第46話 交渉は難航するも糸口あり。

 F組のバスケ部員が退出した数分後。

 私達は慌ただしい職員室へ向かった。

 そのまま顧問へと相談したのだけど、


「今年の体育祭は荒れそうね。それこそ例年通り、優勝者には校長先生の有り難い御言葉で言い気がするわね」

「それが不評でしたので彼の案を採用するに至ったのですが」

「で、結果的に執行部が苦しむ事になったら世話ないわよ?」

「うぐぅ」


 相談を受けた顧問は会長に対して苦言を呈す。生徒会費の着服に関しては私達の担任から聞かされていたようで「何とかする」と発して校長室に入っていった。


市来しらい先生に任せておけば問題ないわね」

「そうなんですか?」

「ええ。あの先生は交渉が誰よりも得意だから」

「そうなんですね」

「とはいえ新校長は許して下さるでしょうか?」

「現状の予算でやりくりするしかないとか言われそうだが」


 交渉相手は用務員から急遽復帰するに至った老教師だ。

 老教師が復帰する際には教育委員会の面々と擦った揉んだあったようだが、無事に新校長として赴任する事になった。


「今回は事が事だからね。特例が認められる可能性もある。さて、私は学食の担当者に話をつけてくるよ。費用に上限があるから回数券が発行出来たら助かるのだが」

「ああ、今回はそれもありましたね」

「あとの事は凪倉なくら達に任せるよ」

「「任されました」」


 職員室に訪れたのは私とあき君と会長だ。

 副会長とあおいちゃんは雑務が残っているので会議室で仕事中である。

 実行委員達も残っているので話し合いがスムーズに終わる事を望むばかりだね。

 会長は私達に丸投げして職員室から出ていった。

 私達はあくせく働く教師達を尻目に沈黙を選びつつ様子見する。


「あー、またデータが消えたぁ!」

山路やまじ先生、またですか」

「この人にアカウントを与えたの誰よ」

「管理責任者じゃないの。知らんけど」

「それはそうと復旧がこんなに大変だなんて。メールまで消えているとか嘘でしょ」

「奴は要らん置き土産をしたものだ。今日残業か」

『どちらが問題児か判明したようなものだね。きょう?』

『うっ。そ、それを今更、言わないでくれ』

「今回の場合は前校長だと思いますが。生徒会の一件とは違いますしね」

「こうなると電子データで保存する方法そのものが愚策に思えてならないな」

「言えてる。誰かが悪さすると一発で終わりますもんね」

「デジタルデータの消える時は一瞬と」

『デジタルタトゥーは一生残るけどね』


 職員室ではカチャカチャとキーボードを叩く先生方が口々に文句を垂れていた。

 事の発端である山路やまじ先生はともかく、


「なんか、てんやわんやだね」

「だな。バックアップから復元出来た物もあるようだが」

「まさか無い物まであるの?」

「それは分からない。復旧作業に手間取る時点で何かありそうだ」

「ああ、消えている物もあると」

「可能性の範疇だがな、それも」


 他の先生方は壁掛け時計を眺めつつ遠い目をしていた。

 残業を呟いていたのは葉山はやま先生だね。

 現状、既婚の先生方が居ない事が幸いのように思える。


「今日は彼とデートだったのにぃ」

まき先生、抜け駆けですか?」

「な、なんでもないです!」

「これは仕事上がりにでも」

「ええ。尋問しなければ!」

「そんなぁ!?」


 一応、お相手の居る先生も居たのね。

 それは私達の担任だけだったけど。


「なんて言うか一周回って親しみのある先生方だよね?」

「荒れ狂うと素が出るようなもんだな。市河いちかわさんのように」

あおいちゃんのように、かぁ。言い得て妙だね」


 大人しいと思っていたあおいちゃんも素が出ると毒舌キャラに早変わりだ。

 その毒舌で奴を伸せば良かったのに内気な性格が災いして伸す事が叶わなかった。

 気がつけば婦女暴行の容疑で現行犯逮捕され事実上の退学で校内から消え去った。

 で、今はそいつの行いで誰も彼もが右往左往と。


葉山はやま先生じゃないけど置き土産はもう無いよね?」

「無いと思いたいが。精々、舎弟共くらいだろうな」

「ああ、まだそいつらが居たね」

「奴等が体育祭でどう動くか不明だからな。例の特待生擬きも手駒でしかないし」

「退学してまで影響を残すってどうなんだろう」

「校内を手中に収めて好き放題するつもりだったんじゃないか? あれでも中学の生徒会長だったから、かつてのように思い通り動かして愉悦に浸りたかったんだろう」

「奴って生徒会長の経験者なんだ」


 中学での奴の行いやら何やらは同じ中学の出身者から聞かされていたが、まさか生徒会長になっていたなんて。これも表の顔を上手く利用した結果なのだろうね。

 自身の悪行をあき君に全て擦り付けて良いとこ取りした結果と。


あき君が是正出来なかった理由はそこにもあると?」

「そういう事だ。俺が転校してきた時点で奴は生徒会長だったからな」

「え? そうなると、中一から生徒会長だったの? 奴って」

「詳しくは知らないが、そうみたいだな」

「そうなんだ」


 おそらくその立場があったから周囲を黙らせる事が出来たのかもね。

 それはともかく、校長室に入った顧問は中々戻ってこなかった。


「交渉が難航しているのかな?」

「入ってから二十分は過ぎたか」


 近くに寄って聞き耳を立てる事は出来ないもんね。

 ここが職員室だから仕事中の先生達の目もあるし。

 するとあき君は懐から眼鏡を取り出して身に着ける。


「おそらく保護者への説明をどうするか話し合っているんじゃないか?」


 そしてキョロキョロと視線だけを左右に動かしていた。


(これって例のスマートグラスだよね?)


