第5話 日本海総合大学


 その日、谷川真里亞の母校の高校の三年生の時の担任と、午後からは同じく出身大学の日本海総合大学の担任のゼミの教授に、彼女の女性の友人らについて聞き込みに回った。



 しかし、ここでも、ガイシャには男子の友人は全くおらず、女性の友人は沢山いたものの、特別に親しい友人と言えそうな人物は、一人もいなっかたのである。



 二人の恩師が述べた事は、以下に述べるがほぼ同じような内容だったのだ。



「彼女は、友人を作ると言うより、彼女の持つ神秘性に憧れて、女子生徒達が勝手に彼女の取り巻き連中のような存在になっていました。

 彼女は、まるで信仰宗教の教祖のような存在に見えましたね。そんな訳で彼女には女性の友人は沢山いたでしょうが、今言われたような、特別に親しい友人と言うのは、全く思い当たりませんねえ」



「では、例えばの話ですが、いかがわしいサイトに連絡を取るために自分のスマホは使え無いので、彼女に貸してくれそうな友人はいたでしょうか?」



「話の内容にもよるでしょうが、いると言えば全員でしょうねえ。まあ、どんな理由をつけられても、彼女がそのようないかがわしいサイトに手を出す事は、絶対にありえ無いと思いますが……」



「そうですか」中村主任刑事は、ここでもまた、肩を落とさざるをえなかったのである。



 しかし、高地刑事は、日本海総合大学の構成学部に興味をもった。文学部英文学科のゼミで谷川真里亞を受け持っていた丸山教授に、次のような質問をしたのである。



「あの、日本海総合大学には、文学部・経済学部・社会学部の文系学科と、情報処理学部・工学部・薬学部・保健学部の理系学科の学部を有していますが、この保健学部では、将来、何を目指して勉強しているのですか?」




「基本的は、保健師・助産師です。ただ、二つとも国家資格で難関資格のため、看護師になって就職していく人もいます」




「その保健学部や薬学部の中で、ガイシャ、いや谷川真里亞さんと仲の良かった友人はいたでしょうか?」




「さっきも言ったとおり、女生徒らが勝手にファンクラブを作っていたような感じでしたから、必ずしも、文学部の女学生のみが彼女の友人だっとは思っていません。

 言われたように、保健学部や薬学部の友人らもいたものと思います」



「ありがとうございました。大変、参考になりました」と、高知刑事は礼を言った。



「何か、閃いた事があったのかい」中村主任刑事は言った。



「ええ、僕なりにね」



「そう、勿体を付けずに、いいかげん種明かしをしてくれたらどうだ」



 帰りの車の中で、中村主任刑事は言った。



「まだ、推理の段階です。ただ、僕の直感ですが、捜査一課長も、僕と同じような疑問を感じている事が分かりました」



「あの鬼、いや、課長と話をしたのか?」



「ええ、今日の朝、課長に新しい推理をぶつけてみたのですが、課長も、今回の事件は特別だと言ってました。僕の父親の事件の例を上げてね。更に、課長は、ガイシャの父親が犯人ではないか?との昨日の僕の推理はフェイクだと見破っていました。さすがです」



「ところで、高知君は、日本海総合大学の谷川真里亞の卒業生名簿を一冊借りてきたが、あれは、何に使うつもりだ」



「あの卒業生名簿には、各卒業生の出身高校も載っています。実は、ここが、大事なところなのです」



「と言うと」



「つまり、ここだけの話にしておいて欲しいのですが、まず、心理学的に、もっと言えば犯罪心理学的に深く考えてみると、人を殺す場合には、その理由は大きく二つあります。



 なお、サイコパスのような猟奇殺人犯等はこの際、別ですので念のため。



 つまり、普段はそれ程でも無かったのに誰かに何かを言われてかっとなった、あるいは金銭的にどうしても切羽詰まった等々、衝動的に人を殺す場合。



 もう一つは、積年の恨みが蓄積して、もう我慢の限界に達して人を殺す場合です。



 僕は、今回の殺人事件の場合、後者の積年の恨みが原因だと考えました。何故なら、少なくともホシは、ガイシャと飲食をマンションの中でしていますから、ある程度以上の面識はあった筈です。



