第7話

「そうこなくっちゃ。」


 再びヴィセの姿を目にしたリュグナーは微笑んだ。

 走るヴィセに広範囲に壁のような雷を落とすが、一歩下がってかわすと、また走り出した。


「外した? 横に避けると思ったのに。」


 リュグナーに迫ったヴィセは、鎌の先を袈裟斬りにするように振り下ろした。

 見事命中するも、手応えがあまり感じられない。斜めに浅い傷を作っただけだった。


「硬いね、僕のクレイドルはなかなか切れ味がいいはずなんだけど。」

「だから雑魚は勝てないんだって。」


 背中から胸にかけてめり込ませる。サクッと言う音と共に肺を貫通させた。


「げほっ。」


 込み上げてくる血を受け切れず覆った左手の指の隙間からぼたぼたと溢れた。勢いよくついた両膝がじんと痛む。


「あんまり使いたくないんだけどな。」


 血で濡れた手のひらを見て、このままじゃ約束を守れないと感じたヴィセは、痛む胸に構わず右目を覆った。元々隠れている左目は髪を透かし、リュグナーを捉えた。膝はついたままの姿勢はまるで服従するかのようだ。


「いいね、俺より背の高いやつが屈服するのは。」


 カツカツと近づいてくる足音にヴィセの鼓動が早鐘を打つ。


「弱点はどこだ?」


 焦る気持ちを落ち着かせるために思い切り息を吸い込むが、むせてうまく呼吸ができない。目を凝らしてリュグナーを睨みつけるが、それらしい弱点が見つからない。瞬きしても擦ってみても結果は変わらなかった。

 ヴィセは、一つの可能性に辿り着く。


「まさか、ないのか。」


 悪魔は自分より上位の階級に勝つことはできない、とされている。それでもヴィセの左目に宿る弱点を見つける能力はどんな対象にも適応されると思っていた。

 大罪の名は伊達ではなかったと理解したときには、首に鎌がかけられていた。


「独り言かい? 気持ち悪い。でもまあ俺に膝をついた報いだ。言い残すことがあるなら聞いてやるよ。」

「言い残すことなんて……。」



 ——ごめんリーベ、僕は。



 ヴィセが諦めて目を閉じた途端、風に乗って声が届いた。



「……けるな、負けるなーーー‼︎」


 反射で声のする方を振り向くと、路地裏に半身だけ出した主人が今まで聞いた中で一番大きな声で従者の名前を呼んでいる。ヴィセは、彼女の目の端がきらりと光るのが見えた。


「あの稲光の中生きていたのか。なかなかに運がいい。」


 リュグナーは首元から鎌を下ろすと、ゆっくりと歩き出した。


「まずはお前からだ。小賢しい小娘。」

 虚栄はさらに一歩踏み出すと首に冷たい感覚がした。

「君の相手は、僕だろう?」


 いつの間にか立ち上がっていたヴィセはリュグナーの首を刈るようにクレイドルを構える。


「諦めが悪いな。 さっさと死んでくれよ!」


 ギロリとヴィセを睨みつけると、折りたたみ式の鎌を振り上げた。空にはリュグナーの怒りを体現するかのように稲妻が走る。その中でも一際明るく輝いた大きな雷が、目にも止まらぬ速さで地上に接触する。ヴィセは、当たる直前で空中に飛び上がると、


「悪いね、これも主人譲りなんだ。」

 リュグナーの胸に目掛けてクレイドルを振り下ろす。


「何故そこまで動ける⁉︎ さっきまであんなに。」

「教えてくれたんだよ。僕の主人がね。」

「は?」

「応援されると、人って頑張れるらしい。能力を開花させるくらいにね!」


 雲の隙間から蒼い月が照らす中、ヴィセの脳裏にはリーベとの思い出が蘇る。学校もレープクーヘンも約束も。自分を一人の人間のように接してくれた小さな主人が、悪魔にかけた言葉は力に変わっていく。


「お前は悪魔だろ‼︎ そんな人間紛いなことをして何になる‼︎」

「君は僕よりも長生きしているだろうに。そんなこともわからないなんて可哀想。」


 横に振り抜いた鎌が初めてリュグナーに命中した。


「なん、だと……⁉︎」


 予想外の出来事に距離を取ると、じわじわと血の滲む腹部を押さえて膝をついた。


「弱点がないなら作ればいい。」


 先ほどまで何も反応しなかったリュグナーの左胸の辺りが、ぼんやりと赤く光っている。

 思いっきり助走をつけて踏み込む。落ちる稲妻を器用に避けて距離を縮める。避けて避けて転びそうになっても、走ることをやめない。


「近寄るな、死ね!」


 攻撃を喰らったのがよほどショックだったのか、リュグナーは声を荒げてさらに雷を落とす。

 しかし、どの攻撃も今のヴィセには当たらない。


「じゃあね、リュグナー。」

「は。」


 下から突き上げたクレイドルはリュグナーの左胸を貫いた。


「お前如きが、俺を……。」


 うつ伏せに倒れる虚栄はまだ納得がいってないように不満を漏らしている。


「僕は君に感謝しているんだよ。弱点を見抜けるだけだった能力を開花させてくれたからね。」


 ヴィセは黒い霧となって消えゆくリュグナーの隣に腰掛け、独白する。


「君に足りなかったのは身長じゃない。人を信じたり思いやる気持ちじゃないか?」

「それ、でも、俺の理想は……。」

「気持ちで僕に負けたんだ。もう眠れ。」


 リュグナーは目尻に涙を溜めたまま、さらさらと砂のように霧散して消滅した。

 ヴィセは最期を見届けてから立ち上がると、リーベがいた路地裏に向かった。

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