第4話① 見初め

 

 僕の仕える王城は、トレントの中心に建っている。


 位置的にも、経済的にも、政治的にも、全てがこの城を中心に、トレントという国は回っているのだ。


 城に仕えるのは総勢300名以上の召使い。彼らの仕事は色々あるけれど、王様の溺愛する一人娘、イーラお嬢様の身の回りの世話がほとんど。


 だから城で一番大きい部屋はというと、イーラお嬢様の衣装をしまうクローゼット部屋ということになる。


 先週初めて見たときは大変驚くはめになった。何せその広さは、僕の住んでいた家の三倍はあったから。


 そして今......僕はそのクローゼット室に一人、忍び込んでいる。


 ジャングルの葉が繁(しげ)っているように垂れ下がったり、掛けられたりしている普段着やドレスの下を縫って進み、何か物音が立つと、衣服の間で長い間息を潜める。


 そんなことを繰り返しているのは、ひとえにミザリーさんを外に出してあげるためだ。


 ミザリーさんは、ほんとに姿形だけならいいところのお嬢様に見えなくもない。衣装さえ整えれば、好きに城内を歩いても、後は相手が勝手に勘違いしてくれる。


 それにミザリーさんの顔を直接見ているのは、今や唯一僕のみらしい。「100年も経てば、当時の人間は一人残らず死んでおるわ」と彼女は声高らかに言ったのだ。


 僕は引き続き、お目当てのドレス探しを続けた。ええと、確かサイズは160cmでよかったはず。


 様々な色や模様、デザインの生地の波をくぐりぬけていると......あった。これだ。


 紫色のドレスを引っ張り出して、手に抱える。これで後は無事に帰るだけ。


 ただ、現実というものは、決まってそううまくはいかない。


「ねぇ召使? 今日はどのドレスが私に似合うと思う?」


 イーラお嬢様だ! きっと、召使を何人も連れて、部屋に入ってきたに違いない。


 手元の懐中時計を確認する。忘れていたけれど、イーラお嬢様は、この後日課のティータイムがあるんだった。


 お色直しのことを、すっかり失念してしまっていた。


「何、水色ですって? あなた、私のこと全然分かってないのね。お父様に頼んでクビにしてもらおうかしら」


 声がだんだん近づいてきている。


 このままじゃ捕まってしまう。どう切り抜けようか......。


 

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