第47話 何処までが奴の思惑なんだ。

 会長は言った、口約束で双方の合意を得たと。


「今回は契約書を残すほどの事柄でもないからね」

「ですが支払う金額が金額です。間違いがあった場合は取り返しがつきませんよ?」

「それはそうなのだが、校内の出来事だし」

「校内の出来事であっても、双方の立場を守るためには必要な事だと思いますが?」

「それを言われると、必要かもしれないね。迂闊だったよ」


 それなんて契約書に記されていない事柄だから後からどうとでも言えるよな。

 会長も必要だったと改めて認識したようだ。

 だが、いざ契約書を用意するとしても相応の金額が必要になる。

 そこまでの費用を用意するのは生徒会の範疇を超えているので、


「そういう事なので、飲兵衛に依頼して用意して貰いました」

「「いつの間に?」」


 職員室に居る間に依頼して簡単な契約書を送付してもらった俺である。

 印刷は事務局で行った。それはさきがトイレに入っている間の出来事だ。

 口約束ではなかったら不要だったが、口約束と知ると用意して良かったと思えた。


「これの経費はどうするんだい?」

「今晩の夕食で手を打ちました」

「それ相応の夕食にするつもりとか?」

「そのつもりですね。夕方のタイミングで相応の利益が出たので」

「「なるほど」」


 個人的な出来事ではあるが契約書を用意して、持ち込んだという訳だ。

 契約書の要件は費用の前払いといつまでに支払うかの期日を記している。

 俺は理由を語りつつ連帯保証人の割印を押していく。


「口約束で払っていないなんて言われた日には目も当てられませんしね」


 本当なら実印の方がいいのだが、手持ちは会計の印鑑だけだしな。

 今回は生徒会と学食の支払い契約だから仕方ないだろう。

 一方の担当者は憎々しげな表情で契約書を睨んだ。


「・・・」

「振り込み履歴があるのに届いていないからと追加で支払わせられでもしたら大変ですし。生徒会費を貪って自身の利益にするようでは婦女暴行犯と同類になりますし」


 割印を押し終えると会長も常に所持している決裁印を押していく。

 残りは担当者だけとなり、会長は向きを変えて契約書を手渡した。


「今回は相手が悪かったって事で。代表としてサインしてくださいますか?」

「・・・」


 会長からの一言に担当者は沈黙したまま俯いた。

 記すつもりも読むつもりも無いと。

 一方の俺は厨房奥を見つめつつ、


「上司が在席なら上司でも構いませんが? どうせ内容の確認も必要ですしね」


 席を外しているはずの上司の存在に気づいた。

 というより結構前から居たんだけどな。

 その上司を居ない事にして何がやりたいのだか。

 すると様子がおかしい事に気づいた上司が出てきた。


「生徒会長さんとの話があると聞いていたが、一体なんの話だ?」


 上司は板前かと思うほどのガッチリとした男性だった。

 厳つい顔面と白衣越しの筋骨隆々な肉体も垣間見えた。


「実は今回、体育祭の景品で不都合が生じまして回数券という代替案を提示したのですが、こちらの担当さんから無理だと断られていまして」

「無理だと? 景品というと・・・食券の事だよな?」

「「「は?」」」


 おや? 会長の言い分と上司の言い分に食い違いがあるような?

 俺と会長は目配せして、背後で佇むさきも首を傾げた。


「報告にあったのは一人頭の食券。上限五百円の一ヶ月分をツケ払いにすると聞いていたが、それが支払えない事になったのか?」

「「「え?」」」

「・・・」


 ちょっと、待てぃ!? おいこら、視線を外すな!

 俺はこの担当が何かしらの思惑で動いていると察してしまった。


(だから口約束か。契約書を睨む理由もそこにあると)


