第12話 悪夢

石通

 


 石通広規には悩みがあった。

 

 23時、石通は都内、一軒家の自宅の玄関から外へ出た。深夜徘徊するのが日常であり、唯一の楽しみだった。いつも通り住宅街の中、道路を歩いて行った。


 毎日、眠れなかった。

 

 会社を退職して、定職に付かづアルバイトを転々とし、無職になったりを繰り返して過ごしていた。

 

 このような状況に陥ってるのは一般的に20代後半の男性のあり方としては勿論好ましくない。

 

 実家住まいで家庭内では両親と弟との間に常に不和の空気が漂う。勿論、居心地は良くない。 

 

 学生時代、社会人なってからと何一つうまく行かず困り果てていた。誰にも悩みや苦労がある事はわかっていたが石通から見て周りの人間が自分より優れているように見えた。

 

 人間関係を築く事も出来なかった。

 

 誰もが時代への要請を問われてる。

 

 今後、やっていけるのか常に不安と不適応感がつきまとった。

 

 自分の部屋で過ごす時間も思い詰める時間が長く、辛いものとなっていく。

 テレビ、アニメ、映画、読書、ゲームは集中力が続かなくなり次第にできなくなっていく。

 

 ネットを見ていても時間がつぶせなくなり、いつしか深夜徘徊を行うようになっていた。

 

 深夜、コンビニに出かけて川沿いの公園に寄り道をしてから歩き続けた。最寄り駅から一駅歩き、自宅まで引き返そうとしたが休みつつそのまま朝まで歩き続けた。

 

 その時に自室で一人でいる時間が苦痛だったという事に改めて気づかされる。

 

 それから深夜徘徊を行うようになった。

 

 ボーイスカウトに入っていた事があり、ナイトハイキングという行事があった。少数の班で夜中に出発し、地図とコンパスを持ち、ポイントを巡り、ゴールするという内容だった。それを個人的に行っていると考えて、違和感なく自分の中で受け入れられた。

 

 ネット上を見ると夜の街を映した動画、深夜ハイカーや深夜徘徊合コンのブログ、SNS投稿を見つける事が出来た。

 

 石通の原動力は逃避行動だった。後ろめたい気持ちもありつつ病みつきになった。帰った後は運動になり、眠れる。


 始発で家へと帰ってくる。

 

 人通りの少ない街中を酒を飲みながらラジオや音楽を聴きながら一人で歩いて行く。

 

 住宅街、工業地帯、飲食店街、オフィス街などを歩いた。

 

 たむろしてる学生のグループ。カップル。ホームレスではないのだが道ばたで寝ている人。駅の片隅で一人でしゃがみ込んでいる女性。ランニングしている人。一人酒を飲んでいるスーツ姿のサラリーマンなどがいた。

 

 深夜も働く人々、警備員や工事作業員、ドライバー、飲食店の店員。

 

 夜も街は動き続けている。

 

 石通の行動範囲は徐々に拡大していった。

 

 東京という街は地域によっては車での移動が煩わしい場合も少なくない。入り組み、しばらく進むと行き止まり。江戸の街がゲリラ戦術を想定した作りになっていた名残だった。

 

 不慣れなドライバーにとっては走りづらい代わりに電車や地下鉄を乗り継げば、ほとんどどの地域にどこへでも行けるようになっている。

 

 電車で一通り、駅を中心に名所を回る。

 

 渋谷、センター街は夜中でも人で賑わっている。

 

 東京駅の駅舎のライトアップを見た時には暖かい光に見入ってしまう。

 

 浅草の街を見た後、隅田川沿いを歩いて行く。浅草の街は観光客であふれかえる昼間とは異なり静寂に包まれ落差に驚かされる。

 

 その後は隅田川沿いを歩いて行く。終電直後なら人はそれなりにいた。大体どの位置からでも東京スカイツリーが見える。建物の明かり、外灯が隅田川の夜の暗い水面に美しく映し出していた。

 

 羽田空港の展望デッキ。デッキから空港滑走路を一望できる。暗闇の中、航行灯火、滑走路灯火の光が輝く。

 

 夜のひかりのまちを一人で歩いた。



 深夜徘徊を続けていて危険な思いをしたことはなかった。やはりここは日本という国の治安に感謝するべきなのかもしれない。


 新宿駅深夜3時近くを歩いていて道に迷ってしまいウロウロしていたら後ろから声をかけられた。


「すみません。こんな時間に何なさってるんですか?」

 

 振り返ると後ろに立っていたのは警察官二人だった。初老の警官と若い警官。

 

 石通は、びっくりする。人と会話する準備ができていなかった。言葉に詰まる。


「さっ散歩中で道に迷いました」


「身分証はありますか?」

 

 たまたま最近、歯科にいったため健康保険証が財布に入っていた。見せる。


「家から随分離れた場所で散歩してますね」

 

 石通は、まずいと思った。


「ボディチェックさせてもらいます」

 

