第10話 施設

美咲



「地下鉄の事はもう出てますね」


 横でスマホを見ながら女性がつぶやいた。

 

新聞、TV、ネットニュースといったメディアでは都内地下鉄運転休止、地下鉄トンネル内の浸水、都内の多くの箇所で地下鉄車両、駅で孤立している乗客が存在している事が報道されていた。


 SNSでは、地下鉄の様子、怪物の画像、動画が出回っていた。未確認生物UMAとして怪物に関する様々な憶測が飛び交う。


「塀がタカイから外へ出るのは難しいデスネ」

 

 外国人男性が言った。

 

 水再生センター敷地は高い塀に囲まれていた。

 

 美咲のいる位置は見通しは良いもの施設全体は見渡せなかった。

 

 東側には東京湾があり、西側は運河となっていた。東側東京湾対岸にはお台場が見える。 北側は通ってきたポンプ施設しか入れず事務所や管理棟と言った建物への扉は閉ざされていた。再生センター建物の向こうは道路を挟んで運河があった。北側から敷地の外へ出る事は出来ない。

 南側は処理施設でその先に港湾区域があった。


「ここで待てば助けが来るかもしれません」

 

 女性が言った。

 

 警察、消防、救急への通報は、回線が混み合い繋がらなかった。

 

 災害用伝言掲示板やSNSで救助要請を求める内容の投稿、個人的に連絡がつく相手に助けを求める連絡を入れた。

 

 スマホから目を離し気が付くと車掌が南側、処理施設を見ていた。

 

 目線の先を追うとプールのように貯めた処理中の汚水がある第二沈殿池東側から水の塊が通路へと這い出ていた。

 

 水の塊は通路に出た所で茶色く変色したのだった。

 

 怪物はこの施設内にもいる。

 

 全員、息を呑む。

 

 何体もの怪物が敷地内を徘徊していた。

 

 小型の個体物も多数いて通路に留まっている。

 

 塀を上っている個体は壁もある程度、張り付いて上る事が可能なのを確認できた。


 「ここも安全じゃない。敷地内を突破するしかない」

 

 美咲は言った。

 

 施設内で包囲される前に南側から施設内を突破するのが最善に思えた。


「ここにいて助けを待った方が良いんじゃないか」

 

 初老の男性は、言いつつ顔をしかめる。

 

 全員、沈黙する。


「囲まれる前に敷地の外に出ないと」

 

 車掌も水再生センターから脱出に賛成だった。

 

 車掌は階段を降り、南側の施設へと向かった。

 

 美咲も車掌に続き、その後を不安な面持ちで女性が続いた。外国人男性もついていく。初老の男性もしぶしぶついていった。

 

 移動しながら美咲は、胸がむかむかしえずきそうになった。寝不足と空腹と疲労状態で嗅覚が過敏になり、処理中の水の臭いが体に響いた。

 

 施設内の広い屋外の道を進んでいく。多くの配管が空中を通っていた。小屋のような小さい建物が点々と並んでいた。小屋の屋根同士を配管が通って結んでいた。サッカーゴールのある地面が砂のグラウンドを横切る。

 

 沈殿池が見えてくる。

 

 西側沈殿池の近くにもやはり怪物はいた。

 

 全員、怪物の視界に入らないよう、小屋の陰に身を隠した。

 

 姿を隠しながらしばらく様子を遠目から見た。

 

 見つかれば襲われる、留まるのは危険だった。先に進むしかない。

 

 車掌が先を進んでいく。建物の陰になり、死角になる場所をたどりながら進んだ。

 