 それでいて、非常に計画的に水溶性潤滑ゼリーや、睡眠薬のハルシオンを細かく砕いて、多分「すり鉢」等で粉にしたのでしょうが、持参しています。しかも現場には、ホシのものと思われるいかなる指紋もコップに残っていたであろう唾液も、いかなる遺留品も残っていません」



「それが、大学の卒業生名簿とどう言う関係があるのだ」



「つまり、表には出ていないが、高校、大学を通じて、彼女と意外に親しくて、それでいて積年の恨みがあった者ではないかのかと考えています」



「しかし、オレの捜査では、そんなに仲の良かった男友達は、一人もいなかったぞ」



「中村主任刑事、ホシは本当に男性なのでしょうか?」



「何だって!」



「あの事件の最大の謎は、体内に残された男性の精液です。こればっかりは女性ではいかんともしがたい。それは理解できますよね?」



「そりゃ、そうだ」



「ここからは、完全に推理の世界ですから聞き流して欲しいんですが、僕の直感では、これまでガイシャに男性の影が全く見当たらない以上、真犯人は女性だとそう思わざるを得ないのです」



「では、現場に残されたガイシャの体内にあった精液の問題は、どうクリアするのだ」



「いや、これも大したトリックは必要ありません。極、簡単に言えば、次の二つの方法があります。



 まずは、ガイシャと仲の良かった女性が、勿論、積年の恨みは本人に見せずに、ガイシャのマンションでスィーツを一緒に食べたり自分もガイシャと同じように缶チューハイを飲みます。その時、わずかの隙を見つけて、持参したハルシオンの粉をガイシャの缶チューハイに入れます。で、ガイシャが眠くなりかけたら介抱する振りを見せてベッドまで運びます。



ここから、二つの事が考えられます。



 一つは、玄関前で待機させておいた自分の彼氏にバトンタッチをし、そのまま、彼氏に強姦殺人をさせる方法です。しかし、彼女の住んでいたマンションは女性専用マンションです。そんなところに男性を連れ込み待たせておく事は誰かに彼氏を見られる可能性もあります。この方法は完全犯罪を実行しようととすれば、非常に危険な方法です。



 そこでもう一つの考え方は、その女性自身が、男性器に見立てた棒か何かを、ガイシャに突っ込みます。この際、直前までには誰かと性交渉をしてコンドーム一杯の精液を手に入れておくと言う方法です。そして彼女を絞殺し、スポイトで当該精液をガイシャの体内に注入する方法です」



「話はよく分かったが、しかし、どちらにせよ、よほど彼女に恨みが無いと、できそうにも無いなあ」



「そうなんです。その積年の恨みが何かさえ分かれば、この事件はあっけない幕切れとなります」



「うーん、にわかには信じられないが、今までの捜査からでは、確かにその説が、一番合っているような気がしてきなあ」と、中村主任刑事は、何となく、分かったような気がした。



 しかし、高知刑事がその日の遅く、自宅に帰ってテレビのニュースを見た時、石川県金沢市でも最大手の病院である、私立の病院長以下が雁首を並べて謝罪をしている場面を映していた。



 医療ミスのニュースかと思って聞いていたら、本当に医療ミスの話なのだが、その事件自体は既に7日前に起きていたと言うのである。しかも、その医療ミス自体は、実に初歩的なミスで、精神的な病で入院している患者への投薬量を、十桁以上間違えていた事による急性の薬物中毒による死亡だと言っていた。



 当該テレビニュースだけでは、担当医が悪いのか、あるいは薬を渡した看護師が悪いのか、薬剤師が悪いのかはハッキリしなかったが、死亡した患者はまだ20代の若い男性患者だと言う。



 その時は、あまり気にも留めなかった高知刑事だが、2日後、中村主任刑事と、例の名簿、つまりガイシャの卒業生名簿をチェックしていると、ある一人の女性の存在が浮かび上がってきたのである。




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