 ボディチェックに応じる。

 

 ポケットの上から危険物を持っていないか探られる。

 

 スマホと財布しか持っていない。


「お仕事は何をなさってるんですか?」


「コンビニのアルバイトです」


「そうですか」

 

 間がある。もう一人の巡査が保険証の情報から身元を照会して、問題なかったようだった。


「こんな時間に何してたんですか?」


「いや、運動不足で運動といいますか」


「なんかスポーツでもやれば良いじゃない」


「はい。すみません」


「どこに行こうとしてたんですか」


「品川駅に」


 道を指し示しながら説明する。


「この先を左に曲がってまっすぐです。気をつけてくださいよ」


「はい。すみません」


 警察官二人は会釈して立ち去った。


 

 職務質問に不意に遭遇したのは思いがけない出来事だったがその後もやめられなかった。

 

 懲りずに深夜徘徊を続けた。

 

 いつものように最終電車に乗り、始発で帰ってくるコースに決めていた。ランダムで適当な駅で降りる事もあれば、行く場所を決めている事もある。

 

 地下鉄最終電車に乗車した。

 

 座席に腰掛けてくつろぎ様々な事を考えた。

 

 将来への不安と恐怖心が頭のなかで循環してしまう。

 

 駅に停車し前の座席に同年代ぐらいの女性が座る。

 

 睡魔を堪えているようだった。ジロジロ見るのも気持ち悪いと思われるので視線を外した。

 

 近くにいるスーツ姿の男性がタブレット端末を床に落とし音が響く。

 

 不意打ちで音がしたので石通はびっくりして飛び上がりそうになる。


「急停車します」

 

 突然切迫した車掌のアナウンスが流れた。車体に大きな衝撃が伝わる。

 

 衝撃でロングシートへと倒れ込んだ。


 浸水した地下鉄トンネル、車両からの避難途中で陰険な雰囲気の二人組が車掌と駅員に因縁をつけていた。この状況で変な言いがかりをつけている時点でまともではない。

 

 さっき前に座っていた女性が、二人組、車掌と駅員が話している所に割って入っていった。

 

 二人組は勿論、彼女も想定していただろうが恫喝で切り返した。

 

 彼女は不安そうな顔で石通を見た。

 

 石通としては、ある程度、彼女の考えを察していた。

 

 この状況を突破する賛同者になってほしかった。

 

 しかし、石通には勇気がなかった。

 

 目をそらした。トラブルに巻き込まれたくないという気持ちが勝った。関わりたくない。


「早く避難しましょう」

 

 後ろの男性が助け船を出す。

 

 1964年ニューヨーク。

 

 女性が複数回暴行されているのにその間、38人の目撃者は誰も通報しなかった。その女性は死亡した。当時の状況から目撃者たちは決して面白おかしく見ていたり、異常に冷たい対応をとりたくてとったわけではなかった。

 

 目の前で起こっている状況がわからなかったというのが一番の要因だったという見方がなされている。また目撃者同士でお互いに様子を見て、誰かが対応しているのではないかというそれぞれの想像が働いたから行動できなかったという分析もある。

 

 これ以降、傍聴者効果という心理学用語生まれた。




 照明が点灯し、トンネルの途中で止まった地下鉄車両内のロングシートで座った状態で石通は目を覚ました。

 

黒い服の男と赤い服の男が笑顔で目の前に立っていた。


車両には3人しかいない。


赤い服の男に関しては自分の目の前で確実に死んだはずだった。

 ロングシートの中央に座る石通を二人は押さえつけた。赤い服の男がナイフを取り出した。


「お前のせいで死んだじゃねえか」

 

 赤い服の男がナイフを向けてきた。

 

 急いで二人を振り払い、二人の間をすり抜けた。反射的に体が動き、走って隣の車両まで逃げた。

 

 急いで連結部の扉までたどり着き、重い扉を開けた。

 

 連結部扉を開けると目の前に全身血だらけの赤い服の男が立っていた。


 石通は真っ暗闇の中、目を覚ました。人二人通れるほどの幅の通路の階段らしき場所で水の来ない場所に体を這い出した。コンクリートの固い地面の上に体を横たえる。

 

 真っ暗闇で何もわからないままだった。

 

 歴史を感じるカビ、埃、錆、湿気の混じり合った臭い。

 


 地下鉄トンネルから脱出しようと浸水するトンネルを進んでいる途中、トンネルが崩壊した。


 トンネルの崩落で死なずに生きてる。しかし、立ち上がることが出来ない。このまま生還する望みは薄いだろう。


 横たわったままどのくらいの時間がたったかわからなかった。

 

 体中に痛みを伴い、断続的に意識を失っていた。

 

 朦朧とした意識の中でうっすらとした光りがこちらに近づいてくるのが見えた。

 

 声が聞こえた。


「信じられない。人がここにいるとは」

 

 

 朦朧とした意識の中、体を別の場所へと引きずられていく。途中で再び意識を失った。

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