厚かましいことを言っているの?あんたと一緒に食事なんて汚らわしい!空気が汚れたわ!もう食べる気失くした!』


『この家の娘はイザベラだけよ!本当にいけ図々しい!行くわよ!イザベラ!ミリー、あんたも付いていらっしゃい!』


++++


自分たちの声を聞いてグレースとイザベラは言葉を失った。


「あ・・・あ・・・」


口ごもる二人をジョシュアは睨みつけた。


「こんなところにアリシアを置いてはおけない。彼女は今からサイクス侯爵家で引き取る。それからお前たちが嘘をついて俺たちの婚約を破棄させようとしたことも分かっている。婚約破棄はしない。後ほど自分たちがしでかした罪の大きさを知るがいい。このままで済むと思うな!」


ジョシュアはアリシアと専属侍女としてミリーも連れて行くと宣言した。


更にアリシアを陰ながら支えていた古参の使用人も希望者は全員連れて行くと断言すると、流石にグレースの顔色が変わった。


「ジョシュア様、それは理不尽なお話ですわ。貴方様に我が家の使用人をどうこうする資格はございませんでしょう?」


しかし、それを聞いていた最古参の執事が前に出る。


「奥様。先日、私が年老いて働きが悪いから給与を下げると仰いましたね。不満なら解雇するとも。私は喜んで解雇して頂きたいと思います。私は正当なスウィフト伯爵の血統であるアリシア様にお仕えする者ですから、アリシア様について参ります」


「そ、そんなことが許される訳ないでしょう!貴方がいなくなったら伯爵家の品格が・・・他の若い執事なんて何も出来ない・・・」


「そんな私を気が利かない年寄りだと仰ったのは奥様ですが・・・」


絶句するグレースに向かって、執事は完璧な所作で美しい微笑みを浮かべた。


そして、本当に古参の使用人は全員執事に習って辞職することを希望した。


ジョシュアは満足そうに頷いた。


「大丈夫だ。全員サイクス侯爵邸で面倒をみよう」


彼らは意気揚々とスウィフト伯爵邸を後にした。


呆然と立ち尽くすグレースとイザベラを置いて。

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