最期の時

季節は本格的な冬に突入しようとしていた。

涙はいつも通りに仕事をこなす。

新規のお客様も入り、売り上げも順調だ。


「もうすぐボーナスですね。涙さん。何に使おうかなぁ〜。」

「あたしは欲しい物はとくに無いからなぁ。どっか休みもらって海外に行こうかな。」


予定表に目を通しながら涙は言った。


「カッコイイですね。涙さん。欲しい物が無いなんて。」


――欲しい物なんて、全て買ってもらえるもの。何もない。


「涙さん『仮面舞踏会』って知ってます?」

「仮面舞踏会?」

「はい、あたしの友達が、なんかそのパーティーに参加するみたいで、あたしも誘われたんですけど・・・涙さんもどうですか?」


――そんなの行った事ないけど・・・


「あたし踊れないわよ。」

「それは大丈夫ですよ。踊らなくても仮面を付けて参加すれば良いみたいです。その中でもナンバー1美女が選ばれるみたいで、選ばれた人には豪華な景品があるみたいですよ!涙さんなら選ばれますよ!」


――ふうん。なんか面白そうね。


Kiritoには粧子がスタイリストとして入社してきた。

驚く笑輝。


「みっ君!」

「みっ君!?」


みんなが一斉に笑輝を見る。


「2人、知り合い?」

「はい・・・まあ、美容学校が一緒でした。」


長谷川は、安心した感じただ。


「知り合いがいて良かった。彼女は半年間イタリアにいたが、帰国して、オーナーの友人の紹介で入社してもらった。みんな仲良くしてくれ。」


「みっ君なんて、なんか意味深じゃない?」

「付き合ってたりして。」


りこと、わかばは、コソコソ話した。


「じゃあみんな、それぞれ持ち場について、開店準備を始めてくれ。わかば、彼女に開店前の作業を教えてやって。」

「了解です。あたし蓮原はすはらわかばです。よろしくね。」


わかばは、笑顔で言った。


安西あんざい粧子です。よろしくお願いします。」


粧子は、チラッと笑輝を見た。


1日の仕事が終り、笑輝と粧子は、一緒に帰宅する事になった。


「偶然ね。みっ君ここで働いてたんだぁ。」

「あのさぁ、イキナリみんなの前で『みっ君』はやむてもらえるかなぁ。」


笑輝は、冗談っぽく怒りながら言う。

粧子も思わず笑ってしまう。


「ごめん、ごめん。つい出ちゃって。」


2人は楽しそうに歩く。

笑輝にとって粧子は、気を使わずに自分をさらけ出せる相手だった。

それは粧子にとっても同じだった。


「寒いねぇ。」


粧子は身を縮める。


笑輝は、粧子の肩を抱いた。


「これでも寒い?」


粧子は少し照れた感じだ。


「もう〜。これで付き合ってないなんて言えるの?」


笑輝は考えた。


「付き合う?」

「え?う〜ん。」


粧子も考える。


「少し考える。」

「いつまで?」

「う〜ん。笑輝の事が昔みたいに好きかどうかわかるまで。」


笑輝は吹き出す。


「なんだよそれ。」


2人は笑いながら帰る。

半年間、海外で1人頑張ってきた粧子には、久々に感じるリラックスできる相手だった。


久々に老人から連絡が入り、涙はお屋敷に向かう。

老人はベットに横たわり、憔悴した様子だ。

家政婦の女性がお世話をする。

数日前から、急激に体調が悪くなり、ベットから起き上がる事ができなくなってしまった。


「旦那様、お嬢さんがお見えになりましたよ。」


家政婦が耳元でそう伝えると、老人はゆっくり涙を見た。


「お見苦しい姿をお見せして、申し訳ない。」

「大丈夫ですよ。」


涙はベットの隣に座り微笑んだ。


「私は、87年、一生懸命生きてきました。

戦後、母が1人で懸命に私を育ててくれた・・・少しでも母にラクをさせたいと、勉強をして、働いてお金を貯めて、会社を築き上げました・・・

結婚もして、3人の子供にも恵まれて、幸せだった・・・

ですが、私が引退してからは、子供達は金の事ばかりで、誰も家には寄り付かず、家政婦のトミさんだけが、私を見捨てず側にいてくれました・・・

トミさん、長い事、本当にありがとう。

そして・・・お嬢さん・・・

あなたとの食事は、楽しかった・・・

まるで・・・亡くなった妻が戻って来てくれたみたいで幸せでした。

どうもありがとう。」


涙は涙を流しながら、老人の手を握った。


数日後、老人は息を引き取った。

多額の遺産は、半分を家政婦の退職金に、数十万は涙への謝礼。残りは全額慈善団体に寄付された。


涙は、謝礼を貰っても、今までのような快感は感じられなかった。




 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る