 先に見えるのは、広大な建物。施設内の中央にあたる位置で敷地内の面積を占めていた。 


 建物二階、屋根は巨大な公園になっており、敷地外から歩道橋も伸び、関係者以外の人間も出入りできるようになっていた。建物の中に処理施設があった。


 建物の東西両脇をプールのような第二沈殿池が並んでる。


 沈殿池にも怪物の姿があり、建物にたどり着くまでに怪物の姿を比較的近くで見る事となった。こちら側の存在に怪物は気づいていなかった。


 怪物は体調が5メートル程あり、透明状態ではなく、実体を表した状態でいた。先ほど見た沈殿池から出てきた個体は透明状態だったので水分を吸った状態だと思われた。


 怪物の姿は、八本の足があり、ずんぐりとしていて巨大なダンゴムシに見えた。



 美咲も建物の前にたどり着き。先に扉の前にいた車掌と一緒に扉をゆっくりと開けた。


 扉を開けてる途中で女性もたどり着く。


 真っ暗闇の広い建物の中へ足を踏み入れる。

 全員が室内に入り、外国人男性と初老の男性がゆっくりと引き戸の扉を閉めた。


 スマホのライトをつけて暗闇の中を進んでいく。



 建物内は倉庫のように広い空間で等間隔にオレンジ色の半円形の物体が横切る形で無数に並んでいた。オレンジの半円は等間隔で部屋の最後まで続いていた。


 潜んでいる可能性もゼロではないがこの室内に怪物がいる気配はなかった。


 入ってきた扉の近くに水槽、看板、大きなガラス張りの囲いがあった。


 再び、ポンプ施設、沈砂池と同様の見学者用の看板が設置してあった。


 看板をライトで照らすと散気板と活性汚泥の説明が書いてある。


 活性汚泥は微生物や細菌が含まれた土で散気板は、空気を送り込むための装置で活性汚泥の微生物や細菌の活性化を促すものである。活性汚泥、散気板を使用する処理方法含んだ施設を反応層と呼ぶ。今いる場所は反応層。


 落ちないように設置されたガラス張りの囲いの下は、汚水だった。床下全体が下水を貯蓄した反応層だった。

 

 柱に覆蓋危険と赤字で注意の文字が書かれていた。オレンジの半円は処理中の下水を覆う蓋で、蓋は頑丈ではない。 


 横に大きな水槽が設置してあった。アクアリウムに使用される物でも大きめの120センチメートル規格程度の水槽だった。

 水槽をライトで照らすと緑色の水が入っていた。


 看板には活性汚泥の中に含まれる微生物の説明が記載されている。大きめの水槽の水は活性汚泥を含んだ汚水で中には汚泥の微生物がいる。


 主な微生物の種類は、ボルティセラ(つりがね虫)、アメーバ(肉質類)、ロタリア(輪虫類)が詳細なイラスト付きで記載されている。微生物のそれぞれの部位、器官が示されていた。


 さらに写真付きのプリントが看板に貼ってあった。見学者にわかりやすく説明するものだと思われる。


 活性汚泥の中には無数の細菌、原生動物、後生動物、菌類が共生している。


 細菌類、シュードモナス。毛虫から下に無数の糸が伸びているような見た目だった。原生動物、リトノタス。ナマコのような見た目。後生動物、綿虫類。細長い虫、ミミズが形状として一番近いかも。同じく後生動物のクマムシ。八本の足があり、体全体のまん丸としたフォルムがクマを思わせるためそれが由来となったのか。

 

 これ以外にも顕微鏡の倍率毎に大きさの異なる幾多の種類の微生物が存在し、互いに寄生や捕食も含む相互関係を結び、小宇宙を形成していた。その共生活動が汚水処理に役立てられている。


「get moving!行きマショウ」


 車掌、初老の男性、女性はスマホのライトを照らしながら先に進んでいた。待ってくれていた外国人男性に急かされる。

 

「ここは?」


「わからない」


 初老の男性も車掌もはっきりとは答えられなかった。


「これはいったい?」


 オレンジ色の蓋板に注目する。


 次の瞬間、蓋板を破壊して、中から怪物が姿を現す。


 近くにいた女性の腕に吸い付く。


 水分が引いていき透明の体から茶色の乾燥した実体を現した。


 怪物は女性の腕を吸い込み丸呑みにしようとしたが足を滑らせ、反応層内に滑り落ちようとした。女性の手は吸い込まれたまま、引きずり込まれる。女性は反応層の淵に足をかけ、引きずり込まれないよう踏ん張った。

  

 反応層の中に沈めば浮力が生じずに浮いてくる事は出来ない。


 初老の男性と車掌が慌てて、女性を引き上げる。


 割れた蓋板の中から女性の腕をジュポジュポ吸いながら反応層の中に一緒に徐々に引きずり込んでいく。


 美咲と外国人男性も後から追いつき、女性を引っ張る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る