 私も買ってみようかな。手持ち無沙汰だし。

 私はあき君の不可解な挙動から発言に意識を戻す。

 

「ほ、保護者への・・・説明?」

「他校は知らないが生徒会費は生徒一人一人の学費から捻出されるだろ」


 学費・・・それを支払うのは一般的に保護者、だよね。


「そ、それで?」

「今回は一人の元生徒の暴走で不正利用された・・・なんて本当の事を語れば生徒達以上に騒がしくなるからな。特に主語の大きな保護者とか」


 主語の大きな保護者・・・PTAの教育ママ的な人達かな?

 我が校はこの地域で一番の進学校だ。そういった保護者が居ても不思議ではない。


「その人達の納得が得られるならば・・・」

「会長個人の資産から一時補填する流れになるだろうな」

「補填後はどうするか聞かれそうだね?」


 資産に戻すのか生徒会費として収めるのか。


「立て替えみたいなものだから、理解してくれる事を望むけどな」


 資産に戻す前提で会長個人が学校に貸し出すと。

 これも個人的に会社経営している会長だから出来る事だよね。

 そういう意味ではあき君の個人資産も相当あるけども。

 しばらくすると顧問が校長室から出てきた。

 私達に気づくと右手の親指を立てて笑顔になった。


「あれは交渉成立ってことかな?」

「そうだろうな。詳細は会長が戻ってきてからになるが」

「個人資産だもんね。そこから先は会長とのやりとりと」


 顧問はあき君へと一枚の書類を手渡して自席に向かった。


「それって?」

「今後の方針が記されているな。入金前に保護者説明会の文言もある」

「やっぱり保護者への説明は必要なのね」

「説明なしは大問題を引き起こすからな」

「その発端は一人の退学者なのに・・・」

「退学者の保護者も犯罪者だから必要だろう」

「そういえば、そうだったね」


 顧問も残り仕事があるのか、パソコンを立ち上げて作業に戻った。


あや先生、まき先生が抜け駆けしてます!」

「なんですって?」

「本日、彼氏とデートだそうで」

「ほほう。それはあとで尋問ね」


 仕事かと思えば独身会で話が盛り上がっている件について。

 職員室を後にした私とあき君は学食に寄っていく。

 学食では会長と担当者が窓際の席に座って話し合っていた。


「何度も言いますが回数券は流石に無理ですよ」

「そこをなんとか、お願い出来ませんか?」

「無理なものは無理ですって。現状の食券式ではなく、ツケ払いにして生徒会費から賄う事で合意したのに、急に無理だと言われても上司が認めませんよ」


 途中から聞いた限りなんだけど難航してる?

 私達は会長の背後に近づいて様子見した。

 会話を聞く限り、同じところで堂々巡りしているように思える。

 会長は平謝りでお願いし、担当者は無理の一点張りだ。

 するとあき君が会長の隣に移動して、


「それでしたら学食の食券、およそ三ヶ月分を事前購入してもよろしいですか?」

「「ふぁ?」」


 会長と担当者がきょとんとする一言を発した。


「会長、これ」

「あ、ああ。叶ったのね」


 あき君は会長に書類を手渡しつつ担当者との交渉を始めた。


「その代わり、食券一枚あたりの金額はワンコインを上限とさせて頂きます。上限を超える注文の場合は二枚で一枚扱いにするしかないですが」

「それなんて当たり前の事よね?」

「そうなんですか? 学食は使った事が無いので」

凪倉なくら君は弁当組だったね」


 ちなみに、我が校の食券は学食でのみ使える金券みたいな代物だ。その金券こと食券を券売機で購入して料理を注文する事になっている。金額はその都度、受付のおばちゃんが確認して足りなければ突っぱねる。金額が大きければ何も言わないけども。

 どうもあき君は回数券が無理なら相応の食券で賄おうとしているようだ。

 きょとんの担当者もようやく理解を示した。


「ちょ、ちょっと、待って!」


 違った。何様だ的な睨みが加わった。


「待ちません。時間も有限ですしね。会長がどれだけ頭を下げても無理だと突っぱねる担当ですから、私も強引に話を進めさせて頂きます!」

「ご、合意がある中、話を変えてきたのはそちらでしょ」

「だから後払いを前払いにすると言っていますよね。不利益はないと思いますが?」


 睨みに対してあき君は平然と応じていた。


「じょ、上司と話し合ってみない事には」

「では、その上司を呼んできて下さいますか?」

「い、今は、席を外して、います」

「では後日、商談しますからアポイントを取って貰えますか?」

「・・・」


 まさに攻守が逆転だね。会長も沈黙したまま見守っていた。


「無理の次は沈黙を選びますか。そもそもの話、口約束ですよね? これ」

「そういえばそうだね」



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