初めての人

警察署を出ると、るいはタクシーに乗る。

まだ頭が真っ白で、体は、わずかに震えている。

もし、あの時、笑輝みつきが助けに来てくれなかったら、今頃自分は・・・・

そう考えると、また吐き気がしてきた。


「お客さん、大丈夫ですか!?」


運転手さんが慌てると、見送ってくれた笑輝が、タクシーに乗り込んだ。


「大丈夫です。やっぱり僕も一緒に行きます。」


運転手は車を出した。


「大丈夫です。大丈夫・・・。」


笑輝は、そう呟きながら、涙の頭を肩に乗せる。

とたんに涙の瞳からは大量の涙が溢れ出た。


「ふっ・・・うっ・・・うっ・・・」


涙は声を殺しながら泣いた。

――怖かった・・・怖かった・・・・


笑輝は自分のパーカーを涙を隠すように頭から被せ、彼女を守るように、そっと背中を抱いた。

高級マンションの入り口に着いた。


「すみません・・・助けて頂いた上に、上着まで濡らしちゃって・・洗って返します。」

「大丈夫ですよ。このままで。」


笑輝は涙で濡れたパーカーを手に持った。


「じゃあ、ぼく、こっから近いので、これで。」


笑輝は走りだした。


「ありがとうございました!」


涙は深く頭を下げた。


◇◇◇◇◇◇


「おはようございます。」


笑輝が出勤すると、長谷川、今井と、スタイリストの蓮原はすはらわかばと、受付の奈良井ならいりこが、一斉に集まる。


「どうしたんだよ。笑輝。」

「え?何がですか?」


店長が尋ねる。

みんなに囲まれてシドロモドロの笑輝に、りこが言う。


「2階の及川さんが今朝、入り口で春川君

の事待ってて、たぶんまだ来ないですって伝えたら、また来ますって!」

「なにがあったんだ、なんで彼女が、お前に用事があるんだよ。」


―――なんの用事って・・・それは、わからないし、昨夜の事は絶対に言えないし・・・


「なんでしょうね。わからないです。」


笑輝はロッカーに逃げた。


12時になり、美容室のドアが開く。


「いらっしゃいませ」


りこは驚いて笑輝を呼ぶ。


「み・・・みつき君、みつき君。」


笑輝が気づくと、入り口に涙が立っていた。


「笑輝、俺に任せて、お前は休憩に行ってこい。」

「え!?」

「いいからっ!」


店長がサッサと笑輝を追い出す。

わかばと、りこはニヤニヤしなが見送る。


―――なんだよ。一体・・・


「あ、どうも。」


店から出て、笑輝は挨拶をする。


「昨日はほんとに、ありがとうございました。お礼がしたくて、ゆっくり、食事でもどうですか?」

「食事?俺とですか?」

「はい・・・あ、忙しいですか?それとも・・・彼女に怒られちゃいますか?」


―――彼女は、いないから良いけど。


「大丈夫です。行けます。」

「良かった。」


涙が笑う。


―――なんて可愛いんだ。天使みたいって、こういう子の事を言うのかな。


笑輝は、恥ずかしくて目を反らした。


―――かっこいい。あたしに照れてる。

今まであたしに照れて目を反らす人は、たくさんいたけど、こんなにカッコよくて、可愛い人会った事ない。


二人は早速、仕事帰りに食事に行く約束をした。


仕事が終り、涙がビルから出ると、少し離れたカフェの前で笑輝が待っていた。


「お待たせしました。」

「すみません、こんな離れた場所で。店の前だとみんながうるさいんで。」


笑輝は、ハイブランドで包まれた涙の姿に少し驚く。


「どこ行きますか?」

笑輝は聞く。


「ん〜イタリアンがいいですけど、春川さんは?」

「俺は・・・疲れたんでビールが飲みたい。あそこの居酒屋でいいです。」

「居酒屋?」


――このあたしを連れて居酒屋?本気で言ってるの?


「あ、居酒屋じゃダメですか?」

「え、いえ。大丈夫です。行きましょ。」


二人は近くの居酒屋に入った。


「カンパーイ」


笑輝はグビグビ美味しそうにビールを飲む。


「あの、お名前お聞きしていいですか?」

「あ、はい。春川笑輝です。笑うに、輝くで、みつき。読めないでしょ?」

「笑うに輝く・・・素敵な名前ですね。あたしとは反対です。」

「なんておっしゃるんですか?」

「及川・・・涙です。なみだって書いて、るい。みとは逆ですよね。」


涙は笑う。


「素敵な名前です。」


笑輝は涙の手を取る。


「嬉しい時、悲しい時、辛い時・・・笑った時、人は涙を流すでしょ?」


そう言いながら、涙の手のひらに「なみだを書く。


「人が感情をおもてに出すと、自然に涙もでます。涙さんのご両親は、涙さんに、自分の感情に素直に、真っ直ぐ生きてほしいって、そう願ってるいって、付けたんじゃないですか?」


笑輝は微笑んだ。

エクボが可愛い。


―――自分に素直に


「失礼ですけど、涙さんは、おいくつですか?俺は、26歳です。医学部に6年行ったんですけど、むいてなくて、卒業してから美容学校に2年行って、今年の4月からようやく社会人1年目になりました。」

「え・・・医学部・・・すごい。あたしは・・・28歳。すこ〜しだけ、お姉さんね。高校卒業して、2年美容学校に通って、今のサロンに就職して、8年目。」

「へぇ~、8年かぁ。すごい。」


笑輝は目を丸くする。


「社会人としても先輩だね。」


笑輝は、少しだけイジワルっぽく笑う。


「もう、先輩先輩言わないで。人をオバサンみたいに。」


「オバサンなんて思わないよ。こんなキレイな人に対して。」


ドキッ


――なんだろ。綺麗なんて言われ慣れてるのに、この人に言われるとドキドキする。


「涙さん、俺達、仲良くなれるかな。せっかく縁があって知り合えたんだし。」

「え、ええ。そうね。笑輝君。」

「笑輝でいいよ。」


優しい笑輝の笑顔。


「笑輝・・・じゃあ、あたしも・・・涙で・・」


涙も、恥ずかしそうに微笑んだ。


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