第11話 特訓

 「それにしても……一昨日はごめんね?」

 「別に。むしろ俺がお礼を言わねばいけない。夕飯だけじゃなく、風呂まで借りてしまったんだから。」

 「だからそっちは気にしなくていいって!小学生の時はよく家に来てたじゃん!それよりさ、またご飯食べに来てってお母さん言ってたんだけど…また来る?」

 「…機会があればな。」


 あの後、俺は白上家にお邪魔することになった。由衣が事前に伝えていた帰宅時間を過ぎても連絡がないため、とても心配されていたようだった。そして由衣の家族には全てを伝える事になってしまった。

 遅かれ早かれ、彼女を戦いに巻き込んでしまったことを伝える必要があるとは考えていた。まさか初日にそうなるとは思ってもいなかったが。

 怒られることを覚悟していた。しかし、怒られるどころか後押しされた。そして、俺が心配された。全くもって予想外だった。

 普通は「あなたの子供は命がけの怪物の戦いに身を投じなければなりません。」なんて言われたら怒るはずだ。いや、怒るべきだ。戦いなんて縁遠いこの時代に命がけで戦えなんてどうかしてる。それなのに、由衣の両親は応援してくれた。「由衣がやりたいことならやればいい」と。

 俺はその言葉を聞きより一層、由衣を守る決心をした。今はどちらかと言うと「自分で自分の身を守れるようにさせる」の方が正しいかもしれないが。


 というわけで連休2日目の午前中に俺達はジャージ姿で集合した。今は俺がいつも魔術の調整などで使っている場所に向かって移動をしている。歩きながら彼女はさらに話しかけてくる。


 「あと…もう1つごめんね。まー君のお父さんとお母さん…その亡くなってること知らなくて…。」

 「別に。昔のことだ。それに誰にも言わずにこの街を出たからな。誰も知らなくて当たり前だ。」


 そう、俺の両親はもういない。小学校卒業後直後の3月に事故で亡くなった。俺もその場にいたが、俺だけ奇跡的に生き残った。その後、俺は職場の人のつてで全寮制の中学校に入学することになったため、この街を出た。そのときは由衣にも日和にも何も言わずに出てきてしまった。

 戻ってきてからは2人を避けていたので、一昨日の白上家の食卓で由衣の両親に聞かれるまで言うのを忘れていた。

 ようやく目的の場所に到着し、俺達は少し古びた石の階段を登る。


 「ついたぞ。」

 「ここは…廃墟…?え、特訓ってもしかして精神的な話?肝試しの季節には早いと思うけど…。」

 「違う。こっちの駐車場だ。」

 「あ、そっち…って地面ボッコボコじゃない!?」

 「あぁ、これは俺がやった。」

 「まー君何やってるの…?というか怒られないの?勝手に入って。誰か来たらどうするの?」

 「もう使われてないから誰も来ない。それに許可だって取ってる。結界も貼ってあるしな。」

 「結界?」

 「人払いと認識阻害を組み合わせた結界だ。」

 「ふ〜ん。…ここ、なんの施設なの?」

 「時代錯誤遺物研究所だ。俺の両親の職場だった場所だ。」

 「…なんかごめん。」

 「別に、謝られることじゃない。」


 時代錯誤遺物研究所。Constellation Knightやギアについての研究もここで行われていた。両親が亡くなった数カ月後にここは閉鎖されたらしい。理由は知らないが。それからは廃墟になっているらしい。俺は協会に頼み込み、ここの立ち入り許可を得ることが出来た。そのため暇があれば俺はここで魔術の調整などをしている。

