危険な女

笑輝みつきはアパートに帰った。

自分宛の郵便物を机の上に置く。

ワンルームロフト付きで、壁はタイル張り、観葉植物がお洒落に置かれていて、男の一人暮らしにしては、かなりお洒落な部屋だ。

上着をソファに掛け、シャワーを浴びる為に服を脱ぐ。

趣味のテコンドーで鍛えた体は、かなり、引き締まっていて、腹筋も割れている。

シャワーを浴び、バスタオルでガシガシ頭を拭きながら、郵便物に目を通す。

宣伝広告の間に一通のエアメールが混ざっている。

送り主は、半年前に別れた元カノの粧子だった。

ハサミで丁寧に封を開け、手紙を読む。

笑輝は、軽くため息をついた。


◇◇◇◇◇◇◇


涙は新規の愛人契約を結んだ。

タクシーを降り、契約者から示された住所にやってきた。

涙の前には古い大きなお屋敷があった。

通常、安全面を考えて契約者と会う時は自宅では会わず、ホテルなどの人目のあるところで会う事にしているが、今回の契約者は、本人ではなく、本人の家政婦だった。

なんだか訳ありの感じだったので、直接話しをしたところ、本人と家政婦、3人で会う事になった。

インターホンを押すと大きな門が開き、涙は屋敷の中へ案内された。

家政婦の中年の女性に案内されたダイニングには、80代と見られる老人が1人座っていた。

「旦那様、お見えになりましたよ。

噂どおりの、なんともお綺麗なお嬢さんで、良かったですね。」

家政婦と、旦那様と言われた老人は、笑顔で涙を迎えた。


「そちらに、おすわり下さい。」


涙は8人掛けのテーブルに座る。

目の前には豪華な料理が並べられてある。


「それでは、わたくしは失礼いたします。ご用がございましたら、お呼びください。」


家政婦の女性は、笑顔で涙にお辞儀をし、部屋を後にした。


「さあどうぞ、お召し上がり下さい。」

「ありがとうございます。いただきます。」


涙は、ステーキを一口頬張った。


――おいしい!これ、あの家政婦さんが作ったの?


「お味はどうですか?」

「美味しいです。とっても。」

「それは良かった。ワインも飲んでくださいね。」

「ありがとうございます。」


優しい、品のある面持ちの老人と涙は、自然と和やかな雰囲気になり、会話を楽しみながら、食事をした。

この老人の要望は、肉体関係ではなく、毎晩一緒に食事をする事だけだった。

涙にとっては少し物足りなかったが、それでも自分を愛している事に変わりはないし、それ相応の対価は貰えるので構わなかった。


マンションに帰宅してから、ラインを確認する。

笑輝からのラインは無かった。


――もう、こんなに待ってるのに、どうしてこないのよ!あたしの事、気にならないのかしら!


たまらず、涙の方からラインした。


「お疲れ様。今、何してるの?」


しばらくすると既読がついた。


――既読になった!


笑輝からの返信がきた。


「ジョギングから帰ってきたとこ。今からシャワー浴びる。」


涙は、笑輝の身体を想像して、1人で照れる。


「あたしは今、部屋に1人。あたしの部屋、とても綺麗な夜景が見れるの。今度、見に来ない?」


しばらくして返信がくる。


「行かない。」


――え!?もう!どういう事!?あたしが誘ってるのに、乗ってこないなんて、変な男!


涙はポイッとスマホをソファにほかる。


――ほんとに変な男。

こんなに綺麗な女を目の前にして、何もしないなんて・・・

なんだか・・・あたしが笑輝を追ってるみたい。そんな事・・・あるわけないのに。


涙は、少し寂しさを感じた。

幼い頃から、涙は美少女で有名だった。

周りの男子で涙の事を好きじゃない子はいなかった。

高校になると、違う高校の男子からも告白され、そのうち、みんな貢ぐようになった。

だが、涙から好きになる事はなかった。

相手が自分を好きでも、自分は好きにならない。そうやって常に自分が上でいたい。

歪んだ感情は、この時くらいに、出来上がった。

初めてだった。

こんなに近くにいる男が自分に好意を持っていると感じられないのは。

涙の中に、初めての、なんともいえない複雑な感情が生まれた。

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