異世界帰郷譚 〜異世界に転移してから故郷に戻るまで〜

隣シバ

第1話 リノン



 俺は波の音が聞こえる野原で一人嘆いていた。

 外は寒いが、体が火照っているせいで寧ろ暑く感じる。汗もかいてしまっていて、風邪を引いたかもしれない。



 高校はどうしよう、両親にはもう会えないのだろうか。


「兄さんは海外でも大丈夫かな」


 俺は心にも無い事を言った。出来の良い兄だし、白人美女の彼女でもできていることだろう。


 にしても俺はがんばっていい高校に受かったんだが、それも全部パーになったのか。


 俺はいわゆる異世界という場所に来てしまったのだ。帰れるかは分からない。

 この髪も元に戻るんだろうか。ワケは分からないが、こちらに来たときにシュワシュワといって色が抜けてしまった。あのときは髪が燃えていると思って焦ったものだ。



 正直泣きそうだ。この前まで義務教育に甘やかされ、子供として生きていた。

 なのに、大人と同じように自分の身は自分で守らなくちゃいけない。守ってくれる人は居ないし、治安だって日本と比べ物にならないくらい悪い。





 そうだ。こんなときはエッチな事でも考えて気を紛らわそう……。



「はぁ……」




 ため息をついた所で、後ろから気配を感じた。見られている。


 立ち上がってそちらをじっと見つめた。

すると、見たことない子供が顔を出して俺とにらめっこを始める。




「おーい、何見てるんだよ」


 俺は子供に声を掛けた。にらめっこは引き分けということで。


 言い方が強くならないように気をつけたつもりだったが、それでも子供にとっては怖かったらしい。

 子供はこちらに駆け寄って来た。


「す、すまん。お前がヴィスタの生まれ変わりみたいだったから」


「ヴィスタ?」


 なんだそれ。人名だろうか。


「その純粋な瞳、きっと人々の平穏を祈っているのだろう。まさにヴィスタの思考だ!」


 歯科医師のお姉さんの胸がたまたま頭に当たってしまったときを思い出してたなんて言えない……。


 あれは俺の人生で一番刺激的な出来事だった。


 ちなみに子供は十歳くらいに見えた。

 街にいた衛兵さんみたいな話し方のせいで、年齢の判定が鈍る。これも地方とかが違ったりすれば子供の話し方になるのだろうか。   

 異世界語は突然できるようになったから、まだ理解が浅いのだ。


 この子は女児……いや男児だろうか。顔や体型は大きなマントで良く見えない。

 


「ヴィスタって誰だい?」


「ヴィスタはハイメルナ王国の国王の名だ。竜族とリザードマンと鳥族と……主に亜人の国の王なんだ」


「へぇ。じゃあ、君はそのヴィスタとはどんな関係なの?」


 俺の前世は王様だったってこと?

 まあ、子供の戯言だと思うが一応付き合ってあげよう。丁度寂しかったところだし。


「ヴィスタとは結婚したんだ! だからおれも王様なんだ!」


 け、結婚?! この子、女の子だったのか? いや、おれって言っているし、男の子かな……?


「へ、へえ。君も王様なんだ。」


 俺が動揺すると、彼……もしかしたら彼女? は何か懸念があるような顔になった。


「すまん、封印されている間に年月が経って言語も変わっていてな。途中に居たゴロツキの話し方を真似ているから、意味が分かりにくかったか?」



 封印……? 辺境の村から来て訛りが酷いことに気づいたとか、そういう事だろうか。


 にしても性別が分からんな。聞いた方が良いだろうか。いや、この世界では分かりづらくても女性に性別を聞くのは失礼になるんじゃ無かったっけ……。女の子だったら失礼になっちゃうな。ああめんどくさい。


 名前を聞いて男性名かで判定するか。


「ねぇ。君の名前はなんて言うの? あ、俺はケイって言うんだ。ケイ・ヒガノね」


「おれはリノンだ。リノン・ベール・ハイメルナ。竜族だ」


 リノン……多分男だと思う。

街にリノアって子が居たけど、その子は男だった。

 にしても竜族か。やっぱりここはファンタジーの世界なのだ。

 ファンタジーと言っても、俺の想像するファンタジーとどれだけ違いがあるかは分からないが。


「へぇ。リノンくんか。カッコイイ名前だね」


「か、かっこいい……? まあ、うれしいけど。あとくんはやめろ。呼び捨てでいいぞ」


「分かった」


 保護者らしき人物が近くに居ないが、リノンは迷子なのだろうか。ボロボロで土まみれのマントを着ているし、森から来たのか?



 冷たい風が吹くと、リノンは身震いをした。


「寒い! 今は衰弱している状態なんだ。 体温を作れないから暖めろ」


 リノンは急に抱きついてきた。ずいぶん細い体だ。確かにこれは衰弱している。

 俺は心配になった。


 なんだが体から力が抜けて火照りが少し解消される感じもある。リノンがひんやりしているからだろうか。


 心地いい。


「ふふっ、アホ毛まで一緒だ……」


 リノンは俺のアホ毛に触れてきた。


「お前の少しだけ掠れた声、久し振りに聞くと安心するな」


 ヴィスタという人物は声まで俺と似ていたようだ。


「そう? 嬉しいな」


 痩せて泥だらけなので不潔かと思ったが、汚れているのは服だけで体はきれいだ。

 金木犀みたいな匂いもする。



「…………なあ。ヴィス……ケイ! おれと一緒に国へ行こう。今は魔王に支配されていると思うけど、もう少ししたらおれも元の状態に戻れるから! そしたら魔王には勝てる!」



 リノンは急に大きな声を出してそう言った。耳元で言われたので俺はちょっとビクッとした。


「ハイメルナに帰るんだ! もちろん立場は保証する」


 申し訳ないが、俺が帰りたいのはハイメルナっていう国じゃなくて日本という国だ。

 吐くほど勉強して、やっと手に入れた高校生活と弁護士への道を手放すなんて俺には出来そうもない。


「お前だって、絶対に強くなるよ。魔力を吸い取る肉体はお前だけだ。それは絶対に武器になる」


 リノンは色々話していたが、俺は遮った。街に見える時計台が予定の時刻に近づいたからだ。   

 俺は約束があって、時間は絶対に守らないといけない。


 だが、魔力を吸い取る肉体か。俺の髪が変な色になったのもこれが関係しているかのだろうか。


 後で話せるなら色々聞いておいて損はないかもしれない。

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