 ここは住宅街の端の山際にあるため周りを気にしなくていい。それに地脈の上に建てられているため、地脈から魔力を引き出すことができるため都合が良かった。


 「で、特訓って何するの?」

 「まずは基礎だな。体術と星力のコントロールだ。」

 「それって星鎧を作ってやるの?」

 「このままやるんだよ。何のためにジャージ指定したと思ってるんだ。それにギアは今1つしかないから無理だ。あと、今のお前には星鎧の生成はできないと思うぞ。」


 すると由衣は俺の言葉に腹が立ったのか、ムッとした表情で答える。


 「できます〜!あのとき助かったの誰のおかげだと思ってるの!?」

 「あのときは緊急時だっただろ。火事場の馬鹿力がいつでもでるとは限らない。」

 「何よその言い方!ちょっと貸して!私がちゃんと頼りになるってこと、証明するから!」


 早く貸してと言わんばかりに彼女は手を出している。

 無理だと思うんだが…まぁ仕方ない。やるだけやらせるか。

 俺はギアを呼び出し、彼女に手渡す。ギアを受け取った彼女は張り切ってプレートを生成しようとするが…


 「できないんだけど!?」


 俺はため息が漏れる。だろうな。まだ何も教えてない素人なんだから。むしろ一昨日、一瞬だけでも星鎧が生成できたことが異常だったんだ。

 呆れていると、由衣はなんとかプレートの生成に成功していた。


 「できたできた〜!まー君見ててよ〜?」


 と言いながら由衣はギアにプレートを差し込み、上のボタンを押す。


 「星鎧、生装!」


 その言葉を合図にギアの中心から牡羊座が飛び…出さない。ギアはうんともすんとも言わない。まぁ、音は元から鳴らないが。

 彼女は「なんで〜!?」と言いながらギアのボタンを押しまくっている。…止めるか。


 「おい、そんなに押すと壊れる。」

 「え、壊れるの!?」

 「そこに食いつくな。とりあえず返せ。」


 俺は彼女からギアを取り上げる。彼女は凄く不満そうな顔をしている。


 「ねぇ。何でできないの。」

 「そうだな…まずはお前に星力が馴染んでいない。これは訓練して慣らすしかない。次にお前、手順を組まないと星鎧は生成できないぞ。」

 「手順…?あ、まー君がいつもやってるこれ?」


 と言いながら由衣は俺の手順のマネをする。何故か馬鹿にされている気がしたが、気にせず説明を続ける。


 「そう、それだ。そもそも術には規模があって、星鎧を生成して、維持し続けるのはとても高等な術なんだ。プレートとギアで補助はされているが。しかし、それだけでは足りないから手順を組んで、星鎧生装と言葉を唱える。この4つが合わさって始めて星力をから星鎧を生成することができる。」

 「術…規模…補助…手順…唱える?…つまり、まー君のあれはカッコつけてやってるんじゃなくて、ちゃんと意味があったんだね?」


 やっぱり馬鹿にしてるだろ、こいつ。しかし、予定とは違うが、先にこっちの説明をしたほうが良さそうだ。俺は取り上げたギアをへそのあたりにかざし、装着し直す。そしてプレートを生成して、ギアに入れる。


 「俺の後ろにあるやつが見えるか?」

 「なんか時計みたいなのが見えるよ。でもマークが違うね?」

 「これが黄道12星座のマークだ。で、時計の9の箇所だけが光っているだろ?」

 「うんうん。」

 「これが自分と契約した星座だ。俺は山羊座だからここが光っている。お前の場合は牡羊座だから…12の箇所が光るはずだ。」

 「なるほど?」

 「そこから左手の始点として、時計回りに一周するのが必要動作だ。あとは自由だ。」

 「自由?」

 「お前の好きに決めていい。自分の気合が入るポーズとかにしろ。」

 「決めてどうするの?いるの?」

 「「ある一定の動作をしないといけない」という条件をつけることで、星力の出力を上げて鎧を生成できるようにしてるんだ。そうでもしないといけないほど高度な術なんだよ。」

 「なる…ほど?」


 由衣は黙ってしまう。どうやら、一気に話しすぎたようだ。頭の中を整理しているであろう彼女の頭の周りには、ハテナマークが浮かんでるのが見える気がした。ここに着いてからまだ説明しかしてないが、1度休ませた方がいいのか?

 しかし、彼女なりに頑張ろうとしてるのか、次の質問が来た。


 「えーと…結局私はこれから何をしたらいいの?どうやったら星鎧がちゃんと作れるようになるの?」

 「さっきも言ったがまずは星力のコントロールだな。」

 「具体的に!」


 困った。俺は元々魔術を先に使っていたから適応自体はすぐにでき、感覚で使えた。しかし、一般人が星座に選ばれたらどうなるんだ?魔術は魔力回路が身体にないと使えないが、こっちはどうなんだ?わからない。

 しかし、教えれるのは俺だけだ。なんとかして掴んでもらわなければ。


 「あ〜…。こう、全身に今までと違う力が流れる感覚、わかるか?」

 「ん〜…。あ、一昨日は感じたよ!凄く身体が熱かったけど、なんか力が湧いてくる感じ!」

 「そう!それだ!それをいつでも自分が思ったときに認識できるようになるのが第一歩だ。」


 由衣は実は才能があるのかもしれない。俺は彼女の可能性を少し感じながら話を続ける。


 「それと星座、お前の場合は牡羊座についての理解を深めろ。」

 「…なんで?」

 「星力を使うのはイメージだ。自分が「どうしたいか」というのをイメージできるかどうかでだいぶ強さも使える力も変わってくる。」

 「なんか…難しそう…。」

 「やればできる。で、どうする。頭使ったから少し休憩するか?」

 「ううん!体術やる。」

 「そうか。じゃあやるぞ。」


 由衣から凄いやる気を感じる。張り切ってるのか?