 すると会長が担当と上司の齟齬について説明した。


「いえ。私と担当さんとの話はそれとは少々異なります」

「異なる・・・だと?」

「ええ。それがあったので、ツケではなくの前払いで再提示したのです」


 本来ならそれも違うが、立て替えが叶ったので会長もそちらで話を進めるようだ。


「三ヶ月分の前払い。どういう事だ? それをなんで突っぱねるんだ」

「・・・」


 普通ならそちらの方が喜ばしいだろう。その日にドカッと大きな利益を生むから。

 三ヶ月の月日で見たらトントンだが、ツケより前払いの方が助かるのは確かだ。


「それを三ヶ月分、お話にあった通りの金額で、耳を揃えて前払いする契約書がこちらになります」

「ほぅ。今年の生徒会は少し違うな」

「そうですか?」

「大概、口約束がほとんどだが、書面を用意するとはな。いや、こちらの方が助かると言えば助かる。いつもなら言った言わないがあって、こちらが割を食うから」


 歴代の生徒会役員はそういう書面を用意する事までは考慮していないと。

 会長も学内の出来事だからと軽視していたが、今回の相手は学食を担う企業のお偉方だ。つまり契約書は用意しておく方が無難だと、改めて学んだ結果となった。


「でしたら確認してサインして頂けますか?」

「分かった。私がサインしよう」

「あ、あの・・・」

「お前は仕事が残っているだろ」

「あ、はい」


 担当者はお呼びでないという事で上司が席に座って契約書を読み込んでいく。

 最後は同意の頷きでもってサインののち割印を押してくれた。


「では期日前に振り込みますね」

「よろしく頼む。いや、ツケ払いと聞いた時はヒヤッとしたが、これで安堵したぞ」

「ところでどのように伺っていたので?」

「言ったまんまだな。生徒会からいつもの調子で依頼が入ったとかで」


 いつもの調子。景品ではないにせよ何かしらのお願いが学食に入っていたのか。

 今回で言うところの食中毒回避もそれらに付随する・・・あっ。それも言わないと。


「それとなんですが、もう一件お願いがありまして」

「お願い?」

「体育祭の当日なんですが、購買でのみ昼食の購入をお願いしたく」

「購買のみか?」


 訝しみをみせる上司に対し、会長は簡単にだが事の経緯を語り始める。

 それを聞いた上司は難しい表情になりつつも、


「当日の人数とか分かるか?」

「全員参加の予定です。欠席者が出た場合は生徒会で買い取らせて頂きますが」

「全員となると教員も?」

「そうですね。教員も模範として買う事になりますね」

「そうなると当日は結構な物量が必要になるか」

「いつもの倍は利益が出るのではないかと。一人三個までの制限を設けたとして」

「それでも相当数の利益が出るな。ワンコインの食事より、一個二百円のパンを三つ買ってもらうなら、そちらの方が助かるってもんだ」


 無事に同意してくださった。こういう時、商売人の顔が出てくるよな。

 それは家の都合で会社経営をしている会長もだが。

 結果は学校から提出される書類が届き次第で検討する事になった。

 俺達は学食が閉館される前に退出して特別棟の会議室に戻る。


「景品と昼食が一度に解決して良かったよな」

「そうだね。これも顧問の交渉と凪倉なくら君のお陰だね」

「うんうん。流石は私の婚約者だね!」

「顧問の苦労も褒めてやれよな」

「それは善処します」

「「善処って」」


 ただ、俺の気がかりは担当者への処遇であった。


「担当者の今後は上司にお任せな話だが」

「それは偽って報告していた話かな?」

「そうだ。ツケ払いは同じなのに金額に差がありすぎるからな」

「それも口約束で月末におよそ三十六万円の支払いが発生する」

「三十六万の金額は高い食事で計算した場合ですよね」

「安い時は安いと思うが、一ヶ月の最大で三十六万は手痛い出費だ」

「それが三ヶ月。合計で百万を軽く超える」


 だが、上司への報告は俺が提示した金額で一ヶ月だった。


「上限五百円。一ヶ月で十八万を見積もって」

「その差額は何処に消えるのかな?」

「普通に考えたら担当者の懐かもね」

「そうなると最大九十万が担当者の懐に?」


 会長の言う通り担当者の懐に入るのだろう。

 だからやたらと突っぱねて拒否していたと。

 自身の懐に大金が入らなくなるから。

 生徒会費を何だと思っているのやら?

 奴といい担当者といい狙う輩が多過ぎじゃね?


「度し難い話だが、事前に回避が出来た事が救いか」


 それが唯一の救いだろう。

 着服の件でも保護者説明会が必要になるのだ。

 そこに口約束が加わっていたらどうなっていたか。

 言った言わないの問題が各所に飛び火して面倒が降ってきたのは確かだった。

 俺はこれまでの経緯と不可解な担当者の行動から、


「もしかすると、これを提案した奴の入れ知恵が?」


 それが真っ先に推察出来た。

 さきも思い至ったのか辛い表情に変化した。


「前会計だから総額を知っているもんね」

「少しくらい掠め取っても問題ないとか考えていそうだね」

「考えているから着服なんて真似が出来たのでしょう」


 中学と比べて高校では動かす額が相当あるからな。

 それらは各種イベントやら部費やらに費やす代物だから好き放題使えないのだが。

 それを奴は自身の財布と思い込んで勝手に使っていたとするなら始末が悪い。


「奴は天性の詐欺師なのかもしれないな」

「「それは言い得て妙だね」」


 口からでまかせで人心を軽々と誘導するなんてまさにそれだから。

 何はともあれ、問題が解決した俺達は特別棟の会議室に戻った。

 ただま、戻ったら戻ったで別の問題が噴出していたけど。


「なんでそんな女と付き合っているんですか!?」



 §



 俺は自分の席に戻る前に市河いちかわさんとキャットファイトしている女子を一瞥した。市河いちかわさんの隣には困り顔のあかりも居た。


「おーい。何があったんだ?」

「戻ったのか、あき

「俺の事はいいから。何があったんだよ」

「ウチのマネージャーが暴れているんだよ。部活終わりにわざわざ訪れてな」

「義姉が居るからじゃないのか?」

「マネージャーの姉は副会長と外に出ているから今は居ないぞ」

「じゃあ・・・お前目当てで訪れたのか?」

「悲しいかな、そうらしい」

「そうらしいって」


 さき曰く「雨乞あまごい」と呼ばれる女子。

 準備の邪魔になるから喧嘩は余所でやってほしい。


雨乞あまごいは帰宅しなさい!」

雨乞あまごいですって!?」


 さきにも飛び火して別の喧嘩が始まった。


「次からは間女と呼ぶよ」

「誰が間女よ!」

雨乞あまごい」

「はぁ!?」



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