第2話 オーガ神父様


「オーガの神父様! どうか息子をお助け下さい! 魔に魅了されてしまってまして……!」

「もちろんです。我らが鬼神は、弱き子を決して見捨てません」


 父親のダデーが跪いて頭を下げるのを、オーガ神父は手で制す。


 しかし神父服を着た鬼が日本語を喋るんだな。和洋折衷で意味不明すぎて逆に頭が冷えてきた。


「ああ……地獄に仏とはこのことです!」


 母親のマリーが泣いている。地獄仏の間違いではなかろうか、仏様地獄バージョンみたいな。いや地獄に鬼か? 普通じゃんそれ。


 そんなオーガ神父は巨大な手を俺の頭に向けて伸ばしてくる。


 すごく怖い!? このままトマトのように握りつぶされるのでは!?


「おぎゃあああ!?」

「ムムッ! 行けません! やはり魔に魅了されてしまっています! すぐに対処いたしますので!」

「「お願いいたします神父様! どうか処理を!」」


 処理!? 処理ってなに!? 潰される!?


 だがオーガは俺の頭を潰すのではなく、優しくそっと触れてくると。


【聞こえますか、人の仔よ】


 頭の中にオーガ神父の声が響いてきた!? え、えっとなんか念じたら返事できそうな感じする。


【き、聞こえます】

【む? 言葉の返事が返ってきたですと? 馬鹿な、赤子が言葉を介するはずが……まあいいでしょう。誤差です】

【誤差なんですか】

【誤差です。多少言葉を介する人間がいても、オーガと人の違いに比べれば大差ないですからね】


 比較があまりにも雑過ぎる。確かに緑肌で角が生えた人間に比べれば、赤子で言葉を喋る者程度は誤差だろうが。

 

【ええと。とりあえず普段の赤子と同様の対処を行いましょう。知識を送りますね、ムン!】


 オーガ神父が脳内で叫んだ瞬間、俺は自分がどんな状況に陥ってるかを理解した。


 簡潔に言うと俺は死にかけている。この世界の人間は生まれるまで魔力の殻を纏うらしい。


 その殻は膨大な魔力を内包していて頑丈で、赤子が生まれて数週間で空気中に溶けて消えるそうだ。


 だが俺はその殻の魔力を空気中に溶かさずに、体内に吸収してしまっているらしい。それがなんとなく、おそらく本能的に理解できた。


【魔力の殻は、貴方の体内で固まっています。今の貴方はその魔力を制御できません。このままですと魔力が身体の流れを汚染して、固まっている魔力が爆発を起こして死にます】

【それ流れの阻害関係あります?】

【ですので魔力を感じて、動かして外に出すのです】

【どこからですか?】

【嘔吐と小便と大便に混ぜて出しなさい】

 

 マーライオンとしょんべん小僧とだいべんの同時コラボは大惨事ではあるまいか。いやそんなこと言ってる場合じゃないけど。


 なんとなく身体の心臓あたりに、魔力が固まっているのが分かる。確かにこれ爆発したら死にそうだな。


【ちなみになんですが、魔力って身体に毒なんですか?】

【本来ならば毒ではありませんし、むしろ身体全身に流して強化するものです。ただ制御できない魔力の塊は毒でしかないのです。ほら吐きなさい】


 ……生まれてすぐに卵の殻を食べる虫を思い出していた。


 魔力は毒ではなく、本来は身体を強化するものである。魔力が制御できればむしろいいということだろう。


 じゃあ吐かなくてもよくないか? マーライオン小便大便小僧になるよりも、魔力を身体の中に流してしまえばいいのでは?


【質問があります。この魔力を出さずに全身に流し続ければ、優れた身体になるのではありませんか?】

【む? ……確かにそうでしょうね。ですが魔力を操るには強いイメージが必要です。貴方の体内にある魔力は膨大過ぎるのです。赤子どころか、大人でもそうそうできるものではありません。ところでなんで本官は赤子と話しているのでしょうか? 夢でも見ている気がしてきました】

【気を強く持ってください、神父様】


 やはり魔力を身体に流し続ければ強い身体になれるようだ。


 先ほどのことを思い出す。俺は理不尽にゴミ屋敷に殺されたのは、力がなかったからだ。


 もし俺が剣道黒剣の腕前があれば、あんな奴は軽く倒せただろう。


【魔力を体内に入れたままではダメですか? 強くなりたいのです】

【赤子とは思えない言葉ですね。なぜ強くなりたいのですか?】

【力が欲しいのです。もう二度と理不尽に殺されて不快な想いをしたくないんです! むしろボコボコにしてやりたい!】

【人の仔よ。よくわかりませんがその動機はいかがなものかと】


 おっと心の声がそのまま漏れてしまった。神父様に聞かれたなんて恥ずかしい。


【すみません、さっきのなしで。正義のために悪をぶちのめして、被害者を減らす力が欲しいでお願いします】

【は、はあ……】


 嘘は言ってない。結果的に悪い奴をぶちのめすのは間違ってないのだから。俺が不快な想いをしたくないのが一番上に来るだけで。


【とにかく魔力を体内に循環させて、爆死を阻止したいのです。やってみてもいいでしょうか?】

【……なるほど。本官もこんなことは初めてですが、これも鬼神様の思し召しでしょう。やってみてください。失敗したら本官が無理やり吐き出させます】

【ありがとうございます】


 オーガ神父様の許可も頂いたので試してみよう。


 心臓部にある魔力の塊は今も感じ取れる。それに俺自身の魔力を当てて少しずつ溶かして、血に混ぜて身体中に行きわたらせるイメージだ。


 例えとしては舌で口内炎を舐めるみたいな感じだろうか。


 すると心臓部の魔力の塊が小さくなっている雰囲気だ。なんかうまくいってる気がする。


【いいですよ。そのまま行けば魔力の塊は消え去ります! おお鬼神よ! どうかこの人の仔に力を与えたまえ!】


 すごく力を与えてくれそうな神様だなぁ。ご利益が力限定な気がするけど。


 俺はさらに魔力の塊を溶かしていき、とうとう心臓部に感じる違和感はなくなった。全身に魔力が行きわたっていくのが分かる。


【おお! 魔力の塊がなくなりました! こんなことは初めてですな!】

【これで俺は強くなれますね!】

【おそらくは。ただこういうことは初めてなもので、本官としても興味深い】

【意思疎通できる赤子は初めてと?】

【はい。今まで多くの赤子の面倒を見てきましたが、貴方のような仔は初めてです。これも鬼神様の思し召しでしょう】


 つまり俺は特別な人間ということでは? 


 と油断した直後だった。心臓にまた魔力の塊が出来ている感じがした。


【あれ? もしかしてこれ、放っておいたらまた魔力が固まるんでしょうか】

【本来なら自分のモノではない魔力ですからね。身体になじむまではそうなるのかもしれません。吐き出したほうが楽ではないでしょうか?】

【嫌ですもったいない】


 ちょっと油断したらすぐに魔力が固まるので、常に魔力移動を意識しないとヤバそうだ。


 でも大変ではあるがなんとかなりそうなので、このまま魔力を外に漏らさない方向で行こうと思う。


 ところで今更なんだけど。なんでこの人? はオーガで神父なんだろうか。



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