 そのやる気はさながら、春なのに初夏のように暑い今日の日差しのようだった。


☆☆☆


 翌日。また俺達は廃墟の駐車場で特訓している。

 そして、今日も今日とて由衣はやる気に満ちている。俺は素直な疑問を口にする。


 「お前、筋肉痛はないのか。」

 「ん〜。ないってわけじゃないけど…。」

 「じゃあ別に無理しなくていいぞ。張り切り過ぎて身体を壊されたら元も子もない。」

 「でも、1日空けたら忘れちゃう気がするから。」


 そう言った彼女の顔は真剣な表情をしていた。これは何言っても聞かないやつだと俺は確信する。


 「…そうか。まぁ、無理だけはするなよ。」

 「うん。本当に無理そうだったら休むから大丈夫!ところでさ…ここ数日、色々とConstellation Knightについて教えてくれたじゃん?」

 「そうだな。」

 「でも口で言われただけじゃ覚えきれなくってさ…。こう…なんか…そういう紙とか表ってない…?」

 「ないな。」

 「え〜!?」


 凄くがっかりしているのが見ただけで伝わる。しかし、ないものはない。どうしたものか。

 …ないなら作ればいいか。


 「スマホにメモアプリあるだろ。また話してやるから、自分で作れ。」

 「いいの!?やった〜!!」

 「だが、メモしたものを人には見せるなよ。」

 「…なんで?」

 「周りの人が全員善人とは限らない。この力は簡単に今の社会を壊せるんだ。そんな力があると悪人が知ったらどうする?」

 「えっと……大変なことになる?」


 その答えに俺は少し困る。簡単すぎる。こう…もっとないか?まぁ、間違ってはいないから良しとすることにした。


 「そう。だからあまり他人にはこの力のこと始め言いふらすんじゃないぞ。」

 「は〜い。…ねぇ、ひーちゃんでも言っちゃ駄目なの?」


 また俺は返答に困る。昔からの仲で由衣と共に俺のことを心配して追い回していたから、澱みのことは知っている。だが言っていいものか…。しかし、由衣には言って日和に言わないのはそれはそれでどうなのか…。

 少し悩んで俺は決心する。


 「俺が話していいと思うところまで話す。」

 「わかった。…麻優ちゃんは?」


 流石にそれは駄目だろう。遠足で一緒の班だったとはいえ、まだ長沢がどういうやつか俺は全く知らない。


 「駄目だ。」

 「ちぇー。」


 由衣は口をとがらせている。だがこのことを知ってる人が増えて敵が増えたりしたら困る。仕方のない判断だ。

 少し休んだし、由衣を鍛えている時間分俺の時間が減っている。俺だけでももう少し体を動かすか。そう思ったとき妙な視線を感じる。俺は敷地の外を見て、茂みに駆け寄る。しかし、誰もいない。


 「どうしたの?」

 「いや、なんでもない。」

 「誰かいたの?…でも、ここは他の人には認識できないんでしょ?…あ、もしかしてまー君。実はこの前やられたの気にしてるんじゃないの?」

 「何を言ってるんだお前。そんなことを言える元気があるなら、まだやれるよな。ほら立て。」

 「ちょ、ちょっと〜!怒んないでよ〜!冗談じゃん!」


 俺は立ち上がって、左手を突き出し魔術を撃つ構えを取る。特訓の1つとして俺の魔術を避けるというものをやっている。これは攻撃を躱し方を覚えてもらうためだ。もちろん、澱みや墜ち星に撃つときより出力はかなり絞っているが。

 しかし、この日の魔術は「勢い凄いし、休んでる暇ないし、当たったら死ぬかと思った!」と由衣に文句を言われた。


☆☆☆


 日が沈み始める夕暮れ。

 1人の女子高生が疲れきって仰向けに倒れている。


 「つっかれたー!!!」

 「今日はお開きにするか。」


 2日間、ひたすら体術と星力コントロールの特訓をしていた。俺はもっと休憩を入れるかと思っていたが、それよりも少なくひたすら頑張っていた。体力はあるようだ。

 お陰で俺の魔術の調整ができなかったが、それはまぁ一人で夜にでもやればいい。それより先に、由衣を帰らせなければ。

 俺は「ほら帰るぞ。」と言い、駐車場を後にする。由衣も後を追って走ってくる。やっぱりこいつ体力はあるな…。


 「で、次だが…連休後半初日にするか。」

 「あ〜…。ごめん!その日は麻優ちゃんと遊びに行く約束してて…。」

 「ん。なら行って来い。」

 「いいの!?」

 「俺をなんだと思ってるんだ?」

 「あ、いやそういうわけじゃないけど…そうだ!まー君も来ない?」


 こいつごまかしたな。俺のことを鬼とでも思ってるのか?まぁ、そこを追求しても仕方ない。俺は自分の予定を考えて返事をする。


 「俺はいい。」

 「遠慮しなくていいんだよ?」

 「してない。何に対しての遠慮だ。俺は俺ですることがあるんだよ。」

 「そっか〜…。それ私ついていかなくていい?」

 「俺1人でいい。お前は楽しんでこい。」

 「は〜い。」

 「あ、だが澱みや墜ち星が出たらすぐに連絡しろ。」

 「わかった!」


 由衣は少し嬉しそうに歩いてる。こんな事になったが、由衣は少しも変わっていなかった。澱みを入れられたときはどうなるかと思ったが影響はなさそうで良かった。


 「まー君!夕日!とっても綺麗だよ!!」


 そう言って彼女はスマホを取り出しカメラを構えている。

 色々と大変だがこれはこれで悪くはない。あのときは眩しすぎると感じた由衣も、今はこの夕日と同じく眩しいが綺麗だと感じた。

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