最終話
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「なんだこれ。」
人通のない天界の某所にて、白いプルオーバーに赤いインナーを着た背の低い少女が小瓶を拾い上げる。
「魂の結晶、か?」
連れ立って歩いてきた背の高い青のシャツに黒スーツをまとった少年が答える。二人で中を覗くと綺麗とは言い難い石が入っている。
「なんか、三途の川に転がってそうだな。なんでこんなところに?」
小瓶を指で挟んで不思議そうに見つめる少女が、カラカラとそれを振る。
「この場所に来ることがあるのなんて、俺たちみたいな行政の人間だけ。何か罠の可能性は。」
ぼそぼそと話す少年の声は聞き取りづらく覇気がない。少女との身長差がかなりあり、目線をずっと下に落としているのもあってか、元気がないように見える。
「うーん、ないな。見たところただの結晶だ。」
コルクを外して中身を取り出してみても、特に気になる点は見つからない。
「もうしょうがないなぁ、持ち帰るか。」
ふと、少女は小瓶をポケットにしまった。
「……持ち帰ってどうする?」
「育てる。」
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「あの世にもこの世にも、なかなか良い魂がないね。」
あれから様々な国や地獄、はたまた天国に魂を刈りに行ったが、ヴィセを満たす魂が見つからない。それぞれの魂に魅力はあるけれど、心に空いた虚しさは埋まらない。
ヴィセは退屈そうに日本の天界にある商店街をぶらぶらと散歩している。
ガヤガヤと賑わう通りには大きな声で物を売る人間がちらほらいる。
「うへ、日本人働きすぎでしょ。」
ヴィセの知る天国はなんの苦しみもない、ただ光に満ち溢れた暖かい場所なのに対し、日本は衣食住が揃っている。おまけに罪を犯した人間は地獄に堕ちるか、天界の行政で働かなければならない。
「転生待ちの魂まで働かせるなんて、恐ろしい。」
自分が日本出身でなくて良かったと安心する悪魔は、そもそも自分が人間ではないことにツッコミを入れた。また、文句を吐いているものの、日本は万物に魂が宿るという考えから、気に入っていた。
こうして商店街を歩くのも、日本であれば、理想の魂に会える確率が高いのではないかと、どこか期待していた。
そんな悪魔の隣を、彼の腰の位置ほどの背丈の少女が通りすぎた。
少女は前方にあるコロッケ屋の老父に手紙を渡す。
「お届け物です。」
その淡々とした話し方には聞き覚えがあった。
「いつもありがとうね。」
「宛名が間違っていないかの確認をお願いします。」
光の宿らない瞳も知っている。
「はい、間違いないです。これ、お礼にどうぞ。」
優しく微笑みながら老父は少女にコロッケを一つ渡す。
「ありがとうございます。」
無愛想な表情にも既視感があった。
悪魔はもと来た道を戻る少女と目が合う。あ、と漏らす声に反応して、少女は立ち止まった。
不思議そうにヴィセを見つめる少女はふと声をかける。
「どこかでお会いしましたか。」
首を傾げる少女の発言から、悪魔のことを覚えていない様子にほんの少し寂しさを感じた。
「いいや、別に。」
それ以上お互いに何も言葉が出なくて沈黙が流れる。早くこの場から離れたいのに、悪魔の目は少女を捉えて離さない。
「おーい、いくぞー。」
悪魔は声のする方を振り向くと、遠くで少女を呼ぶ二人組が立っている。二人はそれぞれ白と黒の対照的な服に身を包んでいた。
「はーい。」
少女は速やかにコロッケを持ち直すと、熱いことも気にせず親指に力を入れた。思い通りに割れず、一瞬顔をしかめた少女は、かけらの大きい方を悪魔に渡す。拒むことなく悪魔は片割れを受け取ると、
「物欲しそうに見ていたので。」
ペコリとお辞儀をして名前を呼ぶ方へ一歩踏み出した。
「待って。」
悪魔は少女の背中を呼び止める。ゆっくり振り返る彼女と、いつかの記憶が鮮明に蘇った。息を吸い込んで口を開こうとして、少女の先にいる二人組が目に入った。
「……やっぱりなんでもない。」
先に背を向けたのは悪魔だった。青年の行動に疑問を持つも、そのうち少女も前を向いた。
少女が歩き出したその時、「がんばれ。」と呟いた声が聞こえた気がして後ろを振り向いたが、先ほどまで目を合わせていた青年はもうそこにはいなかった。
アンビバレント・ヘル 落水 彩 @matsuyoi14
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